第3話 ドラマのような出会いが
「秋元さん! おはようございます」
お茶当番だったわたしはいつもより早めに出社して、給湯室でやかんにお湯を沸かしお茶を作っていた。
そこへやってきたのは四歳年下の後輩の女性社員だった。
茶色に染めた短い髪がとてもよく似合う明るい子だ。
「大橋さん、おはよう」
「いきなりなお願いなんですけど……」
「うーん、難しいかも~」
「まだ何も言ってませんよ!」
目を合わせて笑い合うと大橋さんが「週末、暇ですか」と言った。
「予定は特にないけど……いつもないよね、わたし」
「知ってまーす」
「言うね~?」
大橋さんは再び明るくほほ笑むとわたしと距離を縮めて少し小声になった。
「合コン、どうですか」
「あぁ~」
「この間は本当にごめんなさい!失礼なことしちゃって……」
「あ、ううん。それは全然いいんだけど」
この間のこと、とは。
大橋さんに誘われて彼女のプライベートの友人が主催する合コンに参加した時のことだった。
女性陣は全員まだ肌に張り艶のあるわたしよりうんと若い子たちばかり。
男性陣も、全員わたしより年下だった。
わたしは盛り上げ役に徹していた。
大橋さんはこの事実を知らなかったらしく、「ちゃんと確認しなくてごめんなさい」と何度も謝ってくれた。
別に、いいのに。
若い人たちに囲まれて楽しかった。
「今回は、ばっちり男性陣は全員三十代です」
「もしかしてこの間のことに気にかけてくれてるなら別にいいんだよ?」
「そんなんじゃないです。本当に偶然また別の友達から誘われて」
「わたしじゃなくて他の子誘ってみてもいいんじゃないかな」
「……みんな彼氏、旦那さん、もしくは好きな人いますよ?」
「……そうだったね」
大橋さんの誘いを断る理由が見つからず、OKの返事をした。
わたしの勤める小さな会社には女性社員は十名ほどしかいない。
わたしより年上の社員二人は既婚者だ。
気がつけば独身女の最長老だ、わたしは。
だからみんな気を遣ってくるのか、よく出会いの場には誘ってくれる。
感謝、しないとね。
会社帰りに友人の麻衣子から着信が入った。
昨日、お家にお邪魔した際にトイレにハンカチを忘れたらしい。
そんな連絡だった。
ついでにちょっと会話をしてみた。
「ねえ、今度さ。合コンに誘われたんだけどさ」
『最近めずらしく頑張るね?この間も行ってたよね、いつも収穫ないけど』
「わたし何が足りないと思う?」
麻衣子は『うーん、そうだな~』と呟いている。
『心さ、好きな芸能人は?』
「え?花菱遼太郎だけど」
『そうだよね。……その人、わたしたちのお母さん世代だよ』
花菱遼太郎は時代劇の脇役を中心に活躍する五十代後半の役者だ。
クールで落ち着いていて、包容力がありそうで何より醸し出す雰囲気が渋くて格好いい。
……自分の好きな人とはあまり共通点がないけれど、好きだ。
その後、最近流行りのアイドルグループの名前を言ってみろ、と言われグループ名までは出たけど、メンバーの名前はおろか、何人のグループかも分からなかった。
最近観たドラマは?と問われすぐには思い出せなくて、
ふと思い出した十年以上前に夢中になった学園青春ドラマをあげたら麻衣子は携帯の向こうでしばらく無言になった。
『会話だと思う』
「会話?」
『あんたと会話しても初対面の人間は盛り上がらないかも』
言われてみれば、初対面の人間と接する際、高い確率で仕事かテレビ、もしくは芸能関係の話題が出る。
高い確率で好きな芸能人は、と若い人に聞かれた時、花菱さんと答えると「何してる人?」と聞き返される。
「な、なるほど……」
麻衣子は『いい報告、待ってるね? 頑張れ』と言って電話を切った。
どうして、今まで誰も指摘してくれなかったんだろう。
この日、わたしは家に帰り夕飯を食べて早々にお風呂を済ませた。
リビングのテレビを珍しく占領して観るのは月曜日九時のドラマ。
幸運にも、今日が初回放送だった。
主人公は、失恋して失意のどん底にいる小柄な可愛らしい女性だった。
ある日偶然立ち寄ったオヤジ臭い定食屋さんで、ヤケになって大盛りのチャレンジメニューにチャレンジするんだ。
同じく、同じ日に同じ場所で同じチャレンジメニューに挑戦しようとする青年が隣に並ぶ。
お互いに負けるもんかと闘志を燃やす。
おそらくこのドラマのメイン二人の、出会いだ。
おそらく今後お互いに愛し合うようになるメイン二人の、運命の出会いだ。
不覚にも、感動してしてしまった。
まだ何も始まっていないのに。
ただ出会っただけで泣きそうになった視聴者はきっと、わたしだけだと思う。
だって、この物語の結末はハッピーエンドでしょ?
自分と重なった主人公に幸せになれる結末が待っているんだって思ったら、
気が早すぎるけど感動してしまった。
馬鹿みたいだけど、少しだけ涙が出た。
わたしにも、こんな運命の出会いがあるのかな。