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光 -ひかり-  作者: 美波
第四章 ねがい
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第28話 敬語

 自宅の位置を口で説明してもさすがに伝わらないことはお互いに分かっていたため、自宅近くの大きな書店屋の駐車場まで迎えにきてもらった。

 黒色のステーションワゴンに乗る鈴村さんはなぜだかいつもより一段と格好よく見えた。

 今日はがんばってたくさん話そうと思ったけれど、彼が登場したところから早々に緊張してしまった。

 「おはようございます」と言って緊張気味に助手席に乗り込もうとすると、可愛らしい子供が好みそうななアニメの主題歌のような曲が流れてきた。

 鈴村さんの「あ、しまった」の声と「昨日普段乗せないみずほ乗せてさ、そのままになってた」といつもの様子の鈴村さんを見たら自然と緊張も解けて笑みがこぼれた。


「チャイルドシートははずしてきたんだけどね」

「でも音楽に気がつかないって意外とお気に入りだったりします?」

「いやいや、それは」

「……」

「顔が笑ってるけど?」


 助手席に乗り込んで運転席の鈴村さんと目を合わせるとお互いに噴き出すようにして笑った。

 「みずほちゃんと一緒に歌ったりするんですか?」と言うと「今度歌ってみようかな」と言ってHDDナビからCDを取り出して「何の曲が入ってるかわからないけどアニメではないはず」と言って五枚ほどあるSDカードを一枚を選んでセットした。


「普段車って乗るんですか?」

「あんまり。平日は乗らないし時々家族に迎えを頼まれても飲んでて乗れないこと多いし……」

「あはは、そうでしたね」

「でも休みの日とかは一人でぶらっと出かける時は結構乗るよ」


 自分と一緒だなと思った。

 わたしも時々車に乗って出かけるけど月に数える程度だ。

 車の維持費がもったいないなって思うけど、ないと不便だし。

 シートベルトを着用すると「危険運転はしないと思うから安心してね」とゆっくりと車を発進させた。


「お休みの日は最近はみずほちゃんと遊んだりもしてるんですか?」

「うーん、時々。昼間家にいる時は。最近アイツ俺の部屋に不法侵入してくるようになってさ」

「勝手に?」

「そう。この前帰ったら俺の部屋の床に素敵な模様が出来ていて何事かと思ったよ」

「落書きですか?」

「なかなか絵心はあると思うよ?うん。でも困るんだよな……」


 窓の外に見える風景は見慣れた風景ばかりだけど、男性が運転する車の助手席に乗ったこと修ちゃん以外に過去にあったかな。

 だから目に映るいつも見る同じ見慣れた景色でも、まったく違う世界にいるような感覚だった。


「鈴村さんって、怒ったりするんですか?」

「怒る怒る!」

「嘘だ、ほんとですか?」

「うん……怒ってるつもりなんだけどね。姉にはよく甘やかすなって言われるけど」

「やっぱり」


 「あはは」と声を上げて笑い出すタイミングは一緒でこの時はもう、会う前の緊張は完全にほぐれていた。

 赤信号で車を停めると目が合った鈴村さんに「今日は心ちゃんたくさん話してくれるね」と言われちょっと浮かれ過ぎてたかなと思って不安な気持ちが一瞬よぎる。


「色々質問してくれるし」

「ウザいですか!?」

「は? そ、そんなこと言ってないよ!? ……ビックリしたぁ」

「あ……すみません」


 すぐにマイナス思考の考えをするのはわたしの悪いところだ。

 でもこればっかりは簡単には変われないと思うんだよね……。


「一見大人しそうに見えるけど、本当はすごく明るい人だって俺は思ってるんだけど違う?」

「あ、どうでしょう……どうなのかな」

「実はキレると恐いとかないよね?」

「な、ないですよ!」


 信号が青に変わって「ごめんね、冗談だよ」と言ってほほ笑む鈴村さんの横顔を見て安心した。

 すぐに再び信号で停まると片肘を窓際のシートに乗せて頬づえをつくと「そういえばさ」と言ってその瞳が隣に座るわたしへと向けられた。


「いつまで敬語使うの?」

「えっ?」

「別にいいのに。俺なんてすぐに敬語が飛んでっちゃって……」

「いやでも。年下ですし、わたし」

「一個だけだよ?」

「でも年上には敬語で話せって昔誰かに……」

「それが例えば身内以外の友達や幼馴染でも?」

「い、いえ……」


 修ちゃんに、敬語なんて使ったことなかったよね。


「敬語なんてやめちゃえば、もっと遠慮もなくなって話せるようになると思うんだけど」

「で、でもそんなことしたら自分じゃなくなっちゃうような……」

「本当の心ちゃんはどんな人なの?」

「……よくわからないです」

「えっと、えっ?」


 自分が好きな人の前で素を見せた時どんな風になるかなんて想像もつかなかった。

 時々出てしまう不自然で挙動不審な態度が答えだとしたら……悲しい。

 どうしたらいいんだろう……。


「わたし、はじめてなんです」


 思わず出てしまった言葉にしまったどうしよう、と思った時はもう遅くて彼の「何が?」の言葉が耳に響いて自然と背筋が伸びる。

 何もかもがはじめてだ。

 自分の好きな人が自分のことを好きだと言ってくれて、好きな人の隣でこんな風にしてドキドキしながらも穏やかな気持ちで笑えるのも、反対にドキドキしすぎてうまく自分を表現することができないのも。


 「えーっとですね」と言いながら目を泳がせていると、鈴村さんの「よし、決めた」の声に隣を振り向くと正面を向く彼の横顔が目に入って口元にはにかんだ笑顔を見せた彼が口を開いた。


「今日の目標は、心ちゃんの敬語を取っ払うことかな」

「え? えっと」

「今から敬語使ったら減点一だよ」

「えっ!」

「十たまると特技のものまねを披露してもらうから」

「いつのまに!? 特技じゃないですけど!?」

「そうだっけ? じゃあ、頑張って」

「い、意地悪……」

「よーい、スタート!」

「えぇ~っ!?」


 ものまねなんて出来ないよ!

 急に何も話せなくなったわたしに鈴村さんから「頑張って~!」と他人事のような楽しそうな様子のエールが届く。

 膝に置いた手がスカートの裾をぎゅっと掴む。


 普段通りに話せばいいんだ。

 友達や会社の後輩や家族と話すようにして。


「馴れ馴れしいなって思ったら、言って……ね?」

「思わないよそんなこと」

「調子に乗って変なこと言ったら指摘してね」

「ツッコミなら任せて」

「ツッコミ!? わたしボケないよ!?」


 会話をしながら気がついたら、笑い声が車中に響いていてとても楽しい時間が流れていた。

 気がついたら一時間もの間を移動の車中で過ごしていたのにあっという間にその時間は過ぎ去った。


 最初の目的地について、車を降りて地に足を付けた時、快晴の空から降り注ぐキラキラと眩しい太陽の光が心地よくて空を見上げた。

 次に視界に入ったのは同じようにして眩しそうにして「いい天気だな~」と言いながら空を見上げる鈴村さんの姿だった。

 明るい太陽の光に照らされた彼がいつもより一段と眩しく瞳に映って見えるのは、それはきっとわたしの欲目。

 わたしは彼みたいな明るくて穏やかな空気も笑顔も持っていないけれど。


「ここね、テレビで観て絶対行ってみたいって思ってたの」


 視線が重なった時、自然な笑顔でそう言えた気がする。






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