第38話 どんなクリスマスでも
空を覆っていた雲は知らぬ間に晴れて、星空が広がっていた。細かな雪が舞ったのも一瞬だった。
やってきた場所は、わたしの自宅への道のりの途中にある、何度か二人で入ったことのある公園。
駅前で出会った鈴村さんと、数日後に再会を果たした公園だ。
こんな時間でも駅前は煌びやかにライトアップされ人通りは多いのに、ここは人気はゼロ。
「プレゼント……?」
「うん、開けてみて」
「もしかして、用意してくれてたの?」
「うん。たいしたものじゃないから、恥ずかしいんだけど」
夜の暗い公園の中で、街頭の真下で一番明るいベンチに座った。
プレゼント用にリボンをつけてもらった有名雑貨店の袋。
中身は……
「これは……アイマスク?」
「うん。仕事で目を酷使するって聞いたから。アロマの香りがほんのり香る、癒し効果のあるアイマスクです!」
「へぇ~ありがとう。効果が楽しみ。早速使ってみる」
あれ? 普通に喜んでくれてる……? のかな。使ってみるって言ってくれて……これは彼の優しさ?
「なに? じっと見て」
「は、あ。いや……」
無意識に食い入るように鈴村さんの横顔を見つめてしまっていた。
「あの……実は、それ」
「うん」
「……そのプレゼントは自分で選んだけど。会社の後輩たちに……「ナイです」「本気ですか?」って言われてしまって……。栄養ドリンクよりは、マシだと思ったんだけど……」
「栄養、ドリンク……?」
好きな男の人に、気心の知れた修ちゃんにさえ子供頃以来プレゼントなんてしたことがなかったから何を買ったらいいのかが分からなかった。
でもはじめてのことだから、誰かを頼ることを止めて一生懸命自分で選んだんだけど……大橋さんたちから大ブーイングを受けてしまった。
「だから……これ」
もう一つ、用意していたプレゼントをそろっと手渡した。
「作戦を考えてもらって。アイマスクを渡してがっかりしたところで「実はこっちが本当のプレゼントです!」……ってサプライズで渡そうと思っていたの」
でもあまりがっかりした様子が見られなかったから、先にネタ明かし。ちょっぴり拍子抜け……
「あけてもいい?」
「うん」
「あ、ネクタイだ」
「……定番なのに言われるまでぜんっぜん思いつかなくて……先に、相談すればよかった」
包装された箱の中には白地にシルバーグレーの市松模様のネクタイ。
「お仕事用のネクタイはたくさん持ってるかなと思って、仕事にも、フォーマルにも使えるものを選んでみたの」
「ネクタイっていっぱいあるから、選ぶの大変だったでしょ」
「うん! 会社終わってからデパート行って閉店まで店員さんつかまえてねばっちゃったよ」
「……えっ」
鈴村さんは箱から取り出したネクタイを手に持ってじっと見つめている。
そしてゆっくりと口を開いた。
「なんか……俺ばっか色々してもらってごめんね」
「えっ!? なんで謝るの? 全然! わたしは、好きでやってるだけだから。だから謝らないで。……今日みたいに、クリスマスに会ってもらえるだけで十分……」
「そんなこと言っちゃだめだよ」
鈴村さんは「違うか、言わせちゃだめなんだ」と言ってため息交じりに笑った。
そして指で自分の頬をつまむようにいじりながら、「昔からだめなんだよな~まったく成長が見られないと言うか……」と独り言のように呟いた。
昔、と言うのは……
「鈴村さんは、今までどんな恋愛をしてきたの?」
鈴村さんは「どんなって……」と言いながら、じっと何かを考えるようにやがて口を閉じた。
あまり聞いちゃいけないことだったかな。……ううん、聞いておきながらあまり聞きたくないような気もすると言う矛盾。不思議な気持ち……。
「振られることの方が多かったよ」
「えっ!?」
「昔からこんなんで……受験があれば頭の中は勉強のことしかなくなるし、学生の時は研究をすればそっちにばっか夢中になるし、働きだしてからは見ての通り……同時に二つのこと考えられなくて」
「素敵じゃないですか!!」
「……はっ!」
思わず大きな声を張り上げてしまった。鈴村さんは驚きに肩を揺らす。
「周りが見えなくなるくらい情熱を注げるものがあるってことは素敵なことだよ。わたしは何もないから……」
「情熱っていうと大げさ……」
「仕事だって、わたしだって働いてるから。わたしなんかただの事務だけど、それなりに責任を持ってやらなきゃいけないこともいっぱいで……責任感に押しつぶされそうになることもある。でも鈴村さんはきっともっと大変なのに泣き言も愚痴なんか絶対に言わないし」
「そんな……愚痴なんてたくさん……」
「言って!? 聞くから!」
「こ、心ちゃん……?」
鈴村さんは、わたしに恋をすることの喜び、嬉しさ、ときめき……その全部を教えてくれて。
「優しくて、会えば心がほっこりあったかくなる。不器用なわたしの気持ちも察してくれる、理解してくれる。お仕事に真面目な姿はとても尊敬してる」
「だから、好きになった。だから……あ、あれ? そ、その、わたしのことは気にしなくても……」
あれ……?
