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光 -ひかり-  作者: 美波
第三章 なみだ
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第15話 驚き

 制止すること約十秒間。

 互いに互いを指さして、その指先は微かに震えていた。


「……え、どうして」

「……幻?」

「はい?」


 彼のことを想うがあまり、幻を見たのかと一瞬錯覚してしまうほどの動揺だった。


「え? 何!? 二人知り合いなの!?」


 早瀬さんがわたしと彼を交互に見ている。

 大橋さんも何が何だか分からないと言った感じで目を泳がせている。


「あー、うん。……友達?」

「友達ぃ? そ、そうなの?心ちゃん」

「……」


 動揺と緊張が極限にまでに達したわたしは身体も思考も停止して、返事すらすることができなかった。


「なぁ、友達だと思ってるのおまえだけなんじゃない?」

「……そうかも」


 早瀬さんが「とりあえず立話もなんだし店行こうよ」と言うと大橋さんが「大丈夫ですか?」と言ってわたしの背中を押した。

 その小さな刺激で正気に戻る。


「あれ、わたし今……」

「魂抜けてましたよ?」

「……はっ」


だって。


だって。


 目の前にいきなり、早瀬さんと一緒に鈴村さんが現れたんだもん……!!

 「何で?どうして?」と何度も何度も心の中で繰り返しながら、わたしは大橋さんに手を引かれる様にして、二人のあとをついて歩いてお店へ向かった。

 し、しっかりしなくちゃ。



 早瀬さんについて辿りついたお店は和モダンで落ち着いた雰囲気のお店だった。

 でも店の中に入るとお酒を飲んで楽しそうに会話をする他のお客さんの声が聞こえてきた。

 四人座りの席に早瀬さんに「壁側どうぞ」と勧められる。

 さらに大橋さんに「秋元さん奥どうぞ」と勧められて、勧められるがままに一番奥の席に座った。

 わたしの隣には大橋さん、向かいには早瀬さんが座った。


「とりあえず飲み物頼もうよ」


 早瀬さんにメニューを手渡され大橋さんと一緒にドリンクメニューに目を通した。

 大橋さんに「飲みやすいのってどれかな」と尋ねてみた。大橋さんは結構飲める子だった。

 「やっぱカシオレじゃないですか?」と言われ「カシオレって? カフェオレじゃなくて?」と聞き返すと目の前の早瀬さんが「心ちゃんそれ天然!?」と言って笑った。

 何かおかしなこと言ったかなと思って早瀬さんの隣の鈴村さんに目を向けると、同じように笑っていた。

 目を合わせると少し申し訳なさそうに目を逸らした。

 何かミスったな。恥ずかしい……。


 わたしは大橋さんに勧められた「カシスオレンジ」を注文することにした。

 カシオレなんて略語はじめて聞いた。

 早瀬さんが気を遣って「いいよ、無理しなくて」と言ってくれたけど「大丈夫です」と答えた。一杯くらいわたしでも飲める。

 大橋さんも注文するドリンクを決め、メニューを男性にまわそうとすると「俺たちはビールでいいや」と言って店員を呼んでドリンクの注文を済ませた。


 ドリンクが届くまでの間大橋さんと会話を交わしながら目の前の二人の様子をなんとなく眺めていた。

 お互いに敬語を使わないところからおそらく二人は同期?

 なんだか未だに信じられないよ。


 わたしの前ではいつも丁寧で礼儀正しい話し方や態度だった鈴村さんも、早瀬さんの前では穏やかな雰囲気はそのままでリラックスした様子で会話をしている。

 普段は自分のことを僕ではなく俺って言っていることにも気がついた。


 ドリンクが届くと乾杯を済ませて、早瀬さんが仕切って簡単に「俺、早瀬」と自分の名前を名乗って、「コイツは鈴村」と鈴村さんの紹介、そして「この子は心ちゃん。みんな知ってるよね」となぜかわたしの紹介までしてくれた。

