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光 -ひかり-  作者: 美波
第四章 ねがい
30/65

第30話 ずっと続けばいいのに

「思い出した。わたし、子供の頃アイドルになるのが夢だったんだよね」


 アイドルに憧れ歌手になろうと、オシャレに目覚めマセてた小学生時代をふと思い出した。

 救いようのないオンチだったために、夢に見るだけで終わってしまった夢の一つ。

 隣を歩く鈴村さんは「アイドルか。へぇ~」と言ってぼーっと空を見上げていた。


「い、意外だよね? 意外すぎだった!?」

「あ、いや、別に。その、なんだかそんな目立ちたがりなタイプには見えなかったから」

「地味だよ、わたしはずっと地味だったんだけど……ち、調子に乗っていたのかな」

「あのー……」

「ご、ごめん! 金輪際、今のような発言は控えることにします!!」

「え、えぇ!?」


 しまった……恥ずかしい告白をしてしまった。

 まだテレビドラマの熱血教師に憧れて先生になりたいと思っていた夢の話の方がよかったかな……。

 でも結局受験に失敗してなれなかったし、頭が悪いことがバレてしまう。


「あ、えっと。鈴村さんはあった? 夢」

「夢かぁ。忘れちゃったなぁ~」


 忘れてしまったという鈴村さんは「夢と言えば最近困ったことがあってさ」と言って姪っ子のみずほちゃんの話を出す。


「動物アニメでさ、親切なしゃべるネズミが主人公で。正義のために悪いシャムネコと戦うって言う……知ってる?」

「ちょっと……わからない、な」

「俺も全然知らないんだけどね。なんだか想像すらつかないというか」


「この間急に将来その主人公のネズミになるって言い出してさ」

「あはは、可愛い!」

「でも、保育園のなんとか君が「なれるわけないじゃん!」って言うって泣きそうになってて」

「夢がない子供だなぁ」


 子供らしい無邪気なやりとりに笑みがこぼれて、同時に鈴村さんがどう対応したのかが気になって尋ねてみた。


「え? あぁ。うん、困ったよ」

「うんうん」

「さすがになれないよ、とは言えないからさ」


「その主人公みたいに、困っている人がいたら助けてあげられるような優しい女の子になってね、って言っておいた」


 鈴村さんは「みずほは無邪気にはーいって言ってたけど、たぶん意味は分かってないよ」と言って笑った。


「子供って難しいね」

「伝わってるんじゃないかな?」

「え?」

「鈴村さんの言いたいことも気持ちも、全部伝わってると思うな。優しい子になるよきっと」


 無性に今、この人を好きになってよかったと思った。


「そっか。ならいいけど」

「なんか、お父さんみたいだね?」

「あはは、嫌だよ俺。いつの間に子持ちに……」

「でもすごくみずほちゃん懐いてたし。子供に好かれる人っていいなって」

「え? なに?」

「あ、ううん。なんでもない!」


 自分に向けられたわけでもない優しさでさえ、こんなにも心が温かくなる。


「風出てきたけど寒くない? 大丈夫?」

「全然! 今は不思議と身体がポカポカしてる」

「え~いいなぁ」

「普段は冷え症なんだけど……」

「そうなんだ、女の人って多いよね」


 マフラーを巻き手袋をしてタイツも履いて、それでも冬の厳しい寒さは身に染みる。

 でも普段は冷え症のわたしの身体が若干火照ってこんなにも暖かく感じることができるのは、この人の隣に居る時だけだ。

 一緒にいるときはこんな瞬間がずっと続けばいいって思う。

 こんな時に、ふとこの間の鈴村さんの言葉が頭をよぎった。


『一瞬でも彼の気持ちは本物だったって信じたい』


 山岸さんを傷つけた元彼の気持ちが、一瞬だけでも、最初に好きだって彼女に伝えたその瞬間だけでも山岸さんに向いていたのならそれでいいって。

 わたしにはそう聞こえた。

 鈴村さんの気持ちも分かる。

 傷ついてばかりの彼女のことを思うと、せめて最初の言葉だけは本当だったんだよって言ってあげたいって思うのかなって。

 でも、彼はそんなことは彼女に伝えない方がいいと言った。

 彼女への言葉ではないということだ。

 自分にそう、言い聞かせているみたいだった。


 わたしは一瞬なんて嫌だよ。

 二人で過ごす時間が長く続けばいいなって思う。

 明日も、明後日も、ずっと。


 まだぼんやりとしかまで見えないずっと先の話だけど。

 一緒に過ごせる未来を夢見ることはしたっていいよね。

 夢は叶わないものだって痛いほど分かっているのに、大人になった今でも夢を見てしまう。



 次第に目的地に近付くにつれ人が増え、明るい様々な色の光りが見えてきた。

 ぼんやりとした思考を巡らせながら、気がつけば目の前に青を基調とした幻想的な景色が広がっていた。

 歩きながらもその景色の迫力に圧倒されて息を飲む。

 途中から足場が急に砂利道になっていることに気がつかず、景色ばかりを見て足元を見ていなかったわたしは躓いて前方へと身体が倒れた。

 こう言う時はいつも気をつけなきゃいけないって分かっているのに……


「……や、うわっ!」


 前のめりになって足元をふらつかせた瞬間、右腕を引き押し上げるようにしてわたしの身体を支える手の感触を感じて体勢が立ち直った。


「だ、大丈夫?」

「ごめ……」

「ちゃんと前見なきゃだめだよ」

「は、はい」

「でもよそ見したくなっちゃう景色だよね」


 恥ずかしくてその場に一時立ち止まっていると次々に押し寄せてくる人の波に、今度は背中を押されて正面から鈴村さんの身体に寄りかかってしまった。


「ご、ごめん!」

「あ、大丈夫?」


 接近しすぎてしまった……

 慌てて身体を離すと、ちゃんと前を向いてしっかり歩こうと心の中で自分に言い聞かせる。

 前へと進もうと一歩前へ出ると、未だわたしの腕を掴んだままだった鈴村さんの手が今度はわたしの手を取った。

 突然の出来ごとに一歩前に出たまま目を見開いた。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、……わたしそんなに変な顔してるかな。

