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光 -ひかり-  作者: 美波
第三章 なみだ
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第12話 恋心

 あの日はわたしの大好きな青くて明るい快晴の空だった。

 秋ももう終わると言うのに、昼間の陽の光の下はポカポカとしてとても暖かくて気持ちが良かった。


 それなのに、わたしの胸は溢れだしそうな想いで胸がいっぱいに詰まって苦しかった。

 息が苦しくてどうしたらいいのかわからなくて、とにかく俯いたら泣いてしまいそうだった。


 空を見上げた。

 昔から涙が出そうになった時は空を見上げた。


 でも明るい太陽の光が眩しくて、細めた瞳の淵からこぼれ落ちる雫を抑えられなかった。




【 光-ひかり- 第三章 なみだ 】




 あの公園で再会したあの日、彼のことで知ることができたことと言えば。

 みずほちゃんっていう姪っ子がいるってことと、彼の名字が鈴村すずむらってことだけだった。

 思い切った行動に出た後、何もしゃべれなくなった私に彼が「僕は鈴村といいます」と名乗ったんだ。

 だからわたしも「秋元です」って、ううん、実際には「あっ、ああ、あき、秋元です」だったかな……。


 「土日休みですか?来週はお休みですか」という彼の問いかけに「予定ないです。暇です」と返答をした。

 すると彼が場所や時間を提案してくれて、わたしはただ彼の言葉に「わかりました」と頷いて簡単に再会の日は決まった。

 でも今度は偶然でも奇跡でもなくて、きちんと約束をして。


 自分の部屋のクローゼットを開けてみた。

 服だけは、選べるほどにたくさん持っていた。

 毎月もらうお給料の使い道が他にあまりないから……。

 ただ寒色系の同系色ばかりで、デザインもシンプルで似たものが多かった。


 鏡に映る自分を見てみた。

 肩につかない位置で切りそろえてもらった髪は、美容院に行った日はちゃんと内巻になっていたのに次の日にはフェイスラインの部分が見事に外側にハネていた。

 片側だけではなくて、ついには両側とも。


 自分が全体的に、総合的に見てイマイチなのは十分に分かっていた。

 今までは鏡を見るたびにため息しか出なかった。


 でも、今の鏡の中のわたしは頬が赤くなって顔色がとてもいい。

 唇の血色も良くて顔全体が明るく見える。

 鏡の中の自分と目を合わせたら、自然と控えめでも頬が緩んだ。


 ただもう一度会えることが嬉しかった。

 ただそれだけのことがわたしに小さな変化を生んだ。


 心の中に小さな明かりが灯ったようだった。

 小さくても放つ輝きは力強くて、発する熱はとてもあたたかい。

 この気持ちが何なのか、本当は分かっていたけどまだもう少しだけ知らないフリをしていたい。

 想いが叶う喜びを知らないわたしは悲しい現実しか知らなかったから。


 だからもう少しだけ、あったかくてくすぐったいこの気持にただ浮かれていたい。

 そう思ってたんだけどな。



 約束の日は次の休日の土曜日だった。

 早くその日になって欲しいような、しばらくはまだこの何とも言えない緊張感を味わっていたいような複雑な気分だ。

 でも憂鬱でしかなかった月曜日の朝の出勤が久々に良い気分で迎えられた。

 会社のロッカーに着いて扉を開くと、定員は五名が限界の狭いロッカーは満員だったために扉を一旦閉めた。

 しばらく外で待つと二人が出て、遅れてもう一人出てきた。

 再びロッカーの扉を開けて中に入ると今ちょうど着替えが終わったであろう山岸さんと、着替えている途中の大橋さんが同期同士で楽しそうにおしゃべりをしていた。

 「おはよう」と声をかけると二人の挨拶が返ってきた。


「何話してたの? 楽しい話? わたしも混ぜてよ!」

「それがそうでもないんですよぉ?」


 大橋さんが山岸さんの顔を伺うように覗きこむと山岸さんは「何!?」と少しだけ慌てた様子だった。


「山岸さん来月はせっかくの彼と過ごすはじめてのクリスマスなのに、彼、仕事が忙しくて会えないそうですよ?」


 わたしが「それは仕方がないよね……」と言うと大橋さんは「仕方がないで済まさないでください」と声を上げ、山岸さんは「あはは」と控えめに笑った。

 何か、おかしなこと言ったかなわたし……。


「だってぇ、少しの時間くらい取ってくれてもいいじゃないですか。クリスマスは一日だけだし!」

「イブもあるから二日あるよ?」

「そういう問題じゃないです……!」


 わたしと大橋さんの会話に割って入るようにして山岸さんが「わたしは別にいいんです」と言った。


「あ……、二日とも会えないの?」

「……みたいです」

「そっか、忙しいんだね彼」

「あの、でもプレゼントだけでも渡そうと思って。彼も用意してくれるって」

「そっか、そうなんだぁ!よかったね! ……で、プレゼントは何にするか決めたの?」


 山岸さんは「それが何をあげたらいいのかわからなくて……」と言って少し俯いた。

 大橋さんが「そんなの何が欲しいか本人に聞くのが一番だよ」と言うのに対して「なるほど」と思った。

 でもこんな風にして悩めるのもきっと今だけだし、わたしは無責任だったかもしれないけど「もうちょっとだけ考えてみたら?」と言ってみた。


「じゃあ秋元さんだったら何をあげるんですか?」

「えっわたし!?」


 なぜか大橋さんからの質問にしばらく腕を組んで天井を仰いで考えてみた。

 しばらくして出た結論は……


「彼は仕事が忙しいみたいだから……栄養ドリンク箱買いとか!」


 大橋さんの「ドン引きです」の言葉で一瞬にして却下された。

 ……疲れた身体を癒す入浴剤にしとけばよかったかな。そっちだったかな。


「秋元さんの言う通りもうちょっとだけ、自分で考えてみます。頑張ります」

「なんかごめんね……言うだけで力になれなくて」


 山岸さんは「いいえ」と明るい笑顔を見せると「お先に失礼します」と言ってロッカーを出て行った。


「クリスマス、か……」


 思わず呟くようにして言葉を発した。

 まだ先だけどもうそんな時期か、と思って。

 それだけだった。


 自分には縁があるものだとは思えなかったから。


 でも彼へのプレゼントに悩む山岸さんを見てたら頑張って欲しいなって思った。

 ……ちょっとだけ羨ましくも思った。


 わたしも、彼女みたいに頑張れるかな。


 ──── 恋に。


 嫌だな、こんな時にあの人の顔が浮かんでしまった。


 やっぱりもう、この気持ちはごまかしようがない、知らないフリをするなんて無理みたい。

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