第19話 あかいいと?
部屋の電気をつけるのも忘れて、暗い部屋で携帯を手にベッドの上に座り込んでいた。
わたしが麻衣子に恋の相談をするなんてことはじめてだったから、彼女は電話の向こうでとても驚いていた。
「ついこの間まで冴えない話ばかりだったのに、いつの間に!?」って……。
「今度二人で会うの! 傘、返すだけなんだけど」
『傘返すだけって、本当に傘だけ返して帰ってきたらバカだよ!?』
「わかってるよ……でも」
『会うのお昼でしょ? ご飯誘えばいいじゃん』
「そ、そんな高レベルなことがわたしに……」
『あぁでも心配しなくても誘ってくれるんじゃないかな? 普通』
「普通?」
『この歳になるとさ、出会ってすぐにもう一度会おうって思えるのってそれなりに気があるからだと思う。わざわざ異性の友達作ろうなんて思わないし』
麻衣子の言葉に「ほんとに!?」と思って一瞬目を輝かせるように見開いたけど、すぐに項垂れることに。
『違うとしたら、キープかな』
「キープ?」
『心を使って、他に出会いを求めているか。今度合コンしよ? とか言われたら最悪だよね~』
ふと先日の大橋さんとの会話を思い出した。
出会いの場に行くのは素敵な人に出会うためでもあるけど、それが無理でもそこで出会った人からもっと出会いの輪を広げていくことでもあるって。
……鈴村さんはそんなことを考えるような人には思えないんだけどな。
でも実際、自分が想像していた人と違う部分はたくさん持っている人だった。
だからわたしの思い描くイメージ通りの人だとは限らない。
『あ、でもそれだったらわざわざ会わなくてもいいか。メールか電話でいいもんね』
「い、意地悪」
『ねぇ、心。一度、自信持って頑張ってみたら?』
「頑張るって」
『気持ち、伝えてみるとか。好きなんでしょ?』
「なっ、……何言ってるの!? だってまだお互いのこと何も知らないのに!」
まったくもって予想もしていなかったことを麻衣子から告げられて動揺した。
『何度も言うけどさ、心、何歳?』
「二十八だけど……」
『あまり、この歳になって初対面の他人同士がお友達からはじめましょうって聞かないな』
「まずは付き合ってみるっていうのも、なんか子供っぽくない?」
『でも、好きなんでしょ?』
「……うん」
『好き同士だったら問題ないよ』
「なっ、向こうの気持ちはわからないよ!!」
『だったら、聞いてみなよ』
こうして鈴村さんの話題を出して話をするだけで心臓がドキドキと音を立てて胸が苦しい。
それなのに自分のこの想いを伝えることや、相手の気持ちを聞くことがわたしに出来るわけがない。
だって、ずっと出来なかったんだよ? 何年も、何年も。
しばらく言葉を失ったように黙っていると麻衣子が「ごめんね」と言った。
『なんか、わたしが焦っちゃった』
「麻衣子?」
『なんかね、嬉しいんだよ?』
「……え?」
『心にもやっと、そういう人が見つかったんだって思って』
『心の話聞いてたら、……こんなこと言って、笑っちゃうけど。心と彼。赤い糸かなんかで繋がっているとしか思えない』
麻衣子が僅かに声を震わしてそう言うから、不覚にも泣いてしまいそうになった。
『ものすっごい無責任なこと言ってるかもだけど…大丈夫な気がする』
「麻衣子……」
『自信持ってよ。もっと、自信持っていいんだよ!』
『アンタの良さはわたしが一番よく分かってる。ドジでマヌケで時々引くくらい天然だけど、誰よりも優しくて純粋な綺麗な心をしてる』
最後に「頑張って」の力強い言葉を最後に「それじゃあね」と言って通話は切れた。
通話の途切れた携帯を握りしめたまま窓際まで行くと、ここのところずっと閉めっぱなしになっていた部屋の窓を開けた。
冷たくて強めの風が頬を撫でる。
暗い部屋から月を見上げる自分が、明るい月の光に照らされているようだった。
自信を持っていいのかな。
好きだってこと、伝えてもいいのかな。
月の光に照らされながら何度も何度も、麻衣子がわたしにくれた言葉の数々を心の中で繰り返していた。
 




