表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光 -ひかり-  作者: 美波
第四章 ねがい
27/65

第27話 恋してます

 鈴村さんの次のお休みの日に予約を入れようと思ったら、次の土日は友人の結婚式のため泊まりで県外に行くから都合が悪いとのことだった。


「お土産何がいい?」

「えっ、そうだな……何でもいいですよ」

「何でもいいって言うと、何かのキャラクターのご当地キーホルダーとかになるけど……」

「えっ! 嬉しい! わたし、集めてるんです!」

「えっ」


 興奮して目を見開いた瞬間、鈴村さんの本気で驚いた表情が目に入ってみるみると頬が赤く染まっていくのを感じた。

 どうやら冗談のつもりで言ったらしい。

 どうしよう、ここは「冗談ですよ」と言って笑うべきか、そんなことを考えながら動揺を隠せずにいるとわたしの様子を察した鈴村さんが「そっか、心ちゃんはコレクターかぁ」と言って俯き笑いをこらえるようにして笑った。

 コレクターだなんてそんな大層なものではない。他に集めているものなんてないし……。

 これは訂正しなければと思った瞬間、鈴村さんが「面白いね」と呟いた。


「こうやって知らない一面をどんどん知っていくのって面白いね」

「……え?」

「まだきっと知らないことばかりだから、これから心ちゃんの色んな面を知って行くのが楽しみだよ」


 子供の頃に感じた新たな発見を前にしたワクワクした気持ちに、恋をしてドキドキとする気持ちが重なって今までに感じたことのない感覚だった。

 わたしも楽しみです、と更に赤くなった顔でそう答えると「俺はがっかりさせる一面ばっかりかも」と言って悪戯に笑う様子の鈴村さんを見て、それだけで幸せな気持ちになった。

 彼が言うがっかりさせるような一面も、きっとわたしにとっては何もかもが新鮮で嫌いになるどころかこの気持ちを更に大きくしてしまうものだと思うんだ。

 その答えはこれから少しずつ分かっていくんだ。

 そう思うだけで楽しみな気持ちが溢れて明日さえもキラキラと輝いて見えるような気がした。


 浮かれ過ぎて、うっかりわたしはコレクターであるという間違った情報を鈴村さんに提供したまま訂正することを忘れてしまったけれど、そんなことも忘れてしまうほどに心が満たされた幸せな一時だった。

