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光 -ひかり-  作者: 美波
第三章 なみだ
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第21話 夢のような時間

 秋の晴天の空の下。

 昼間はポカポカと暖かい陽気の公園で、コンビニのビニール袋を手に提げてベンチに座っていた。

 ここのところ冬を間近に感じるような冷たい乾いた空気を肌に感じる日々が続いていたのに、陽の光の下は暖かかった。


「あのー、早く食べないと冷めておいしくなくなっちゃうよ?」

「あ、はい!」

「しかもなんか、そんなに握りしめたら形が……」

「……えっ?」


 隣に鈴村さんがいるという緊張から、無意識に自分が好きな食べ物はと聞かれて即答してしまったアツアツの肉まんを握りしめていた。

 鈴村さんに言われて手にした肉まんを意識したら、肉まんの温度が手に伝わってきて「熱っ!」と声を上げてしまった。

 鈴村さんは「反応遅くない!?」と言い、次の瞬間すぐに笑い出した。

 今日はなんだか会った時から笑われてばかりだ……。


 彼の顔を間近に、しかもこんなにも明るい空の下で見るのは初めてだったから今日は余計に緊張する。

 余計に眩しく輝いて見えてしまう。

 ありえないけれど、サングラスをしたい気分だ。


 形の崩れた肉まんを袋から取り出し一口口にした。

 ダメだ……うまくノドを通らない。

 好きな人の隣でご飯を食べるのってこんなにも辛いものなの?