なんでわたし、告白してるんだろう……そもそも、何の話をしていた……っけ?
一人で勝手に興奮して、恥ずかしい……!
「これ、つけてみてもいい?」
真っ赤になってついには俯いてしまったわたしとは違って、わたしの失態なんかなかったかのようにいつも通りの様子の鈴村さん。
呆れられちゃったかな……。
鈴村さんはコートを脱ぐと、すでにネクタイははずしいくつかボタンが外されたシャツのボタンを留めてネクタイをしめた。
「どう?」と聞かれただコクリと頷いた。
自分で言うのもなんだけど我ながらいいチョイスをしたと思った。落ち着いた上品な柄と色がよく似合う。
「じゃあ、これも」
「え……」
次に手に取ったのはアイマスクだ。
……どうするのかな。そう思って見ていると、普通に正しい使用法で目を覆った。
間違っては、いないけど……
公園でベンチに座って、アイマスクをしながら「即効性はないかな」とアイマスクの効果について分析している姿が……
「あはは!」
可笑しくて、声を上げて笑ってしまった。
「なんで笑うんだよ。心ちゃんがくれたのに」
「今つけなくてもいいのに!」
「どっちも、同じくらい嬉しかった」
アイマスクをはずす。乱れた髪も、頭を軽くフルフルと振ればサラリと元通り。
目を合わせると少し照れくさそうに微笑んで、優しく目を細めた。
「俺のために色々考えてくれてありがとう。めちゃくちゃ、嬉しい!」
喜んで……くれたの?
はじめは目を丸くして瞬きを繰り返すことしかできなかったけど、次第に喜びが込み上げてきてがんばったかいがあったんだって実感も沸いてきて、感動して泣きそうになった。
だめだめ。ここでわたしが泣いたら、おかしいから!
「か、風邪引いちゃう! コート着て!」
わたしは膝に置いた鈴村さんのコートを手に取って、立ち上がって後ろから彼の肩に掛けた。
背後に回った隙にふぅと息をつく。うん、もう大丈夫。
隣に戻ると、わたしが座っていた場所に置かれたついさっき鈴村さんに買ってもらった宝物が。
「わたしも、つけてみてもいいかな」
座って膝に置いた袋のテープを破らないようにはずす。……このテープを取っちゃうのもなんだかもったいない気分。
箱に飾られたリボンをはずしてさらにその中にあるジュエリーケース。
ハートモチーフのホワイトゴールドの色合いが涼やかな、ほどよいカジュアル感のシンプルなデザインのネックレス。
マフラーを外してコートのボタンも外す。首元の開いた服を着ていてよかった。
でも手がかじかんでいて、指先が想うように動かずすぐにうまくつけることが出来なかった。
「大丈夫?」
「……うーん……」
「つけてあげよっか」
ふわりと伸びてきた手。
身をかがめてネックレスを手に取る鈴村さんとの距離が一気に縮まった気がして息を止めて固まってしまった。
ネックレスを見つめて瞳を伏せる鈴村さんの顔がこんなに近くにきたこと……はじめてかもしれない。
「……あの。こっち向いてたらつけられないんだけど……」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて背中を向ける。
む、無意識にじっと見つめてしまっていた……!
