【超短編小説】落ち葉ひろひ
猫を飼いたいと思っていた。
どうせ先がない生活だが、少しでも先延ばしにしようと言う自助努力みたいなものだ。
いや、ひどい他力本願かも知れない。
おれには先の季節の着物を呉れる知り合いもいない。
通された病室は窓際と言うものの、窓の外に見える景色の半分は隣接する別棟の巨大な室外機で埋まっていた。
もう半分はすぐ近くに建つマンション群の廊下が見える。あまり良い景色とは言えないが、病室の窓から見える景色に対して開けたイメージを勝手に抱えたのはこちらだし、まさか病室を内見して決めたいと言う訳にもいかない。
おれは仕方なしに固いベッドに腰を下ろした。
四人部屋の病室は、その広さだけなら自分が暮らしている部屋と大差ないのかも知れない。
天井から下がっているカーテンがその部屋を小さく区切る。
手の届く範囲。それ以上は必要ない。
基本的には寝ているだけだ。
薄いカーテンの向こうにいるのはどんな人間か、挨拶くらいした方が良いのか。
入院での振る舞いはわからない。
外科病棟とは言え食事制限の有無も分からないから手土産を渡すのも気が引ける。
とにもかくにも病状から年齢も職業も不詳。ただ分かっているのは、体調が著しく良くない人間たちだと言う事だけだ。
棚に少ない荷物を押し込みベッドに横たわる。
糊の効いたシーツと固いベッドマット。
暑さと寒さのちょうど狭間にある不愉快な室温と湿度。
呻き声なのか咳払いなのか、商店街の壊れたくじ引きを回すような音が時おり聞こえた。
小さな病室が並んだ廊下にこぼれ出る音が響く。
鼻をかむ音。
点滴の電子制御。
それにスマートフォンが着信を知らせる振動の音。
おれはその音から意識を追いやる。
病院は良い。一日中寝間着でいても誰も何も言わない。
むしろ寝ていて欲しいくらいだろう。
病気の理由は大半がストレスだし、飯を食って寝てれば多少はマシになる。それが足りていないって話なんだろう。
それに二言三言の会話の為に、あそこが痛いここが痒いと多忙で不機嫌な看護師たちをナースコールを連打して呼びつけるカーテン越しの老人みたいにはなりたくない。
黙っていれば食事が運ばれてくるしテレビだってある。
セックスは無いが、先の無い人間たちにそんなものは必要ないと言う事だろう。
老人ホームにだってセックスはあるらしいけれど、それは冥土の土産ってやつだろう。
そうだ、おれたちは終っていく人間だ。
医師や看護師たちは続いて行く人間だ。そしておれたちを繋ぎとめる人間だ。
彼らは点滴チューブと針や糸でもって、おれたちを現世に縫い付ける。
縫われたおれたちは唸り声を上げたり寝転がったりしながら過ごす。
ベッドの上から目を開けて夢を見る。
すると影が勝手に廊下を歩き回る。
犬や猫になったりする。鳥や魚だってかまわない。
または医師の影を殺したり看護師の影を犯したりする。
とにかく暇なんだ。
猫を飼いたい。病院に猫はいないのだろうか。
窓の外に目をやる。
別棟の室外機。さらに向こうにはマンション。
そのちょうど真ん中に見える木の先端に揺れた木の葉はやはり縫い付けてある。
落ちる事は絶対にない。
だからおれたちは病室の窓からそんなものを見て感傷に浸る事もないし、マンションの廊下を歩く人影を見て生活を羨んだりする事もない。
おれたちは腕や腹に管を通されたままだし、看護師は相変わらず不機嫌そうに笑うばかりだ。
おれは病室から外にでて息を吸う。
冷たい空気が身体に満ちる。体が月の温度まで冷える。
黒い猫が歩いて行くのが見えた。
誰の猫だろうか。




