第33話 同級生
わたしの名前を呼ぶ声がしたような気がして振り返ると、見知らぬ男性がわたしの顔を食い入るように見ていた。
人違いだと思い咄嗟に目を逸らして俯くと、「秋元さんだよね?」と確かにわたしの名前が呼ばれた。
なんとなく、聞き覚えのあるような声。
……誰だっけ?
恐る恐る視線を上げ再び目の前の男性を見てみた。
歳は同じくらいかな。
スーツを着たどこにでもいるような会社員、でもやっぱり顔は知らない人だ。
だいたい、わたしに男性の知り合いなんていない等しい。
ただ自分が秋元であることには違いないから「はい」と返事をして頷いた。
「久しぶり! いやぁ、全然変わってないね」
「う、うん……」
ど、どうしよう。
相手の態度から他人ではないということが伝わってきて、「誰ですか?」って聞き辛い。
でも彼が一方的に話す会話の内容に合わせてぎこちなく頷いているうちに、少しずつ記憶が蘇ってくる。
もしかしたら、学生の時の同級生かもしれない。
「年明けの同窓会なんだけど、秋元さんって参加予定だったよね?」
やっぱり。
先月日時だけを指定した一斉メールが送られてきて、詳細は後日またメールを送るとあった。
出席の最終確認は詳細メールの返信の時でよいとあったから、とりあえずと出席の返信をしておいたあのメールは確か、高校三年生の時のクラスだ。
同級生であろう男性を前に昔の記憶を必死にふりしぼる。
見覚えがあるような気がしないでも、……ない。
卒業以来同窓会は何度かあったけれど、仲の良かった子とばかり会話をして全員と言葉を交わすことはなかった。
それに同窓会自体五年ぶりくらいで外見が変わるのも、記憶が薄れるのも自然なことだよね……?
わたしは一目で秋元だと相手に知られてしまったけど。
全く変わってないってことかぁ……ちょっと悲しい。
「そういえば俺、今回の同窓会で幹事が回ってきちゃたんだけど」
幹事って毎回どうやって決まるのかな、そんなことをぼーっと考えていた。
「それなのにここんとこ忙しくてまだ何も決めてなくて……会場に選ぶような店とかも詳しくないし」
わたしのことを秋元さんと呼ぶ目の前の彼は、話し方も丁寧で話すテンポもゆっくり。
男性を前に萎縮してしまうことが多いわたしでも緊張したのは最初だけだった。
「いきなりこんなこと頼むなんて申し訳ないんだけど……」
ただ肝心の、彼の正体が分からない……。
帰ったら久々に卒業アルバムでも開いてみようかな。
「幹事、手伝ってもらえないかな!?」
さすがにアルバムを見れば思い出すはず……
「……え?」
「時間を取らせるようなことはしないし、面倒なことは全部おれがやるし!」
「あ、あの」
「お願いします!」
まさかの展開にすぐにイエスともノーとも言えず……
こんな時、うまく断れないわたしは目の前で頭を下げる彼を見て小さく頷いてしまった。
家に着いて夕飯食べお風呂に入り寝る準備を早々と済ませると、部屋にこもって学生時代のアルバムを探し出しすのにかなりの時間を要してしまった。
さらに、しばらく見ていなかったアルバムを小学生の頃の分から昔を思い出しながらじっくりと見返していると、あっという間に数時間が過ぎていた。
やっと高校の卒業アルバムに手がかかった時、テーブルの上に置いた携帯が音を出して震えだした。
鈴村さんからの連絡だと思うと自然と顔が綻んでしまう。
時計を確認すると午後十時を少し回ったところ。
そろそろ仕事が終わる頃なのかな、時々仕事帰りに電話をかけてきてくれる。
そういえば、一日ドライブデートしたあの日以来会うこともなければ声も聞いていない。
今日は聞いて欲しいことがいっぱいあるよ。
でも興奮気味に手を伸ばして携帯を手に取った瞬間、携帯は鳴り止んでしまった。
着信ではなく、メールだった。
珍しいな。
受信ボックスを見ると携帯に登録のないアドレスからのメールだった。
「なんだ、違う……」
期待した人物からの連絡ではなくて肩を落としてメールを開く。
題名の「同窓会について」の文字に、メール送信者の顔がすぐにピンと思い浮かぶ。
顔は思い浮かぶんだけど……
「だから誰!?」
大きな独り言と同時に再びアルバムを手に取り本来の目的に戻った。
やっとの思いで会社帰りにばったり会った同級生と、アルバムと、自分の記憶の中の人物が一致して彼の正体が分かった時、午前0時をまわっていた。
今日も結局鈴村さんからの連絡はなかった。
携帯を手に時計を見ながら葛藤する。
そして小さな溜息。
今日はもう、連絡するのはやめておこう。
明日はわたしから、日付が変わる前に絶対に連絡しようって思ってベッドに入った。