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光 -ひかり-  作者: 美波
第五章 聖なる夜に
34/65

第34話 断れない女

「ナンパじゃないですか!」

「……ぇえ!? な、なななんっ」


 会議室で昼食をとっているのはわたしたちだけではなく……。

 わたしの発した大きな声に、昼食を済ませ仮眠をとろうとしていた他部署の女性社員に睨まれてしまった。

 向かいに座る大橋さんと山岸さんに、揃って「声が大きい」「静かに」のジェスチャーを受け、背中を丸めて縮こまった。

 大きなリアクションの発端は、つい数分前のこと。

 昨日の同級生との再会を会話に出したことだった。


「絶対口説かれると思いますよ」

「口説かれ……!?」

「そんなことないんじゃないかなぁ……ただ本当に手伝って欲しいだけだとは思いますけど……」


 実は昨晩の同級生からのメールに返信をしたところ、何度かメールでのやりとりが続いた。

 そしてついさっき、同窓会幹事の手伝いでさっそく今日の定時後に会おうという話になったのだ。

 ただ、それだけなのに大橋さんがナンパだなんて言うから……。

 ナンパを否定する山岸さんに向かって「いーや、手伝いを装って近づこうって魂胆だよ」と言い、彼女の大きな瞳がわたしに向けられた。


「だって用事があるって一度は断ったのに用事が終わるまで待つって言うんですよね? 普通そこまで図々しくなれますー?」

「それはだって……ほら、もう同窓会まで日にちもないし」

「同窓会来年ですよね? 焦るスケジュールじゃないと思うんですけど」


 今日は定時後に大橋さんに教えてもらったネイルのお店に、仕事を少しだけ抜け出し朝一番で電話をして予約を入れたところだった。

 運よくキャンセルが出たらしくクリスマスまでに今日しか予約が取れないとも言われ、変更もできないため一度は用事があると断ったんだ。

 でも昼休みに入ったつい先程、時間は何時でもかまわないと返信がきて、申し訳ないと思いつつも待ってくれるのなら、と了承の返信をしたところだ。


「焦るのも、図々しくなるのも、きっとそれはもうすぐクリスマスだからですよ」

「……は?」

「クリスマスを一緒に過ごす彼女を絶賛募集中! ……てとこじゃないですか?」

「……」


 ハキハキと語る大橋さんの隣で山岸さんが苦笑いをしていて、ほんの少し安心した。

 そうだよね、いくらなんでも大橋さんの意見は考えすぎ……


「会うって約束しちゃったんですか?」

「え? あぁ、うん……昨日会って頼まれた時手伝うって言っちゃったし……」

「大橋さんの意見は考えすぎだと思うけど……でも、気をつけてくださいね」

「え?」

「だって用事済ませたあとに会うなら結構遅い時間になるだろうし……」


 そして山岸さんは「その同級生の方がどんな方かわかりませんけど」と言葉をにごした。

 どんな人、か。

 昨夜取り戻した記憶の中の彼、池田 保幸(やすゆき)君は学年でもトップクラスの成績を誇った秀才だった。

 成績以外のところでは物静か、真面目で目立つタイプではなかったし、彼と何かをしたという思い出はないけれど、特別苦手だった記憶もない。

 昨日再会した彼はあの頃の面影を十分残していたし、警戒するような人ではなかった。

 男性を警戒しなきゃいけない状況に、生まれてこのかたなったことなんてないけどさ……。


「ちょっと、安易だったかな……」


 まったくの他人ではないとはいえ、ただの手伝いとはいえ、男性と二人きりで会う約束をしてはいけなかったのかな。

 山岸さんは「気をつけてください」の一点張り。

 彼女の最近の恋愛を考えれば、山岸さんがそう答えるのも分かる気がする。

 簡単に男性を信用するなってことだよね……?