 簡単で大雑把すぎる紹介に「テキトー!」と言って大橋さんは隣で大笑いだった。

 残りの一人の大橋さんの紹介はわたしがすることにした。


「彼女は同じ職場の大橋ゆいちゃんです。にじゅう……ん? 今いくつだっけ?」

「二十四になりました」

「あ、心ちゃんより年下なんだ」

「心先輩にはいつもお世話になってます」

「心先輩って……そんな風に呼んだことないじゃん!」


 すると早瀬さんが大橋さんに「心ちゃんっていつもどんな先輩してんの?」といった質問をするから「やめてくださいよ」と言って止める。

 早瀬さんが隣の鈴村さんに「聞きたいよな?」と同意を求めると彼は「うん、聞きたい」と言って頷いた。

 や、やばい……。

 まだお酒なんて一口しか飲んでいないのに顔が……赤面してきた。


「わたし、秋元さんのこと大好きなんです」

「……えっ?」

「ぼんやり型で自分とはタイプも違うし、ちょっと天然で会話が噛みあわないこともよくあるけど……好きです」

「ちょっと待って! どういうこと?」


 好きだとか言いながらいいとこが一つもない、と思って大橋さんに食いつくと「最後まで聞いてくださいよ」と言ってわたしをなだめた。


「でも誰よりも優しいです。仕事でわからなかったり困ったり失敗しても秋元さんだけは絶対に最後までわたしたち後輩をかばってくれました」

「……そ、そうだっけ?」

「はい。それで自分が怒られることになっても何も嫌な顔一つしないし」

「そうだった……かな」

「あと秋元さん自身もよく失敗するんだけど、絶対にごまかしたり強がったりしなくてわたしたちの前でも「失敗しちゃった~」って正直に項垂れてる様子を見ると歳が離れてても親近感が沸きました」

「それはなんか……情けないよね?」

「わたしはでもそんな秋元さんが好きですよっ」


 目を見て間近で「好きです」と何回も告げられたら……照れるじゃん。

 案の定早瀬さんが「心ちゃんが照れてるー」と言ってからかってくる。

 でも彼女のために何も出来ていないと思っていた自分を、こんな風に彼女が思ってくれているということを知ったらすごく嬉しかった。


「いや、でも俺もね、心ちゃんは良い子だなって思ってたよ、なぁ、鈴村?」

「……え? あぁ、うん、そうだね」

「ていうか、鈴村と心ちゃんどういう知り合いなの? 知り合いなんだよな?」


 わたしたちの視線が一気に鈴村さんに集中した。

 なんて答えるのだろう。

 もし自分に質問が来ていたらきっとどう答えたらいいのか分からない。


「どういうって。そうだな……。俺が、駅前で彼女が一人でいるのを見かけて声をかけて」

「は? なにそれ、もしかしておまえナンパしたとか!?」

「な、ナンパって。あ、でもそうなっちゃうのか」

「マジかよ! 意外過ぎる……あっ。でもだから心ちゃんはさっきあんなに気まずそうだったんだ!?」


 早瀬さんと大橋さんが驚いて大笑いするのはわかるけど……鈴村さんまで一緒になって笑っている。

 い、いいのかな。

 本当のこと、言わなくて……。

 一人真顔で鈴村さんを見つめると口角を少し上げるようにしてほほ笑むと小さく頷いた。

 この人は口角を上げて笑う顔が、男性にこんなこと言うの失礼かもしれないけどとても可愛らしく見える。

 わたしも昔雑誌のモデルに憧れて口角をきゅっと上げた笑い方を練習したことがあったけど、顔全体が悪いのか……唇の形がどうもイマイチでうまくいかなかった。


 心臓がどきどきと音をたてて高鳴るからそれを落ち着けるようにゆっくりと息を吸い込んだ。


「よし、じゃあ今日はリベンジだ! 頑張れ!」


 早瀬さんが自分のグラスを鈴村さんのグラスに音を立てるようにして当てると「うん……」となんだか気まずそうな返事をした。

 やっぱり、本当のことを言った方がいいのではないかと思ったけれど、そんな間もなく話題はすぐにわたしたちの話から変わっていった。


 本当のことを話したら、色々突っ込まれちゃうかな……。

 土曜日会うことも、……そもそも会いたいですって誘ったのも自分だし。

 そう思うと鈴村さんのおかげで助かった気もする。


 もしかして気を遣ってくれたとか?

 さすがにそれは都合の良すぎる解釈かな。


 

 再び会えると思っていた日より、数日だけその日は早まった。

 わたしが持つ鈴村さんの少なすぎた情報も、意外な一面もこの日たくさん知ることになる。

 それでもまだ足りないって、こんなにも他人のこと知りたいって思ったのはじめてだった。



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