THE FIVE HEROES
――シュッ、シュッ。
シンの視界に映ったのは、ただ一人。
イズキ・ミキオハラ。
その動きは速すぎて、もはや“人”の形ではなかった。
銀灰色の影が残像を引き裂くように走り、彼女の手に握られた湾曲の短刀は、内部から光を宿したように淡く輝き始めていた。
「……そんな、短刀が光るなんて……。
それに、あんな速度……ありえないだろ……」
シンは思わず息を呑んだ。
今まで持っていた“戦い”の常識が、目の前で完全に書き換えられていく。
その時、
「分かったでしょう、シン。この領域は普通ではありません」
御者台から、レイナ女王の澄んだ声が届いた。
「今のハーフインプは、せいぜいEランクの魔族。
……それでも、あの通りです。この辺りは魔族だらけですよ」
――ドォンッ!!
ハーフインプの体が爆ぜ、黒い煙と濁った魔力が辺りに散った。
砕けた地面はさらに抉れ、まるで巨大な槌で叩き潰されたかのようだった。
「うわっ……! い、イズキは……無事なのか?」
思わずシンは周囲を見回した。
あれほどの爆発を至近で受けたはずの少女を心配せずにはいられない。
――シュッ。
再び風を切る音。気づけばイズキは、もうシンのすぐ横に立っていた。
一切こちらを見ることもなく、静かに言う。
「心配してくれてありがとう。……ですが、まずは自分の身を守りなさい」
その声は澄んでいて、しかし温度がなかった。
戦闘から一瞬で、礼儀正しい従者の顔へ戻る。
イズキは女王の馬車の前で深く頭を下げた。
「陛下……大変申し訳ございません。道を破壊してしまいました」
その表情には焦りも恐怖もない。ただ職務の報告だけを淡々と。
「……あんなに無表情で、人を殺せるのか……?」
シンの背中に、冷たいものがひやりと走った。
「アオイ。こちらへ」
イズキが少し声を張ると、
二台目の馬車の扉がギィ……と開き、一人の少女が降りてきた。
小柄で、怯えたような目。
――魔法英雄、アオイ。
「は、はいっ……い、イズキさん……何か、お手伝い……?」
「アオイ、いつも言っているでしょう。私は“さん”付け不要です。
……破壊した道を再構築して。スリムホルドへ向かうために」
「は、はいっ! ごめんなさい、イズキ……!」
アオイは慌てて地面に膝をつくと、女王へ向き直り――
「ひっ……! け、陛下、す、すみませんでしたっ! 無礼を働きました!」
「よい。毎度謝らなくて構いませんよ、子ども」
レイナ女王は優しく微笑んだ。
直後――
――キラ、キラ、キラ……
アオイの周囲に魔力光が舞い、破壊された石道が持ち上がっていく。
砕けた岩は元の位置へ吸い寄せられ、粉塵は固まり、一瞬で完璧な道に戻った。
「……すご……」
シンは思わず呟いた。
道の修復が終わると、女王の馬車は再び静かに進み始めた。
「あなたは私たちと一緒に乗るわ」
イズキは短くシンへ告げた。
シンは頷き、英雄たちが乗る二台目の馬車に足を踏み入れる――。




