第2話 幼馴染
佐橋 修司はわたしの隣に住む幼馴染だった。
歳も三つしか離れていないため小さい頃からよく一緒に遊んだ。
お互いに一人っ子だったということもあって、兄妹のようにずっと仲良くしてきた。
「友達って、この間子供生んだ子?」
「そうそう!赤ちゃん、可愛かったよ~。ずっと寝てたけどさ」
数えきれないほど訪れた修ちゃんの部屋には、ダンボールが積まれ物が減り、ここに来る度に姿を変えた。
三か月後に迫った結婚式を前に、家を出て婚約者と一緒に二人で新しいお家に住むらしい。
「今、いろいろな準備で大変でしょ」
「そうだな~引っ越しの準備はだいぶ終わったけど」
修ちゃんは「散らかっててごめんな」と言うと台所から持ってきたお菓子の袋の封を開けた。
「食う?」と言ってスナック菓子の袋を差しだされたけど、夕飯前だったから断った。
「ねぇ、結婚式の打ち合わせどうだった?」
「うーん……今日はお互いのプロフィールについて色々聞かれた」
「披露宴で司会者が使うやつ?」
「そうそう」
修ちゃんは思い出し笑いをすると「聞いてよ、加奈の奴さ」と言った。
婚約者の名前も人物もずっと前から、結婚が決まった1年も前から知っているから今更動揺なんてしたりしない。
「アイツさ、知らなかったんだけど。出会った頃から俺のこと好きだったんだって。学生の頃だから……十年以上前だぜ?」
「あはは! ノロケ~? やだやだ! やめてくださーい」
「いいじゃん、付き合えよ。あとちょっとなんだから」
「あとちょっと」の言葉には、さすがに寂しさを感じる。
こんな風に一緒に過ごして笑い合える時間もあと少しだから。
「でもさ、たった十年前でしょ? わたしは十年以上も前から修ちゃんのこと好きだったけど?」
「確かに? おまえ子供の頃から俺のこと好きだったもんね?」
「あ、ちょっと間違えた。昔の話だよ? 今は好きじゃないもんね」
「はいはーい」
ほらね。
本気になんてしてもらえない。
今更もう、想いを伝えることすら叶わない。
膝に置いた手が、無意識に衣服をぎゅっと握りしめた。
子供の頃の夢はケーキ屋さんだった。
不器用でお菓子作りすらまともに出来ない今はただのOLだ。
アイドルに憧れて歌手になろうとオシャレに目覚めてマセてた小学生時代。
わたしは、努力だけではどうにもならないほど救いようのないオンチだった。
テレビドラマの熱血教師に憧れて先生になりたいと思ったのは高校生の時。
一生懸命勉強したけど大学受験に失敗して、夢に見るだけで終わった。
なんとなく海外の生活に憧れて留学したいなって思ったのは短大生の時。
でも両親に「おまえはジャパニーズだ」とわけの分からない反対をされて叶わなかった。
何よりずっと想い続けてきたこと。
初恋の人のお嫁さんになれたらなって絶えずずっと想い続けてきたことだった。
それも、一年前に叶わない夢だってことを知った。
二十八歳にして遅すぎたけど、知った。
報われない、叶わない想いなんて全部は挙げられないほどにたくさんある。
諦めることには慣れている。
修ちゃんの家を出た頃、真っ赤だった夕焼け空は色を変えていた。
暗闇の中に大きく浮かぶ月とポツポツと小さく光る星が映える夜空に変わっていた。
修ちゃんの家の玄関から歩いて三十秒。
自宅の門の前に立って修ちゃんの家の方を振り返った。
こんなにも近いのに、ものすごく遠い。
「きょうは早く寝ようっと!」
明日からはまたいつも通り仕事だ。
お茶当番だったから明日は少し早起きしなくちゃ。