 次に会えるのは十日後だ。

 ものすごく長い十日に感じそうだけど、憂鬱な月曜日も仕事でミスして怒られても、頑張れそうな気がする。


会えなかった間、はじめて、休日を一日使って車でどこかへ遊びに行こうとメールや電話でのやりとりで計画をしていた。

計画と言っても細かいものではなくなんとなく、どこどこへ行きたい、見たい、行ってみたいという場所をお互いに挙げただけだったけど。

本来だったら男性の前でわたしはこういう時言いたいことが言えなくて「どこでもいい」と答えてしまうような人間だったと思う。

でも以前テレビや雑誌で一生懸命勉強をしたかいがあったのか、行ってみたいなって思った場所を二、三か所挙げることが出来た。


 長いと感じた十日間も過ぎ去って、当日を目前に控えた前日のことだった。

 昼休みになっていつものようにお弁当を持って会議室に向かっている時だった。

 階段を上った先に山岸さんがいて彼女もお弁当の入った小さなバックを手にしていた。

 彼女の涙を見た日からずっとお昼休みを一緒に過ごすことはなかった。

 大橋さんは「一人になりたいのもあるしわたしたちに気を遣っているんですよ」と言っていた。

 わたしたちは山岸さんからまた戻ってくることを待つことしかできなかった。

 山岸さんはまだ以前のような澄んだ瞳や晴れた表情は戻っていないように見えたけど、微かにほほ笑むと軽く頭を下げた。


「ありがとうございました」

「えっと……あ、さっき? いいよ、そんなの」


 先ほど、山岸さんに対応しきれない外線が入って途中からわたしが電話を代わった。

 目的がよくわからないクレームの電話で結局、他の男性社員さんに代わってもらったのだけど……。


「いいえ。それも、だけど違います」


 わたしより少しだけ背の高い山岸さんとほぼ同じ位置でまっすぐと目が合った。


「大橋さんに聞きました。ミスして部長に怒られた日、秋元さんが部長に自分が教えたって、だからもう一度ちゃんと教えますって言ってくれたって」

「あー。そんなことがあったような……あの、別にお礼を言われるほどのことじゃないよ? ホントのことだもんね?」

「秋元さん、超びびりながら部長に話してたって聞いて」

「だ、だって。あの人恐いもんね」

「うまくしゃべれなくてカミカミだったって」

「それは言わなくてもいいよね!?」


 大橋さん、一言も二言も余計だよ、と一人項垂れているとクスクスと控えめだけど、彼女らしい笑い声が聞こえてきて思わず息を飲んだ。

 しばらくその様子を眺めていたら、表情をゆっくりと無に変えた彼女が瞳を伏せてゆっくりと話し出した。


「息が止まりそうなほどに苦しくて辛くて、人のこと二度と信用できないって思いました」


 その言葉に息を小さく吸い込み無意識に止めた。

 そんな様子のわたしとは正反対に彼女は控えめに、目元に優しい笑みを浮かべてわたしを見た。


「でもこの数日間わたしには友達も家族も、自分を心配して辛い時に優しくして励ましてくれる人たちがいるって改めて感じました。だから近いところから。信じてみようって思って」

「近いところ?」


 首をかしげるわたしに「秋元さんもですよ」と言って山岸さんは目を見開いた。


「一番つらかった日に朝一で秋元さんの顔を見た時、涙が出ちゃって……入社した当時もわたしよく仕事で失敗して泣いちゃってましたよね」


「秋元さんはいつも不器用だけど辛い時に一生懸命励ましてくれたなってそれを思い出したら涙が出ちゃったんです。大橋さんから話しを聞いて改めて秋元さんの優しさが、身に染みました。今回だけじゃなくてずっと、親切にしてくれたなって」


