魔法少女のプロローグ
「君には世界を変える力がある・・・だから――――」
それは・・・突然の出来事だった。
目の前のその何かは私に対してその手を伸ばしてくる。
その手を取るように私は手を伸ばして―――
月明りが薄っすらと入ってくる薄暗い路地裏で、
男が一人、息も絶え絶えで何かから逃げているようだった。
「はぁ・・・はぁ・・・くっ、行き止まり・・・・・・」
運が悪いことに、目の前には行き止まりの壁が立ちふさがる。
振り返り、”彼女”が来ていないことを確認する。
「・・・・・・はぁ、はぁ・・・撒けたの、か?」
男は安堵する。
そして、絶え絶えな息を整えようとしたその時だった。
一瞬・・・何かが風を切るような音が聞こえてくる。
その音とほぼ同時に、
ボトっと何かが落ちる音がする。
「・・・・・・・は、え?」
それが何か・・・男はその落とした物へと視線を飛ばす。
そして・・・見た瞬間、そんな素っ頓狂な声が出る。
「あ・・・あ、あぁぁぁ、あぁぁぁ?」
気づいた時にはもう遅い。
・・・いやもう”彼女”に目をつけられてしまった時点で、
その”悪事”を働いてしまった時点でもう終わりだっただろう。
「片腕をもいだ程度であまり騒がないでほしいな」
目の前で自身の体の一部を抱えながら、
そいつは苦しんでいた。
「お前は何度もその罪を犯した、何度人を殺した?何度違法な薬物に手を染めた?覚えてないだろうな・・・どうせお前のようなごみは」
そんな私の言葉にそのゴミは聞いていない・・・というより聞こえていないみたいだった。
・・・それほどまでに片腕を切断されて苦しんでいるということか?
・・・・・・足りない、足りるはずなんてない。
なぜ?なぜこの程度の贖罪で苦しんでいるのだろうか。
「・・・・・・理解に苦しむな、お前たちのような悪人は・・・なぜお前たちはこの程度の贖罪でそんな苦しむ?まだ足りないだろう、まだもっと・・・単純な死では償えない・・・苦しんで、苦しんで、苦しんで・・・そして死ぬ、それが最大限の贖罪であり、償いだろう?」
こんな言葉、今のこの狂った世界に、人類に通じるなんて思ってはいない。
ただ・・・それでも、この世界に私は”正義”を突き付けるために”魔法少女”になったのだから。
だからこそ・・・私は目の前のゴミにその手を伸ばして――――。
―——すべての始まりはいつからだっただろうか。
物心がついた頃から、私、蓬月来夜はこの世界におかしさを覚えていた。
悪人は裁かれる。
・・・それは、とても素晴らしいことだ。
誰かを不幸にしたのなら、自分もその誰かのように・・・いや誰か以上に不幸にならないといけない。
そう思ってしまう。
ただ、その私の考えと世界の考えは違ったらしい。
悪人というのは裁判という場で裁かれる。
その場に立つ悪人には様々な罪を背負っている。
そしてその罪によって刑罰というのが重くなっていく。
・・・・・・実に、実に狂っている、そしておかしいと思ってしまう。
なぜ、ルールを背き人を不幸にした者、人を殺した者に、
数年、数十年だけ自由を縛る・・・ただそれだけで許されていいものなのだろうか。
不幸にした相手はこれからの人生を、自由を奪われたかもしれないというのに。
この世界の不条理に。
この世界のおかしさに。
私は・・・心の底から、世界に嫌悪感を覚えてしまっていたのだろう。
―——だからこそだろう。
私があの日、あの瞬間、彼の話に賛同したのは。
それは・・・いつも通りの日常を過ごしていた時だった。
不幸という本当に突然、訪れるものなのだと理解してしまう。
そんなことが、私の目の前で起こっていた。
「おい!さっさと金を詰めろ、トロトロしてたらこいつ殺すぞ?」
私が訪れたその銀行内で、
その悪事は目の前で行われていた。
悪人の手には拳銃が握られており、その拳銃は人質へと向けられていた。
私含め、この銀行に訪れた人たちは皆、銀行の隅のほうへと追いやられていた。
・・・何かできることはないのか?
