表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光 -ひかり-  作者: 美波
第五章 聖なる夜に
32/65

第32話 三日後は

 普段は雪なんかが降ったら煩わしいだけなのに。

 ホワイトクリスマスという言葉があるように、クリスマスに限っては雪が降ることを望む人も少なくはないように感じる。

 ライトアップされた街に深々とした雪が降るどこか幻想的な景色は、クリスマスに縁のなかったわたしでも想像するだけでドキドキしてしまう。

 

 一人で過ごすクリスマスが当たり前だったわたしは、今まで孤独も寂しさも感じたことがなかった。

 でもなぜだか今年はちょっぴり違う。

 一緒に過ごしたい人が出来たら、ライトアップされた街も、雪も、景色も……思い浮かべると胸がきゅっと締め付けられる。

 寂しさを、感じるようになった。




【 光-ひかり- 第五章 聖なる夜に 】




 お手洗いから戻ってきた大橋さんが、バッグからハンドクリームを取り出して念入りに指先までケアをしている様子をじっと見つめていた。

 施されたネイルを指差して「爪可愛いね」と言うと、五本指を前に出して「じゃーん、クリスマスネイルです」と得意気に笑った。

 クリスマスネイル、と彼女が言うとおり、控えめにではあるけどシルバーのラメストーンがキラキラと散りばめられていてスノーモチーフのアートがまさに今の時期にぴったりだと思った。

 自然と自分の指先が視界に入る。

 うわ、爪の長さは不揃いだしお手入れなどノータッチの爪は色も悪い。

 しかも午前中の雑用業務中に負った細かい傷跡や絆創膏が痛々しい。

 恥ずかしくなって膝の上へと両手を隠したけど、大橋さんは見逃してはくれなかった。


「秋元さん、手、ボロボロじゃないですか」


 うっ……相変わらずの直球に言葉を失う。


「ほら、年末だし。暇だったから大掃除の時楽できるように書類の整理や処分に夢中になってたら指切っちゃって」

「年末だし、じゃないですよ。もうすぐクリスマスだし、じゃないですか!」

「え?」

「早く行かないと、どこも予約でいっぱいになっちゃいますよ?」

「え、行くってどこに……?」

「ネイルサロンに決まってるじゃないですか」


 ネイルサロン……ピンとこない。

 「これ使ってください」と差し出されたハンドクリームを受け取る。


「傷には効果ないけど保湿効果抜群なんでカサカサの手もツルツルになりますよ!」

「うん、ありがとう……」


 カサカサ……。

 見るからにカサついているのかな、わたしの手……。

 クリームの蓋を開けると香水を振り掛けた時のようなフローラルな香りが鼻をかすめる。

 手の平でクリームを伸ばし、手全体に馴染ませる。

 ツルツルになった自分の手からいい匂いが漂う。

 クリームの入った容器もデザインに凝っていて宝石箱みたい。

 いい匂いと手の内にある宝石箱。

 たったそれだけのことでオシャレをした気分になる。

 自宅で自分が使う安物のハンドクリームとは、まるで違う。

 

「このクリーム、どこの?」

「それは……」


 大橋さんの教えてくれる情報を頭にインプットする。

 今度、買ってみようかな。

 大橋さんは説明を一通り終えると、バッグからフリーペーパーを取出し机の上に広げた。

 彼女行きつけのネイルサロンのクーポンがついているらしい。 


「ハンドエステだけでも行ってみたらどうです?」

「エステ?」

「ツルツルでキレイな指先の方が、彼氏さんも喜びますよ」

「なんで!?」

「えー、だって。見た目も全然違うし、なにより手繋いだとき相手の手がガサガサしてたら嫌じゃないですか。それに……」

「……あ」


 ふと、先日鈴村さんとお出かけした際のことを思い出した。

 大胆にも手が繋ぎたいと自ら申し出たあの瞬間のことだ。

 あの時は、緊張と恥ずかしさと、何より胸いっぱいの感動で他のことになんて頭が回らなかった。

 

「要は、気持ちの問題ですよぉ」

「え?」

「たかが指先でも可愛くしてたらなんだか自信沸きません? そういう自信って表情にも表れると思います! 同じ笑顔でも輝きが増すというか!」

「……」


 正直、超えられない年齢の壁を感じたのは確かだけど……。

 でもハンドクリームのいい香りとツルツルの指先に施されたネイルが、可愛らしいいつもの笑顔に一層輝きを増して見せているようだった。

 相手の瞳に、自分がそんな風に映ったらいいなって少しだけ思った。

 大橋さんが器用に切り取ってくれたクーポンを大事にお財布に閉まって、昼休憩を終えた。



 大橋さんが教えてくれたネイルサロンは、会社から自宅へ帰る際に使う最寄駅に近い場所にあった。

 帰宅時にお店を外から覗くと、同じく会社帰りだろうOLで五、六席ある席は満席だった。

 店内は煌びやかで明るく、店員さんもお客さんもオシャレでなんだか入りずらいな……。


 冬の寒さに背を丸め店の中を覗いていると、甲高い女性の笑い声が背後を通過した。

 通過した方へと目を向けると手を繋いだカップルが肩を寄せ合い見つめ合っていた。

 そのカップルを街頭に設置されたイルミネーションが照らし、さらに彼らの行く道をまっすぐに鮮やかに彩っている。

 たった今、自分が歩いてきた道なのに別の空間みたい。

 二十八年間も生きてきて、見慣れたよくある光景なのに今年はなんだか違って見える。

 胸の奥に感じたことのない寂しさを感じる。

 わたしらしくないな、どうしちゃったんだろう。


 三日後に迫ったクリスマスイブ。

 平日だから普通に仕事もあるし、会えるかは分からない。

 会えたとしても短い時間は限られているし、ご飯を食べて別れるだけ、なんらいつものデートと変わらない。

 それなのに当日に会いたいって思う、こんな気持ちはじめてだ。 


 突如吹いたひんやりとした突風に、さらに背を丸めて目をぎゅっと瞑った。

 今日は今シーズン一番の冷え込みらしく、これからもっと寒くなっていくらしい。

 無意識にこすりあわせた手を見て、帰ったらネイルサロンに予約の電話をしてみようと思った。


 早く暖かい場所へ行きたいな。

 駅に向かおうと身体を反転させると、懐かしい声に呼び止められた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