 山岸さんはわたしを過大評価しすぎている、そう感じた。

 今回わたしは何も励ますことも、かけてあげる言葉すら見つからなかったのに。


「秋元さんだけじゃなくて大橋さんも、友達も家族も、みんな……たくさん。わたしには近くに信じられる人はたくさんいるんだなって思いました」


 でも鈴村さんが言った通り、自分が今できることを全部してあげたいって気持ちが人伝いでも伝わったのは確かだ。

 わたしの気持ちが伝わって、誰かを信じようって思える一つのきっかけになったのなら、わたしにしてはよくやれたほうなのかな。


「わたし、もう大丈夫です……って、だいぶ強がってますけど」


 わたしが正直に「うん、そうだよね」と呟くと山岸さんは「はい」と同じく呟くように言った。


「すぐには無理だけど……その、まだちょっとモメてるし」

「モメてるって、彼と?」

「大変だったんです。わたしの存在がばれちゃったみたいで彼女が出てきたりして……」

「え……えっ!?」

「ドロドロでした」

「ど、どろどろ……」


 自分には到底想像すらつかないような、まるでお昼のドラマの世界のようなやりとりがあったのだろうか。


「正直きつかったけど、モメてるうちに彼に対しての恋愛感情は消えて行きました。彼女に愛想つかされる様子を間近で見られてちょっとざまぁ見ろって思いました」

「よかった……のかな?」

「でも好きだったし傷ついたし、すぐには無理だけど」

「え?」


 「すぐには無理だけど」。二回目の言葉だった。 


「すぐには無理だけど、またいつかいい恋をしたいし、今度こそ絶対に幸せ見つけてやるって今少しだけ前向きになってます」


 無意識に伸びた片手を、山岸さんの肩へ置いた。


「見つかるといいね、幸せ。絶対見つかるよ!」

「はい!!あとわたし好きな人をただひたすら想って追い続けて……恋愛だけが中心の生活になっていたから、もっと他の幸せも見つけたいなって」

「うんうん!」

「今は、そうだな。美味しいもの、お腹いっぱい食べたいです!!」

「いい! それ! 付き合うよ!」

「ちょっと遠いんですけど、隣の県に行列の出来るおいしいケーキ屋さんがあるって大橋さんから聞いて……」

「それすごい気になる! 行こうよ! わたしもね、最近もっと外出たいなって思っていたところなの!」


 いつの間にか手を取り合って会議室前で二人で盛り上がっていると「あ~!ずるい!」という明るい声が聞こえて山岸さんと同時に振り向いた。


「ちょっと、山岸さん! わたしの秋元さん取らないでよぉ!」


 口を尖らせ会議室へやってきた大橋さんの冗談に山岸さんと目を合わせて笑い合った。


「ケーキの前に、二人とも今晩お暇? この間、友達と超美味しい焼き鳥屋さん見つけたんだけど……どうすか?」

「えっ! 行きたい!」

「ちなみに、山岸さんが言ってたケーキ屋も情報源はわたしなんでナビは任せてください!」


 山岸さんが「じゃあ車も大橋さんが出してね」と言うと「わたしはナビだってば」と反論する二人のやり取りに笑みがこぼれる。

 笑いながら自然と三人の足が進み会議室の中へと入ると大橋さんが何かを思い出したかのように「あっ」と呟いた。


「そうそう、クリスマスなんですけど」

「ん? クリスマス?」

「はい。早瀬さんと寂しい男女で少人数で飲もう! って話しになってて……取り合えず、山岸さんは参加決定でしょ? いつまでも落ち込んでられないしね?」


 決定でしょ?と言われ「え? え? 何?」と何が何だかわからない様子で動揺を見せる山岸さん。

 そうだよね、山岸さんは早瀬さんのこと会ったこともなければおそらく話しも聞いていなくて知らないわけだし。


 大橋さんから早瀬さんの連絡先が知りたいと言われ、本人に確認を取ってから連絡先を交換した二人だったけど、その後のことは聞いていなかった。

 そんな話が出ていたんだ。

 他人事のように「そっかそっか」と脳内で納得してお弁当をテーブルの上に置いて席に座ると大橋さんの怪しげな視線がわたしに突き刺さった。


「当然のように秋元さんも参加リスト入りするものかと思ったんだけど……早瀬さんから心ちゃんはきっと不参加だよって言われたんですけど、どういうことですか?」

「……え?」

「秋元さん、わたしに。ううん。わたしたちに言ってないこと、ありますよね?」

「えーっと……」


 大橋さんは怪しげな笑みから一変していつもの彼女らしい元気いっぱいの愛らしい笑顔へと表情を変えた。

 山岸さんはしばらく無表情でパチパチと瞬きを繰り返して「秋元さん、まさか……」と言って少しずつその表情を緩めていく。


 正直、ためらった。

