第14話 初主催
次の日早速大橋さんに早瀬さんとのことを伝えると予想通り大喜びしてくれた。
昼休みによく会議室で一緒に昼食を取るメンバーの総務部に所属する山岸さんは電話当番でいなかったけれど、大橋さんと今日はめずらしく三十代で結婚後も仕事を続けている先輩社員の姿もあった。
先輩は早々に食事を済ませるとヘッドフォンを耳にして机に伏して寝てしまったけれど。
だからいつもより声のトーンは低めにして大橋さんと日にちや時間についての打ち合わせをした。
「なんかね、出来れば水曜日がいいんだって」
「どうしてですか?」
「水曜日はノー残業日で早く帰れるからって」
「水曜日は特に予定ないのでOKです!」
「でも明日になっちゃうけど……大丈夫?来週にする?」
「明日で大丈夫です」
日にちもすぐに決まったし、時間もいつもだいたい定時で帰ることができるわたしたちは相手の都合に合わせることにした。
結局お店選択については早瀬さんにお世話になることに。
「次は心ちゃんお願いね」と言われてしまったけれど。
わたしももっと外に出て色々なこと勉強しなくちゃな、って今更ながらそう思った。
「じゃあ、急だけど明日でってメールしておくね」
「わたしはよかったけど相手の方は良かったんです?」
「彼は大丈夫みたいだけど、お連れの人はどうだろうね? 見つかるかな? 最悪三人とかありえるかもだけど、いい?」
「別にわたしは大丈夫ですよ」
携帯を手に早瀬さんに送るメールを作ろうとすると大橋さんから早瀬さんとの関係について聞かれた。
「そのメールの相手とはどういう関係なんですか? 出会いは?」
「あー、えっとね。知り合いの女の人の友達かな。この間たまたま二人が飲んでたところに誘われたの。それで知り合った」
「なるほど。どんな人なんですか?」
「すごく話しやすくていい人だよ? 楽しい感じの人かなぁ」
「へぇ~いいですね! 楽しめそうですね」
大橋さんは早瀬さんがどんな人なのかが気になるようだった。当たり前だよね。
ふと初めて会った日に早瀬さんからもらった名刺があることを思い出した。
酔った加奈さんに「名刺交換しなよ」と言われてお互いに「名刺交換!?」って疑問に思いながらも早瀬さんは名刺をくれた。
ただ内勤のわたしは残念ながら名刺なんてものは所持しておらず、交換はできなかった。
大橋さんに早瀬さんの名刺を手渡すと「えっ!!」と大声を上げたから、自分の唇に人差し指をあてて「静かに」と注意をした。
寝ている人がいるんだから。
「どうしたの?」
「大手じゃないですか!」
「うん、なんか社名は聞いたことはある感じはした」
「テンション低っ! 普通上がりますよ?」
「そ、そうかな……」
「まぁ……たしかに電子機器の部品とかシステム開発がメインのメーカーだからあまり一般には馴染みはないですけど」
大橋さんは「わたしここの採用試験受けたんですけど初っ端のエントリーシートで散りました」と悲しそうだ。
わたしは最初から大手の会社に就職しようなんて思わなかったからどんな会社かもよく知らなかった。
「しかも所属が開発部ってなってる……たぶんそれなりにいい大学の理系学部、しかも院卒じゃないと入れないと思います」
「く、詳しいね……」
「任せてください」
胸を張る大橋さんを見てただ苦笑いをするしかなかった。
パワフルな彼女を見て自分が彼女くらいの歳の時のことを考えてみたけれど……わたしはたぶん、今とまったく変わっていない。
ううん。もう、歳とか関係ない。
気持ちの問題だ。
わたしももっと色々なことに目を向けて興味を持って少しずつ変わって行けたらなって思う。
この日の夜、早瀬さんから「明日俺一人になっちゃうかもしんないけどいい?」とのメールが来て「いいですよ」と返事をした。
やっぱり、急過ぎてすぐには連れてくる人が見つからなかったみたいだ。
週に一度の定時に帰れる日だからみんな予定を入れてしまうのだろうか。
ううん、わたしみたいにいつでも暇です、って言っている人間が特殊なのかな……。
クローゼットを開けて明日着て行く服を夜のうちに選んでおこうと思った。
開けると一番に目に入るのは、一着だけ隅に寄せておいた紺色のチェックの柄が入ったワンピースだった。
これは……土曜日に着て行こうと思って。
ワンピースと言っても傘を返すだけだからシンプルなデザインなものだ。
ちょっと地味かな、とも思ったけど年相応って言葉もあるし自分にはこういう落ち着いた色の洋服が似合うかなって思う。
「おっと、いかんいかん」
まずは明日だ。
明日もわたしにとってははじめての経験だ。
自分が知り合った人と会うその場に、会社の後輩を連れて行くんだ。
なんだか、二人で会う時より緊張してきたかもしれない。
翌日の朝、大橋さんが今日は長く感じそうだと言った会社での一日も定時で無事終わった。
待ち合わせはの場所は早瀬さんに指定されたお店の近くの駅だった。
わたしたちの会社からは最寄りの地下鉄の駅から二つの駅を乗り継いだところだった。
「なんか緊張してきた」という大橋さんをよそに、わたしは直前になると不思議と緊張はしなくなっていた。
ただ、一度しか会ったことのない早瀬さんの顔が分かるかどうかが不安だった。
一番印象的だったのは、明るくて笑う時に目をぎゅっと瞑って表情を崩して笑う姿かな。
笑いながら歩いているなんてことは……ないよね。
でもそんな心配はいらなかったとすぐに分かった。
地下鉄を降りて改札をくぐるとすぐに早瀬さんを発見した。
同じ電車に乗っていたみたい。
声をかけようと歩み寄ると気配を感じて振り向いた彼がわたしに気がついた。
一人だと思っていた早瀬さんの背後に一人男性がいるように見えた。
「あっ!心ちゃん!! 髪が短くなってる…」
「あはは、切っちゃいました」
「実はさ、今日になって一人暇な奴見つけてさ。連れてきた」
「あ、そうなんですか」
早瀬さんは「さすがに俺一人じゃ緊張しちゃうし」と言って笑っている。
早瀬さんの背後で背を向けていた男性がゆっくりとこちらに振り返った。
「……心ちゃん? どうしたの?」
早瀬さんの背後から現れた人物を目の前にして、息が止まってしまった。