第40話 好きな人のこと
目の前に座る加奈さんを見ると、加奈さんは視線を早瀬さんに移した。
早瀬さんに聞いた、ということだろう。
早瀬さんの方を見ると「どうしてって…」と言ってきっと今のわたしと同じように不思議そうな顔をしている。
「だってもう、二人明らかに変だったよ?」
「へ、変!?」
「鈴村は普段からちょっとアレだけど」
「あ、あれ?」
「まぁそれは置いておいて。あの飲み会の日の心ちゃんはまぁ~可愛かったよ。恋してますっていう桃色のオーラが出まくってて」
「……か、からかわないでください」
早瀬さんは「いや、ほんとだって」と言うと視線を合わせてにっこりとほほ笑んだ。
「あの日、心ちゃんとゆいちゃんがちょっと離れてる時に心ちゃんのことどうなの? って聞いたらさ」
「は、はい…」
「「うん、気になる」ってさらっと言われてさ。あぁもう、俺の恋は終わったって思った」
「こ、恋って。適当なこと言わないでください!」
「えーだって鈴村が相手だよぉ? 無理じゃん」
「な、何の話ですか…? 急に」
わたしたちの会話を聞いた加奈さんが早瀬さんに向かって「ちょっと、ちゃんと真面目に話しなさいよ!」と言って怒りを露わにした。
「二人が両思いだったって、見てればすぐに分かるよ。鈴村と初対面のゆいちゃんだってなんか感じるものがあったみたいだし」
「……」
「心ちゃんは挙動不審になってあまり鈴村が見れてなくて、鈴村はたぶん心ちゃんの方ばっか見てたし。反応が対照的だけどお互いに気になる存在だって言うのうは間違いなかったよね」
早瀬さんは「あ、一応言っておくけど。鈴村からは一切心ちゃんとのこと聞いてもいないし話してないからね」と言った。
加奈さんは僅かに身を乗り出すと鋭い視線を早瀬さんに送った。
「もう一度だけ確認しておくけど。その彼、ちゃんとした人なんだよね? 早瀬みたいなふざけたお調子者だったら心配なんだけど……」
「おまえが俺の何を知ってるんだよ……俺、恋愛には真面目だよ!? ていうか基本真面目。仕事だって真面目だし」
「今日さぼったじゃん!?」
「さぼってないよ、ちゃんとやってきたっちゅーの!」
本当に仲がいいな。
一人マイペースにそんなことを考えながら二人のやりとりを眺めていた。
「鈴村は大丈夫。頭もいいし人柄もいいし、いい奴だよ。俺が変なやつに心ちゃんを渡すと思う!?」
「ねぇ、心ちゃん。コイツの言うことあんまり信用できないし、彼にも会ってみたいし、今度会わせてよぉ!」
「だったら最初から聞くなよ……」
隣の早瀬さんの呟きは……聞こえないふりをして、加奈さんの「会わせて」の言葉に頷いた。
そして、いい機会だと思って早瀬さんに鈴村さんのことを聞いてみることにした。
「あのー……会社での鈴村さんってどんな人なんですか?」
「時々気持ち悪い」
「き、気持ち悪い…!?」
「あ、あの違うよ?頭が良すぎてさ。どういう頭の構造してるんだろうって思う」
加奈さんが横から「成績がいいことしか取り柄がなかった早瀬より!?」と口を挟むと「ちょっと君は黙っててくれないかな」と言って早瀬さんが手の平を加奈さんに向けた。
「最近はもう一緒に仕事してないからわかんないけど、入社当初とか研修中に試験がたくさんあってその時にコイツには叶わないなって思った。この間もアイツが難関資格を取ったって社内報が出てたし」
「そ、そうなんですか? すごい……知らなかった」
「普段のアイツってのほほんと何も考えてなさそうで……でも話すと可笑しいじゃん。時々変じゃん」
「可笑しいって……うん。でも変ではないですよ?」
「そう? アイツも天然入ってると思うんだよね」
「……そうかなぁ」
「あ、ごめん。今さらりと心ちゃんも天然だねみたいなこと言っちゃって」
「え? 何がですか?」
「……いや、なんでもないよ」
早瀬さんは不自然すぎる笑顔を見せるとさらに話を続けた。
ん? 今、何か会話がおかしかったかな……?