 山岸さんに辛いことがあったばかりなのに、自分だけ幸せですなんて報告してもいいものなのかと。

 でも、嘘はつきたくないと思った。

 だから正直なわたしの気持ちを告げることにした。


「わたし、今日は焼き鳥屋さんにも行くし、今度は二人と一緒にケーキ屋さんにも行くからね?」


 大橋さんは「当然です」と言って頷き、山岸さんも「はい」と言って柔らかな表情の中に僅かに笑みを浮かべた。


「もっともっと、一緒に遊ぼうね?」


 正直な気持ちだった。

 欲張りかな。

 恋もして、職場の後輩の女の子ともたくさんの思い出を作りたい、だなんて。

 大橋さんには食や美容、ファッションなど色々教えてもらうことになっちゃうけど……一緒にもっと女の子らしいことして遊びたいし、

 山岸さんとはさっき言っていたみたいに恋愛以外の幸せや楽しみをいっぱい見つけたい。


 決して恋愛に気持ちが満たされていないわけではなかった。

 ただ恋をしたら、もっともっと外へ出て、色々なものを吸収したいと思えるようになったんだ。

 一人で過ごす時間が増えてから人としての成長が止まってしまっていたわたしが確実にまた前へ進もうとしている。

 そんな気がした。


「年上のくせに情けないけど……二人に相談したいこともたくさん出てくると思うし」


 大橋さんに「それは何の相談ですか?」と問われ一度息を吸い込んで止めたら自然と笑みがこぼれて吸い込んだ息が漏れた。


「うん……恋、の」


 照れくさくて俯いた顔を上げて、交互に二人の目を見た。


「好きな人が……出来ました!!」


 目を瞑っての思いきった告白に大橋さんは大袈裟に手を叩いて「おめでとうございまーす!!」と言って満面の笑みを浮かべた。

 「いつ話してくれるかってずっと待ってたんですけど」と言って口を尖らせる彼女はきっと、すでに勘付いていたのだと思う。

 いや、知っていた? でも、何でだろう?

 山岸さんは、わたしと目を合わせると「遠慮なんかしないでくださいよ」と言った。


「わたしも、大橋さんと一緒に秋元さんの後に続けるように頑張ります。……自分のペースで!」

「うん!」


 彼女の本心まで見透かす能力はわたしにはなかったけれど、自分のペースで頑張りたいと言った彼女の瞳はまっすぐで、前向きな気持ちは本当なんだって思った。



 その後、昼休みをフルに使って鈴村さんとの出会いから現在までのことを二人に話した。

 わたしが恋愛の話をするなんて二人の前では初めてだったから緊張したけれど、食いつくように話を聞く二人を前に正直に包み隠さず話した。


 話をする中で何度も二人の口から出た言葉は「運命」とか「赤い糸」とか恥ずかしくなるような乙女チックなワードばかりだった。

 でも思えば出会いから今日までたくさんの偶然と奇跡のような再会が重なって想いが通じ合ったわたしたちには、

 まさにその恥ずかしい言葉の数々がぴったりなのかなって年甲斐もなくそう思った。

 だからきっと鈴村さんも同じ気持ちでいてくれてるんだと、この時はそう思っていた。


 この日、大橋さんと山岸さんと大橋さんオススメの焼き鳥屋さんに行って家に着いたと同時に鈴村さんから着信が入った。

 連れて行ってもらったお店のこととか、どのメニューが美味しかったとか、山岸さんがまた一緒にお昼を食べれるようにまで元気になったこととか。

 今度三人で話題の洋菓子店にケーキを食べに行く目的だけで少し遠出することになったとか……。

 彼の声を聞いたら今までにないくらい話したいことがたくさん思い浮かんできて、でもそれは明日までとっておこうと思った。

 一緒にいてもあまり自分から話題を振ることもなかったし自分について話したいことも思い浮かばなかったのに、今は話したいことがたくさんあるよ。

 わたしの話にどんな反応をするのかな、どんな言葉をくれるのかなって考えるだけで楽しみな気持ちだけが溢れてくる。

 自分のことをもっと話したいし、明日は彼のどんな一面を知ることができるのだろう。

 珍しく不安になる気持ちなんて一つもなかった。


 明日の事について簡単に待ち合わせの時間などを決めて「じゃあまた明日」と言って電話は切られた。

 携帯を手にドキドキと高鳴る心臓を抑えるように胸に手をあてて大きく息を吐いた。

 お風呂に入って今日は早めに寝よう。

 なかなか寝付けないだろうってことは分かっていたけど、早く眠ってしまって明日になればいいのにって……

 ワクワクする気持ちに、遠足を楽しみにして興奮する子供みたいだなって思ったら一人玄関で噴き出していた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