ネックレスをつけてもらっている間、胸の高鳴りは最高潮。胸に手をあててぎゅっと目を閉じていた。
「できた」
その声にゆっくりとまた向かい合う。
首元に輝くネックレスをじっと見つめる鈴村さんの視線が、ゆっくりと上に上がってわたしの視線をぶつかった。
「……どう?」
「うん。あ、心ちゃんは見えないか。鏡とか持……」
「鈴村さんはどう思う?」
「え?」
再びじっとネックレスへと視線を落とすとゆっくりと表情を柔らかなものへと変え「うん、似合ってる」と言って彼らしいあったかい笑顔をわたしへ向けた。
わたしにとってはそれがすべて。彼が似合ってると言ってくれればどんな宝石にも勝るわたしにとっての宝物になる。
「ありがとう……。大事にする」
「見ないの?」
「帰ってから死ぬほど見る!」
「どんな見方だよそれ~」
肩を揺らして笑い合うわたしたちの白い吐息が深い色をした夜空に消えていく。
すっかりも夜も更けて、今は何時なんだろう。
そろそろ家に帰らなくちゃ。そう思うのになかなか口には出せないでいた。
「寂しい思いさせてごめんね」
「え? なんで、急に……。さっきも言ったけど別にわたしは……」
「……」
「……あ。ほんとはね、今まで特別クリスマスとか意識したことなかったけど……一緒に過ごしたい人ができたらライトアップされた街並みを見て寂しさを感じるようになって……普通は、楽しみだな~ってわくわくして浮かれるんだろうけど……それなのに、なんでかな……うーん」
「この時期になると仲睦まじげなカップルが増えるから。みんな当たり前のようにイベントがあれば意識して一緒に過ごして……」
「あ、あの!?」
なんだかわたし、鈴村さんを責めてるみたいになってる!?
そんなつもりで言ったんじゃない。忙しくて会えないのは理解してるもの。さっきも言った通りわたしのことは気にしなくてもいい、そう言おうとした時、鈴村さんが「心ちゃん!」と声を張り上げて勢いよくこっちへと振り向いた。
「はい!?」
「もうすぐ連休だね。今からじゃ何も予定は立てられないけど……初詣は行こうね!」
「う、うん」
「バレンタインは……チョコは正直あまり得意じゃないけど一日一粒ずつ食べるし、ホワイトデーはちゃんと前もって用意するから。……は、まだチョコもらえるか分かんないか!?」
「あの!?」
ど、どうしちゃったのかな、急に……?
「俺も、努力しようと思って」
「え……?」
「わがまま言っていいよとか、言いたいこと言っていいよとか。でも心ちゃんは心ちゃんでたぶんこの先も変わらないし、むしろもうそのままでいい。俺が変わろうと思う」
「それって……」
「恋愛で、自分を変えようなんて思ったのはじめてだよ」
どういう、ことかな……?
でもわたしのためを思って言ってくれていることは十分に伝わってきて、わたしはそれだけで……胸がいっぱいで……
「やっぱり……鈴村さんは優しいね」
「ほら、そうなっちゃうもんね」
「……はい?」
「責められてもおかしくないのに」
「……え?」
鈴村さんは地面を見つめて小さく笑うと「なんでもない」と言った。
「遅くなっちゃったね。そろそろ帰ろう」
先に立ち上がった鈴村さんを見上げる。
そっか、今日という日が終わろうとしているんだ。別れ際に心にぽっかり穴が開いたような寂しさを覚えるのはいつものこと。また、会えるし。連休になったら、初詣に一緒に行こうって言ってくれたし……
わたしも立ち上がった。
「駅前のライトアップ。まだ消えてないよね?」
「あ、うん……たぶん。今日はイブだし」
「戻って、遠回りして帰ろう」
「え?」
「俺まだ、クリスマスを全然実感してなくて……」
「うん!!」
やっぱり優しいよね?
さっきクリスマスの雰囲気を肌に感じて寂しいって言っちゃったから気を遣ってくれたのかな……?
まだちょっとだけ一緒にいたいって思いを察してくれたのかな……?
「あー。雪、降らなかったな~」
「来年に期待すれば?」
「……でも。積もっても、会ってくれる?」
「もちろん」
夢に見たホワイトクリスマスは次回に持ち越し。
自然に取られた右手が今日一番の強さでぎゅっと握られた。
どんなクリスマスでも、一緒にいられればわたしはそれでいいの。
一緒に過ごせること、ただそれだけで全身をかけめぐる色々なあったかい思いに胸がいっぱいになるのだ。
【光 -ひかり- 第五章 終】
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