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光 -ひかり-  作者: 美波
第三章 なみだ
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第16話 もっと、もっと

 斜め前に座る人物が気になる。

 顔を上げては目が合うんじゃないかと目を泳がせて結局俯いて、わたしは一人、終始こんな感じだった。

 完全に、挙動不審だった。


「お二人も、会社の同僚でしたよね?」


 わたしとは対照的に、初対面の男性二人を目の前にしても堂々としている大橋さんが自分の目の前に座る鈴村さんに向かって問いかけた。


「うん、同期だし同じ部署だけど……ほとんど会わないよな?」

「部署が同じでもさ、その中でも専門が別れてて……要は仕事が違うんだよね。鈴村はほとんど社内にいないし」


 大橋さんは二人の会話を聞いて「うぁ~うちとはなんか会社のスケールが全然違う」と言って感動をあらわにしている。

 わたしは彼女に合わせるようにただその横で「うんうん」と何度か頷いてみた。


「鈴村最近外出てばっかだよな?」

「そうなんだよ、出たり入ったり」


「営業なんですか?」

「ううん、色々なとこには行くけど」


 大橋さんと早瀬さんと会話をする鈴村さんは、わたしと会話をする時と違って敬語ではなかった。

 素性の知れない他人と気心の知れた同僚とでは態度が違うのは当たり前だよね。

 穏やかで優しい雰囲気はわたしの知ってる鈴村さんで、時々早瀬さんとの会話の中で冗談を言い合って見せる笑顔はまるで少年のように明るい。


「鈴村はさ、他社との共同開発チームの一人でさ。打ち合わせでしょっちゅう外出てるよな?」

「共同開発って何かの製品の? 他社ってどこですか?」

「あんまり詳しいことは言えないんだ。機密が厳しくて……ごめんね?」

「そのうち、ニュースとかで出るかもよぉ?」

「そんなスゴイもんじゃないよ」

「え~っ! 気になるー!」


 早瀬さんは「ていうか俺達の仕事の話やめよ! 言えないことばっかりだし俺達二人が仕事の話し出したら意味不明だしマニアックすぎて気持ちが悪いから」と言って笑った。

 わたしはすでにもう、話についていけてなかった。

 開発部、だったよね。専門職、ってことだよね。


 一人黙るわたしに向かって鈴村さんが「秋元さんと大橋さんは何やってるの?」と言った。

 すかさず早瀬さんが隣から口を挟んだ。


「そんな他人行儀な呼び方するなよ、心ちゃんとゆいちゃんでいいよね?」


 「もちろん」と言って大橋さんと同時に頷くと、鈴村さんが「じゃあ……」と言って再びわたしの方へと目を向けた。


「心ちゃんは仕事、何してるの?」


 心臓がドックンと一度波打った。

 名前を呼ばれただけなのに手に汗がにじんできた。

 落ち着け。


「普通の、事務です」

「普通?」

「電話に出たり、事務用品の受発注したり……あと何やってるかな。あれ? 今日何してた? わたし」

「知りませんよ!」


 焦って自分の仕事内容もろくに伝えることが出来ず大橋さんに助けを求めると、彼女の鋭いツッコミで笑いが起こった。


「あはは! 心ちゃん大丈夫~? ちゃんと仕事してんの?」

「秋元さん、今日はいつもに増してボケてます」


 特に大きな早瀬さんと大橋さんの笑い声。

 なんと、笑われていたのは自分だった。

 耳に鈴村さんの「なんかどっちが年上かわかんないね」と言う声が聞こえてきて項垂れるしかなかった。

 でも恐る恐る視線を上げてなぜか申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら鈴村さんの顔を見ると、彼は目を合わせるとすぐにほほ笑んだ。

 不自然に目を逸らして俯いた。

 でも、俯きながらも自然と笑みがこぼれた。


 その後も終始和やかで明るい雰囲気で時間は経過して行った。

 会話の中で特に印象に残ったことは、二つかな。


 一つは、喫煙者の早瀬さんがわたしたちに断りを入れてからタバコを吸おうとして、タバコの箱を鈴村さんに向かって「いる?」と聞いた時。

 喫煙者なんだ……ってちょっと意外だなと思っていたら鈴村さんは「もう止めた」と言って断った。

 理由は「家に小さい子がいるから」って。

 わたしはすぐにみずほちゃんのことなんだろうな、って思った。

 早瀬さんに「隠し子か!?」と食いつかれていたけれど、はっきりと「違うよ、姪だよ姪」と言った。

 ここ最近、一緒に住むようになったのかな?

 詳しいことは分からなかったけれど、鈴村さんは禁煙をしたらしい。


 もう一つは大橋さんからの質問で「お酒は飲めるんですか?」と言うものだった。

 その時気がついた。

 早瀬さんはお酒が好きな人で酔って顔を赤くしてさらに陽気になる人だったけれど、鈴村さんは変化がなかった。

 早瀬さんとほぼ同じ量のお酒を飲んでいたけれど、顔色もまったく変わっていないし性格的な変化もなかった。

 早瀬さん曰く「鈴村は、強い」って。

 鈴村さんは「ビールじゃ酔えない」と。

 お酒をどれだけ飲んでも平気な顔をしている人らしい。

 お酒が好きか嫌いかと言えば好きで、あまり外で飲んだりはせずに、家で一人で飲むことが好きらしい。

 早瀬さんからは「オヤジか!」と言われ大橋さんからは「渋い趣味ですね」と言われ「別に趣味ではないかな……」苦笑いを浮かべていた。

 本当に、人は見かけによらないと言うか……

 わたしが勝手に彼に抱いていたイメージとはかけ離れた事実がたくさん飛び出して、がっかりするどころか、なぜか少しだけドキドキした。


 もっと、わたしがまだ知らない一面をたくさん持っているんだって思ったら、ドキドキした。

 もっともっと知りたいって思った。


 途中で早瀬さんに何度か「心ちゃん今日は大人しいね」と言われたけれど、だってそれは。


 やっぱり、好きな人の前だから。



 二時間ほど四人で楽しい時間を過ごして店を出ると、少し強めの風が肌にぶつかるようにあたってきて今日はいつもより少しだけ寒いなと思った。

 これから冬に近づくにつれもっと、寒くなっていくんだ。


「みんな地下鉄?」


 早瀬さんの問いかけに大橋さんは「わたしはここからならまだバスあるんでバスで帰ります」と言った。


「俺はこっから一駅だから酔い覚ましながら歩こうっと……」


 早瀬さんと目が合った。

 彼はニッコリとほほ笑むと「じゃあ鈴村、心ちゃんお願いね」と言って視線をはずし鈴村さんの方へと向けた。


「あ、心ちゃんも地下鉄?」

「おまえ、俺の心ちゃん襲うなよ」

「早瀬おまえ酔いすぎ」


 二人のやり取りをぼーっと眺めていると大橋さんがわたしの元へ寄ってきて「今日はすっごく楽しかったです! ありがとうございました」と告げ、続いて小声で「明日お昼、一緒に食べましょう?」と言った。

 何か意味があるような言い方だったけどわたしは「うん、分かった」と言ってただ頷いた。

 間違いなく今日のことについての話だとは思うけど。


 早瀬さんと大橋さんがそれぞれ「またなー」、「おつかれさまでーす」と言って去っていく。


「俺たちも行こうか?」


 隣から耳に響いてくる声に肩が震えた。

 寒さなんて一瞬で吹き飛んだ。

 むしろ、全身が熱い。


 どうしよう、二人きりだ。


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