 大橋さんは「会うくらい別にいいじゃないですか」と会うことに関しては特に言いたいことはないらしい。

 ただ「ばれなきゃ彼氏さんに心配かけることもないんだし」の言葉が心にずしんとのしかかった。 

 そうだよ……隠すつもりもなかったけど告げる必要もない話だ。

 鈴村さんがどんな反応を示すかは謎だけど、逆の立場だったら異性と二人で会うと告げられたところでいい気分がする話ではない。


「ねぇねぇ、二人とも。二、三十人集まる同窓会にぴったりなお店って知ってる?」


 たしか池田君は同窓会に使用する店が決まっていないと言っていた。

 まずはこの問題をクリアして、早めに幹事の助っ人を終わらせるようにしよう。 

 出来れば、今日中に。



 定時で仕事を終え会社を出ると、ネイルサロンへ向かう前にコンビニに寄り、飲食店が特集されたフリーペーパーを手に入れた。

 予約時間ギリギリでサロンに着くと、すぐにネイルスペースに案内される。

 最初に、大橋さんからもらったクーポンを使い無料でハンドマッサージをしてもらう。

 アロマオイルを使ったマッサージでアロマの香りに仕事の疲れも癒される。

 手がいい香りに包まれ指先がツルツルになると、簡単にネイルメニューの説明を受け、ベースカラーを決める。

 あまり派手にはしたくないとの要望を伝えると、ピンクベージュの落ち着きのある可愛らしい色をチョイスしてくれた。

 爪の長さと形を整え、丁寧に指先が彩られる。

 両薬指には器用に細かなストーンを置いて上品に飾る。

 気がつけば夢中になって食い入るように指先を見つめていた。

 施術時間は自分ではほんの数十分の感覚だったけど、サロンを出る頃には軽く一時間は経過していた。

 店を出て自分の両手を見つめる。

 手の甲から指先まで見違えるように滑らかで綺麗になった。

 この手なら、手を繋いでも恥ずかしくないかな。

 次は、ちゃんと手を繋いで歩きたいな……なんて考えていると顔が熱くなってくる。

 バッグの中で震える携帯を取り出すと、池田君からの着信だった。

 通話ボタンを押し、待ち合わせ場所まで急いで向かった。



 待ち合わせ場所である喫茶店に入ると、一番奥の窓際の席に池田君を見つけた。

 午後八時の喫茶店は空席が目立つ。

 早々とディナーを済ませただろう女性客が数組いるだけだった。


「ごめんね、遅くなって」

「いや、俺も今会社出てきたところだよ」


 本題に入る前にまずは簡単に、互いに高校卒業から今の仕事までのことを話す。

 詳しい仕事内容までは聞かなかったけど、池田君は地元で一番偏差値の高い大学を卒業し、そのまま地元の企業に就職していた。

 池田君なら県外のもっと上の大学も狙えただろうなぁ……って、それでも自分では志望することすら叶わない大学だけれども。

 話が途切れたところで、大橋さんと山岸さんからの情報をまとめたメモと、フリーペーパーの「パーティー特集」のページから、人数、場所、予算が合うお店をいくつか挙げてみた。

 条件の合うお店は一件だけだった。


「ありがとう、助かったよ」


 池田君がほっとした笑顔を見せる。

 「俺店とかよくわかんなくて……探しかたもわからないし」の言葉に大きく頷いて同意をした。

 ちょっと前までのわたしだったら、一人だったら彼と同じ様に何をどうしたらいいかわからずお手上げ状態だったな。

 でもよかった、すんなり決まった。

 予約、詳しいことの問い合わせは池田君がやるって言ってるし……わたしの役目は終わった?

 役目が終わったとほっとすると、脳内がさっと別の件に切り替わる。

 家に帰ったら鈴村さんに電話をするんだ。

 そして二日後のイブに一目でいいから会えないかと確認をする。

 忙しいのかなぁ……わたしが会いに行くし、わたしの用事は一瞬で終わるから少しだけでも会えれば……


「秋元さん? おーい……」

「……へっ!?」


 池田君の手が自分の目の前でヒラヒラと揺れている。

 呼ばれていることに気が付かないほどに、自分の世界に入っていたようだ。

 だめだめ、まだ池田君との用事は終わってないんだから。


「ご、ごめ……っ。なんだった!?」

「えっと、だから……明日暇?」

「うん、まぁ……」

「店の下見もしたいし、よかったら明日、一緒にこの店行ってみようよ」


 互いの視線の先には、先ほど決めたフリーペーパーに載っている、同窓会を開くにあたって唯一条件の合った店だ。


「今日のお礼もしたいし。俺の奢りで」

「えっと……」

「今から行っても時間遅くなっちゃうし、だから明日」

「あ、っと……」 


 やっぱり、断る理由のない誘いを断ることが出来ないわたしは「うん……」とただ頷くことしかできなかった。


 自宅に帰って一人になると、昼間の後輩たちとの会話を思い出す。

 その上にさらに先ほど池田君からの誘いを断れなかった自分に嫌気がさして自己嫌悪に陥った。

 結局、鈴村さんに連絡をする気力すらなくなり、連絡が取れないままクリスマスイブ前日を迎えてしまった。




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