「前さ、アイツ若い女の子にお昼一緒に食べようってしつこく誘われててさ」
「……えっ」
わ、若い女の子……。
その時点で勝てる気がしない……。
「忙しいんだごめんねって申し訳なさそうに断った10秒後に自席で急に落ちたからね」
「落ちた?」
「うん、急に寝た。びっくりした……マジか! って」
「……」
すごく、鈴村さんらしくて面白くて笑ってしまった。
「しばらくそのまま固まってて、そしたら急にまたびくっと起き上がってキョロキョロして固まって……何すんのかな~って思って見てたら、引きだしを開けて菓子パン取り出して食べてた」
「それって、もしかしていつも同じ……」
「そう! いっつも、同じパン食べてんの! 飽きないのかな!?」
「あはは!」
「アイツ面白いよ。女の子のランチの誘いを断るのはどうかと思うけど」
加奈さんが「それはとてもいいことだよ! ね? 心ちゃん」と頷いてくれて、うんうんと何度も頷いた。
出会ったばかりでまだ相手のことがわからなかった時は意外な一面に驚かされてばかりだったけど、今もうなんとなく彼のことなら分かるようになってきた。
鈴村さんは、そういう人だ。
芸能人も含めて女の人の話をすることなんて一度だってなかった。
わたしに、気を遣っているだけかもしれないけど。
でも今の早瀬さんの話を聞いてとても誠実な人だって改めて……
「そのー、鈴村君は草食系?」
「はい?」
加奈さんからの質問に身体が固まる。
草食系、か。今の会話の内容からするとそういう解釈になるのかな?
「いや、よく分かんないです……」
「分かんないわけないじゃん! 付き合ってんのに!」
加奈さんの人差し指がわたしの額をつつくように押して軽く身体が後ろへと傾いた。
え、どうしよう……。
この質問ってどういう意味……?
額に手を当てて「えっと」と戸惑っていると加奈さんが手に持ったグラスを一気に開けると店員を呼びとめてドリンクと一緒におつまみを注文した。
「加奈~、男の俺がいる前でそういうこと聞くのやめろよ。心ちゃんも照れちゃうよね?」
「て、照れる!? なぜ!?」
「なぜって……クリスマスを一緒に過ごした初々しいカップルに野暮なことを聞くんじゃないよって俺は言ってんの」
「……は、はぁ」
「草食系男子なんていないって。男は全員肉食だ」
「そうなんですか!?」
「こ、心ちゃんが食いついた…!?」
ぜ、全員ってことは鈴村さんも……?
ってこんなこと、早瀬さんが知るわけ……。
「昔さ同期で集まってよく飲んだんだけど、みんなで酔っぱらって男同士で会話がすごいことになってて」
「……す、すごい会話?」
「鈴村のやつ、それはそれはとてもリアルなことを言っていて……」
早瀬さんは、当時の事を思い出したのかテーブルに伏せて一人笑い出してしまった。
「リアルってなんですか?」
「鈴村の名誉のために俺は言わない。本人から聞いて」
「え? 何!? なになに?」
「なになにって……本当は分かってるんじゃないのぉ~? 知らないわけないよね」
本当に、何が何だかわからない……。
それに元から何の話だったかもはっきりとわからないんですけど……。
「男同士の会話ってやだやだ~。どうせ下品なことばっか言ってんだよね~」
加奈さんが「もうやめよう! やめやめ!」と会話を無理矢理終わらせようとすると、
早瀬さんが「話を振ったのはおまえだろうが」と言って加奈さんを睨んだけど加奈さんはそんな視線も無視していつのまにかテーブルの上に届いていたおつまみに手を伸ばした。
「ねぇ、心ちゃん。鈴村君との話、修司はもう知ってるの?」
「えっと。わたしは何も話してないです」
「そっか。じゃあわたしもまだ黙っておくね」
「え? 何でですか?」
「本人からそういう嬉しい知らせは聞きたいと思うよ~? アイツ、心ちゃんのこと心配してたから」
「心配……?」
「心はぼんやりしてるから変なやつにひっかかったりしないかって。前から言ってた」
「あはは……」
「間違いなく、心ちゃんに彼氏がいるなんて知ったら妬くと思うけど無視しちゃっていいからね」
「はい!」
修ちゃんに好きな人が出来たなんて話す日が来るなんて思いもしなかった。
他の人を好きになるなんて想像もしたことがなかったから。
今度話す機会があったら報告しよう。
そして「結婚おめでとう」って今度こそちゃんと伝えようって、そう思った。
「あ、噂をすれば」
目の前に座る加奈さんが立ちあがって手を上げている。
その視線の先には修ちゃんがいた。