 小さい頃から一緒にいて何度も一緒の時間を過ごしていた修ちゃんの時とは何もかもが全く違う。


 気持ち少しでもを落ちつけようと大きく息を一度吐くと、その様子を見た鈴村さんが「大丈夫?」と言った。

 そうだよ、今のわたしの状態、とても大丈夫なようには見えないよ。


「大丈夫です、すいません……」

「一回、落ち着こう」

「は、はい!」


 彼の言葉に俯いてばかりの顔を上げて景色を見渡してみた。

 天気のいい休日の昼間の公園は家族連れでにぎわっていた。

 わたしたちのように若い男女や友達同士でベンチに座って語り合う人たちの姿も見られた。

 中でも一番公園内で目立って声が響くのは、元気よく公園で遊ぶ小さな子供たちの声だった。

 公園の木々の葉は色を変え、散った落ち葉も目立つ。

 そんな景色に秋の終わりを感じた。


「心ちゃんは普段はどんな感じなの?」

「え? あ、えっと、どんな感じと言われても……今のような感じではないことは確かですが……」

「普段通りにしてよ。前も言ったけど緊張してるよね? なんだか俺まで緊張しちゃうと言うか……」

「ですよね……」


 わたしだってできればそうしたい。

 もっとまともに会話がしたいよ……。

 初めて会った頃はまだまともに会話が出来ていたような気がする。

 例えば……そう、この間の夕焼け空の下、ここで会話した時はもっと自然な雰囲気で会話が出来ていたはずなのに。


「えぇっと、ゆいちゃん、だっけ? あの子がこの間言っていた……」

「違うんです!」

「え?」

「大橋さんが言ったことは違うと言うか間違いと言うか。当たってるところがあったかもしれないけれど普段はもっとちゃんとした……」

「結局、どうなの?」

「お……」


 大橋さんがわたしについて語ったことと言ってすぐに思い浮かぶのは「ぼんやり型」とか「仕事でよく失敗する」とか……。


「お、大橋さんの言う通りなのかもしれません……」

「じゃあ、もっと……なんていうのかな、自信持ってよ」

「はい?」

「なんか下向いてばっかりだから、もっと前向いた方がいいかなって」


 鈴村さんの言葉の意味がイマイチ理解できずに彼の方を見る。

 同じように鈴村さんもこちらを見ていて、でも目線だけは斜め下へと伏せるように地面に向けられていた。


「彼女の言葉が本当なら、すごく良い子だなって、思うけど」


 言いながら目線を合わせた彼が少し照れたようにほほ笑むから、わたしの顔は一瞬にして真っ赤に染まってしまった。

 不自然に勢いよく前を向くと、続いて耳に「なんか、心ちゃん楽しいし」との言葉が聞こえて耳まで赤くなった気がした。


「た、楽しい? 笑えるってことでしょうか……」


 笑わせようとしたつもりは一度も、ないんだけどな……。


「なんかごめんね? 俺、心ちゃんのこと笑ってばっかだよね?」

「え? あ、イエ。あのー……よくわかりませんが楽しく笑ってくれるのならそれで」

「よくわからないって……本物だ」

「……はい?」

「あ、ううん。なんでもないよ」


「楽しいって言うなら、鈴村さんだって……面白い人だなって思いました」

「俺? 俺はあまり他人から天然だって言われたことはな……」

「はい?」

「な、なんでもないよ!? ごめんね!?」

「は、はい!?」


 なぜか謝られ目を合わせると二人揃って慌てたように正面を向いて俯いて、なんだか鈴村さんまでもがわたしのように挙動不審になってしまったようだ。

 わたしは緊張を一緒に飲み込むようにして、一気に先ほどコンビニで一緒に購入したペットボトルのお茶を飲み込んだ。

 いいかげんに、そろそろ落ち着かなくちゃダメだ。


「そういえば、ちょうど先週くらいにここでこうして並んで座って話してたんだよね」

「はい……」

「なんか、あれから一週間しか経っていないなんて変な感じがする」


 呟くように言った彼の一言に大きく頷いた。

 この一週間鈴村さんのことばかりを考えて過ごしていた。

 もっと言うと、出会った日からずっと鈴村さんのことは頭の片隅にあった。

 だから決して彼と過ごす時間は多くなかったし濃い時間が過ごせたわけでもないのに、彼と出会って間もないんだってことが不思議に思えた。


「心ちゃんのこと、まだきっと何も知らないのに出会って間もないなんて不思議な感じがする」


 「あ、変なこと言ってるね俺」と言ってこちらに視線を向けてほほ笑みかける彼の気配だけを感じて、わたしは赤面して恥ずかしくて俯くことしか出来なかった。

 ただ同じことを考えているってこと、それだけで息が詰まるほどに嬉しかったんだ。

 膝に置いた手をぎゅっと握りしめると、同じく膝の上に置いた肉まんの入ったビニール袋がカサっと音を立てた。


 赤くなっている顔を見られるなら、正面でも横顔でも同じだ。隠せないんだから。


 勇気を振り絞るように勢いよく鈴村さんの方へと身体ごと振り向くと彼は少し驚いた様子で肩を揺らした。

 そして、ちゃんとまっすぐに彼の目を見上げて「変なんかじゃないです! わたしもそう思う!!」と訴えるような気合いの入りすぎた返事をしまった。


 二人の間の時間が一瞬止まったように凍りつく。

 先に、もう一度声を発したのはわたしだった。



「あ、あの!? 大丈夫ですか? か、固まってますけど!?」

「……え? あ、あぁ! う、うん!」


 少しずつだけど。

 気のせいかもしれないくらいに僅かだけど、少しずつ鈴村さんの頬も赤くなっていっているような気がする。


「な、なんか俺まで心ちゃんみたいになっちゃったんだけど……伝染!?」

「やった、うつった!」

「え、何が?」

「それはわかりませんけど……」

「……え」


 急に変なテンションになって鈴村さんの言葉にノッてみたけど、ノリ切れなかった……。

 彼は二度、三度と目をパチパチと瞬きさせ、次の瞬間。

 大きく噴き出した息と同時に目をぎゅっと瞑って声を上げて笑い出した。


「なんか、今日の心ちゃん……変なことばっか言ってる…!」


 溢れだす堪え切れない笑いが止められない状態の鈴村さんを見ながら、次第に不思議とわたしの頬も緩んでくる。

 変なことばっかりか……。

 たしかにわたしは変なことばっかり言ってきたな。

 好きな食べ物はと聞かれて肉まんからはじまって、次に出たのがレバ刺しでしょ?

 手に持つビニール袋の中の肉まんを見たら、握り締めすぎて形が崩れ謎の物体になっている。

 ……もったいないから食べるけど。


「……」


 なんだか、アホすぎる……!

 そう思ったら自分もお腹の底から笑いが溢れ出してきたように可笑しくなって、恥ずかしい気持ちも半分持ちつつ一緒になって笑っていた。

 でも、ちゃんと訂正しておかないとって思ったんだ。


「あの! わたし、いつもはこんな変な人間ではないんですよ!?」


 笑いを止めた鈴村さんがその表情をいつもの穏やかな表情に戻して少しの間を置いてからゆっくりとわたしの方へと目を向けた。


「うん。それは、見てみたいな」

「……え?」


「変な子じゃない色んな心ちゃんが、もっと見てみたいよ」


 わたしだけに向けるその笑顔があまりにも優しくて綺麗にわたしの瞳に映ったから。


 一瞬、身体を強張らせるようにして息が止まってしまったけれど、身体の中心からジワジワと染みるように心がポカポカと温まって強張った全身も解けて行くようだった。


 こういう瞬間のことを、幸せを感じるって言うのかな。


 夢みたいだった。

 夢を見ているみたいだった。

 これ以上の幸せを感じたらバチが当たってしまうんじゃないかって思うくらい、感じたことのない気持ちだった。


 でもわたしの夢みたいな幸せな時間は、これで終わりではなかったんだ。




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