そう思考を巡らせる。
が、何をしようとしても意味がないのだと、無意味なのだと答えが返ってくる。
悪人の人数は三人、一人目はお金の回収、ニ人目は人質を取り、三人目は私たちの監視をしていた。
私がどう動こうとも、悪人共は人質に危害を加えるのが先だろう、隅で固まる人々に危害を加えるのが先だろう。
いくら何でも・・・私は罪のない者を見捨てるほど卑劣なことはできはしない。
かといって、このまま目の前の悪事を見逃すというのだろうか?
そんなことを考えていたその時だった。
「うわぁぁぁぁ!」
それは・・・本当に突然すぎる出来事だった。
いきなり・・・近くで私たちと同じく、縮こまっていた中の男が発狂したのと同時、凶器を持った悪人へと突っ込んでいく。
恐怖で気が狂ったのだろうか。
それとも・・・最後の抵抗とでも言えるのだろうか。
だが、そんな最後の抵抗など無意味に等しく――――。
ドンっ、と何かが発射された音とともに、その男は力なく倒れて・・・
「ちっ、鬱陶しいんだよ、おとなしくしておけ、この雑魚が」
一瞬、目の前の出来事に頭が真っ白になった。
が、悪人の発したその言葉を聞いて、我に返る。
周辺の人たちも同じだったのだろうか。
辺りからは悲鳴が上がる。
それはそうだ。
だって・・・抵抗むなしく散った倒れた男からはとめどなく血が流れていたのだから。
大量の血を見て・・・半狂乱状態と言われる状態なのだろう。
静かだったその銀行が一瞬にして騒がしくなってしまう。
「あーあ、うるせぇな・・・もういいか、どうせ人質なんて一人だけで十分なんだ・・・残りは殺してしまうか」
そんなことを言いながら、その悪人は少しずつ近づいてくる。
そして・・・その悪人は私の目の前で立ち止まる。
「まずは・・・お前からだ」
そう言い、私めがけてその凶器が振り上げられる。
・・・・・・あぁ、なんて残酷なんだろうか。
なんて、狂っているのだろうか。
目の前で血まみれで倒れた男は、ただ人を助けようとした。
良いことをしようとした、その結果死んでしまった。
そして目の前で悪事を行っている奴らはまだ今もなおピンピンしている。
このままいけば、お金を回収して、そして逃げることができるだろう。
それからの人生、この悪人共は自由なのだろうな。
・・・・・・気持ち悪い、許せない、許せるわけがない。
「・・・お前たち、ここで全員、罪を償え・・・償うために・・・死ね」
それは、心の底から出た言葉だった。
それは、ずっと心の中に秘めていた自分自身の言葉だった。
その言葉をこぼした瞬間。
この世界がまるで変わったように感じた。
「ふふ、やっとその気持ちを口にしたね・・・おめでとう、君にはこの世界を変える資格を得た」
目の前に現れたそのモヤのかかった・・・何とも表現することができない”何か”はそんなことを口にする。
先ほどまで、私めがけてその凶器を振るっていた男・・・どころか周囲の音すらも完全に止まってしまっているようだった。
訳が分からなかった。
だけど・・・なぜだろうか。
明らかにおかしすぎる現象、現実とはかけ離れた現象。
だというのにも関わらず、私の心はいたって冷静でいた。
まるで、この現象を当たり前と感じてしまっている。
「・・・すまないが、時間がないからね・・・少々、君の頭の中をいじらせてもらったよ・・・それで?どうする、君には力を得る権利がある・・・僕の手を取れば・・・君は変われる、変えられるんだ・・・魔法少女としてね」
突然すぎることで頭が追いつかない。
が、内容が気持ち悪いほどに頭の中に入り、そして理解できてしまう。
「私・・・が、変えられる?この世界を?」
「そうさ、君がおかしく感じるこの世界を、気持ち悪いと感じる悪人共を、すべて・・・君が思うがままにね」
あぁ・・・変われる、変わることができる。
こんな狂った世界を、
こんなおかしくなった世界を、
私自身の手で、変えることができる・・・・・・
目の前の”何か”のことなんて信用はできない。
だが・・・私は気が付いたら、私は手を伸ばして――――。
―——それからのことはあまり覚えてはいない。
ただ私の思うがままに、
ただ私の理想を叶えるために、
その力を使った。
それが・・・私という魔法少女の始まりだった。
これが・・・私という魔法少女が世界を変えるきっかけだった。
―——すべての始まりの歯車が回りだした瞬間であり、
そしてそれと同時に、私という歯車の終わりが回り始めた瞬間なのだった―――――。




