空つぽの金庫
〈まひまひ死して波紋の消える八月か 涙次〉
今回は、谷澤景六とタイムボム荒磯の漫画、『着物の星』の粗筋、と云ふか出だしの部分のダイジェストからお送りしやう(前回參照)。
【ⅰ】
杏西幸利は、大學卒業後直ぐ、父親の経営するデパートの晴れ着レンタル部門を任された。放つて置けば、右から左へとカネの動く、「ボロい」商賣である。だが、或るパーティで知り合つた、假面の剣豪にして陶藝家・藤見愁庵は、賣つてこそ呉服の本道だと云ふ。しかも、普段着としての和服を、だ。客一人の一生涯に對し、春夏秋冬二着づゝでも賣れゝばいゝ。普段着る物と、着替へ。杏西それに影響を受ける。藤見は担ぎの呉服屋から、稽古着を買つたと云ふ。ちらと見たその担ぎの呉服屋は、父にそつくりだつた。父には一卵性双生児の弟がゐた、と云ふ。
杏西は幸利から友紀利に名を變へる。反物を買つたその人の人生が見えて來るやうな、そんな仕立てをしなさい。と云ふ藤見の弁は尤もだと思はれた。それ以降、針と糸との道を、杏西は歩み始める。こゝから父への叛目の、及び行商をしてゐる叔父への傾倒の日々が始まる。これは杏西の遅れて來た叛抗期に過ぎないのか...
【ⅱ】
地味な話だが、漫画としての面白さは充分盛り込んでゐる、と云ふ自負はあつた。實際、この漫画は後に日本マンガ大賞を受賞し、漫画原作ではあるものゝ、谷澤のマスターピースとなつた。その場に居合はせる事が出來て幸甚だつたと、タイムボム荒磯は云つたとか。
で、荒磯。前回、手癖の惡さはカンテラに祓つて貰つたものゝ、【魔】としての「能力」、見た金庫のキイ№が分かつてしまふ、と云ふ能力には變はりがないと云ふ。それに目を着けたのが、怪盗もぐら國王、と云ふか、國王の相方、故買屋Xであつた。
【ⅲ】
何しろ、どんな金庫であつても、立ちどころにキイ№を云ひ当て、開けられない物はない、と云ふ荒磯である。これなら、それこそ「ボロい」儲けが、俺たちに齎されたやうなもの! 國王に、何でもいゝから金庫を盗んで來させれば、それなりの儲けが派生する、と云ふ譯だ。故買屋は、カンテラに會つて、荒磯の意思を訊いてみた。「そりやあんた、分け前次第に決まつてをらう」‐「あんたは別に構はない、と、カンテラさん?」‐「本人の自由意思だよ。たゞ、バレたら世間に顔向け出來なくなるのは、テオ(谷澤)だがな」
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〈八月の水母地獄となる海にウエットスーツ着てそろり出る 平手みき〉
【ⅳ】
その話を聞いた荒磯、カネは(【魔】としてゞはなく、人間として)人間界でやつて行く為には、幾らあつても多過ぎると云ふ事はない。テオに確認(テオ、バレたら一蓮托生だなあ、とぼやきつゝも)、OKの聲を聞き、國王一味に加はる事にした。
で、國王「これで仕事の面白みが半減したつて、故買屋、分かつてるのかなあ」と云ひつゝも、適当な小ガネ持ちの屋敷から、金庫を盗み出して來た。「えー、この金庫の№は...」‐「№は(ごくり)」固唾を呑む、故買屋と國王。「分かりません」‐ガクっ。「えー、そんなのナシだあ」‐「つうか、この金庫、空つぽだよ、ご兩名」‐「え!?」そんな事まで分かるのか...
【ⅴ】
中に何も入つてゐない金庫の№迄は、分からぬ、と云ふ。「テオちやん、惡いが仕事の際に、タイムボムくん借りて行つていゝかなあ?」‐「だうせ、* 枝垂くんゐなくなつて淋しいんでしよ、國王?」‐「う、うんまあその」‐國王の新・相棒は、タイムボム荒磯に決定。「まあお手柔らかに。漫画に差し障りのないスケジュールで」とは云ふものゝ、國王の云ふ「浪漫」の世界は、荒磯をも魅了してしまつた。「さて、だうなる事やら!」谷澤のマスターピース、面目丸潰れつて事だけは避けてね、タイムボムくん!!
* 前シリーズ第195話參照。
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〈名の由來くらげきくらげ似し食感 涙次〉
ではでは。また。