 わたしと目を合わせた鈴村さんがぷっと軽く吹き出すと、俯いて堪えるようにして肩を揺らして笑い出した。


「心ちゃん、捕まえておかないとどっか行っちゃいそう」

「え、あの……」

「ゆっくり歩こうよ。また転ぶよ?」

「こ、転んでないもん」


 恥ずかしくて、無意識に首に巻いたマフラーを顔を隠すように口元まで上げた。

 今こんなにも恥ずかしいのはきっと転びそうになったことだけではない。

 繋がった右手が優しく引かれ、今度は彼が半歩前に出てすぐに追うようにして隣に並んだ。


 手袋をしている自分の手に相手の体温は伝わってこない。

 でもわたしの手をすっぽりと覆う大きな手に、元からのドキドキした胸の高鳴りと安心感と緊張感が入り混じってなんとも言えない気持ちになった。


 どうして手袋なんてしてきちゃったんだろう。

 次からは絶対に手袋は禁止だって、そう思った。



 イルミネーションで彩られた公園を一周する間、大勢のまわりの人たちの声で騒がしくてたいした会話は出来なかった。

 ただ「綺麗だね」とか「あれ見て」って隣を見上げて目を合わせるだけで満足だった。

 ふと目線を下げて繋がった手を見るとくすぐったくてあったかい気持ちになった。

 やっぱりこんな時間がずっと続けばいいのにって、無意識にそう願ってしまう。


 ときめく時間はあっという間に過ぎ去り駐車場に戻る頃には、帰宅する車が駐車場内から大行列をなしていた。

 赤いブレーキランプの列が公園の出口までずっと続いている。

 車の前まで来ると繋がった手は自然と離れて、その瞬間急に空気の冷たさが身に染みた。

 さすがに長時間外にいたために身体が冷えてしまったらしい。


 冷たくなる身体と同時に、ふと先ほどよぎった不安な気持ちに急に襲われた。

 聞いてみようかな。

 聞いてみたら案外たいしたことのない理由で、わたしの不安な気持ちなんてすぐに飛んでいってしまうんじゃないか。

 車に乗り込むとエンジンがかかって音楽が流れ出す。


「どうしようかな、ちょっとここで待ってた方がいいかな」

「うん。すっごい大行列出来てるもんね」

「時間大丈夫? ちょっと遅くなっちゃうかも」

「大丈夫。子供じゃないんで」


 どちからともなくほほ笑み合うと静かな車内にまだまだこれから帰ろうと車へと向かう人たちの明るい声が届く。


「あの、聞いてもいい?」

「何?」


「えっと、例えばだよ? 幸せで楽しい時間を過ごしていて……この時間がずっと続けばいいのにって思うことってある?」

「……ん?そりゃあ、朝起きる時にもっと寝たいよ、時間が止まればいいのにとは思うけど」

「う、うん、そっか」

「……え?」


 わたしは一体、何を聞いているのだろう。

 隣で鈴村さんが不思議そうな表情でわたしを見ている。


「何?」

「え?」

「はっきり聞いていいよ? わからないことは答えられないけど……一応考えてはみるし」


 鈴村さんの言葉に数秒沈黙したのちに、思いきって口を開く。

 わたしが山岸さんのことを相談したあの日、違和感を感じたあの言葉について出来るだけ軽い口調で聞いてみた。


「俺、そんなこと言った……?」

「うん」

「……」

「あ、別にいいんだけど……。なんとなく、自分に言い聞かせているように聞こえたからさ」


 鈴村さんはハンドルを見つめながら「うん、そうだね」と言った。

 続けてもう一度「そっか、そうだよね」と独り言のように呟いた。


「なんか的違いなこと言ってるかもしんないけど、あの言葉聞いてとっさにわたしは一瞬なんて嫌だなって思ったの」

「うん。なんかあの言い方だと一瞬でも思いが通じ合ってたんだからそれでよかったじゃないか、って感じがするよね」

「ううん、そこまでは……!」

「ごめんね」


 突然の謝罪の言葉のあとに正面を向いていた彼がこちらに目を向け視線を合わせた。

 いつもような優しい笑顔もその表情から消えている。

 目を合わせた時めったに彼の方から視線をはずすことなんてなかったのに、不自然に目を伏せるように逸らすと再び口を開いた。


「今から、暗い話を出来るだけ明るく話そうと思うんだけどいいかな」


 わたしは目で鈴村さんの表情を追った。

 唇を軽く噛んで頷くと再び顔を上げて、わたしの顔を見てその硬い表情を僅かに緩めいつもの優しい表情が見えた。


「実はさ」


 思ったほど簡単な話ではなかった。

 悲しくて、心が痛む様なそんな話。

 それでもわたしはすべてを知りたいと思った。



6/25 誤字修正しました。報告ありがとうございます!

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