第1話 心
空を見上げた途端に降り出した雨がわたしの頬に落ちた。
分厚い雲に覆われた空から次第に増える雨の粒が、
自分に目がけて降ってくるようで堪らなくなって頭を下げて俯いた。
あの日は午後からは雨の予報だった。
すれ違う人々は手持ちの傘やバッグの中から折り畳の傘を取り出す。
街が一気に様々な模様と色の傘でカラフルになった。
わたしの瞳には、雨に濡れて次第に黒くなるアスファルトの色、一色だけだったけど。
【 光-ひかり- 第一章 雨空の出会い 】
「うわ、写メで見るより大きくなったねぇ」
休日を使って、車で一時間ほどかけて学生時代の友人の麻衣子の宅へ遊びに来ていた。
結婚して二年目の麻衣子は半年前に母親になり今ではすっかりお母さんの顔だ。
「あ。あんまり大きな声出したら起きちゃうかな?」
「大丈夫、大丈夫。一度寝たらなかなか起きないから」
初対面の赤ちゃんはわたしが麻衣子の家に着く頃にはちょうど眠っていて、
その可愛い顔を見ることは出来なかったけど、寝ている姿だけでも十分可愛くて癒される。
ベビーベッドの置かれたリビングで、
わたしが手土産にと持ってきたお菓子と麻衣子が用意してくれた紅茶をいただくことにした。
「久しぶりだよね?元気にしてた?あ、お祝い、ありがとね」
「うん。…結婚しちゃうと、なかなか会えないよね」
「わたしはいつ遊びに来てくれてもいいんだけど?」
「いやいや、やっぱ気遣っちゃうよ」
ティーカップを手に顔に近づけると、紅茶の葉のいい匂いが漂ってきた。
「心は、いい人見つかった?」
「もぉ~分かっててそういう意地悪な質問するんだ?」
「だって、わたしの結婚式に出席する予定って、あとアンタだけなんだけど?」
「ごめんねー行き遅れてて」
お互いにカップに口をつけて目を合わせると笑い合った。
「でもさ、まだ二十八歳だよ?みんな、結婚するの早いんだけど」
「わたしたち結構みんな早かったよね?平均二十五くらい?」
わたしたちと言うのは学生時代からずっと仲良くしていた友人たちで、
五人いたうち未だ未婚であるのはわたしただ一人になってしまった。
「まぁ、ボチボチ頑張るよ」
「好きな人は?」
「いないでーす」
「アテは?」
「ないでーす」
麻衣子は溜息を吐くと「そういえばさ」と言ってこれ以上盛り上がりようのない話の話題を変えた。
麻衣子の旦那さんがお仕事から帰ってくるまでの数時間、久々にお互いの近況を報告し合って、終始笑い合って楽しい時間を過ごした。
帰宅し家に着く頃、日はすっかり傾いて綺麗な夕焼け空が広がっていた。
道沿いにある家の車庫を出ると、空に映える赤色が眩しくて手を額にあてて影を作る。
すると一台の車が目の前を通り過ぎ、やがて停まった。
そのままバックをすると、隣の家の車庫に入庫した。
わたしは眩しい夕陽の光に目を細めながら、その様子をじっと見つめていた。
「心!今帰り?」
「うん!友達の家、遊びに行って来たんだ」
車庫を出てきた男性は3歳年上の隣に住む幼馴染だ。
目と鼻の先の距離から笑顔で手を降っている。
可笑しくて、笑っちゃった。
昔から「心」ってわたしを呼ぶ時はいつも優しい輝くような明るい笑顔でほほ笑んでくれた。
「修ちゃんは、結婚式の打ち合わせ?」
気がつけば、友人たちの間で独身はわたしただ一人になってしまった。
そりゃあ、友人の結婚式に出席した時は決まって一時的に必ず、結婚したくなる。
でもいつも通りの日常が戻ってくると一気にその気持ちも薄れて行く。
いつもそうだった。
さっき麻衣子に嘘吐いちゃった。
一回だけじゃない、何度も何度もついてきた嘘だった。
好きな人はいるの。
ずっと好きだった人がいるの。
今は、その人を諦めようと必死になっているところなの。
だから。
今のわたしは結婚なんておろか、恋愛すら出来ないんだ。