第7話 「試錬」
「おっ、帰ってきた」
「ぜえー...ぜえー...」
少しずつ、階段を上る阿修羅の顔が見えてきた。
その顔は虚ろになってしまっている。
「よくぞ帰ってきた」
「ま、逃げなかったことだけは評価しといてやるわよ」
リンは阿修羅の勝ってきた食料をどこかへ保管しに行った。
「さてと...そろそろ夕飯にするかのう」
「おっ!!待ってましたあ!!」
「僕もお腹が空いてきたころです!」
阿修羅は安堵した。
今日はもうあの道を渡らなくて良さそうだと思ったからだ。
その後、一つの大きな台にたくさんの食材が並べられている部屋に皆で集まった。
「よし、皆集まったな。それでは、今日も食を楽しめることに感謝することにしよう」
皆、食材に向けて感謝の礼をした。
そして...
「うむ、それでは皆の者、自由に食べてよいぞ」
「よおおっしいいい!!」
阿修羅は食材に箸を伸ばす。
...が、
「!?」
次の瞬間、阿修羅が取ろうとしていた食材をダイが横取りした。
呆気にとられた阿修羅は永越の顔を覗き込む。
すると...
「『自由に』食べてよいぞ」
と、ニヤつきながら繰り返した。
このとき、阿修羅は気づいた。
食事も修行中なのだ、と。
阿修羅が顔を上げると、3人の弟子たちが既に食材の争奪戦を始めていた。
阿修羅もそれに参戦する。
3人が一つの食材を奪い合っているうちに、阿修羅は別の食材をとろうとするが、
「そうはさせませんよ!」
「げっ!」
それをシュウが阻む。
初めは相互の箸の弾きあい、その数秒後、阿修羅が食材を真上に箸で弾き飛ばした。
阿修羅はジャンプし、それを取ろうとする。
しかし...
「やあっ!!」
「なっ!?」
シュウが箸を1本投げ、食材を貫くことで、阿修羅が箸で食材をとるのを阻止した。
そして...
「とうっ!」
とてつもない跳躍力でシュウはジャンプした。
「させるか!」
「!?」
それをダイが体当たりすることで阻止する。
シュウは、ダイの弾力のある巨体によって吹っ飛ばされてしまった。
その後、ダイはリンによって軽々と蹴っ飛ばされてしまった。
その結果、リンがその食材を箸でつかんだ。
と、そのときだった
「どりゃあああッ!!」
「なっ!?」
次の瞬間、阿修羅がロケットのような跳躍力でジャンプした。
阿修羅の瞳は、桜色になっている。
その勢いのまま、力づくでリンの食材を奪うと、それを口に運んだ。
「よっひゃあああ(よっしゃあああ)!!!」
永越は少しにやりとした。
...が、
ドゴッ!!!!
そんな音とともに、阿修羅の首から上は天井にはまってしまった。
ジャンプの勢いが強すぎたのだ。
「うむ。夕食も終わったことじゃ。今日は休みにしよう。よく眠ることは大事じゃぞ」
「「「「はいっ!!」」」」(約一名、天井から声が...)
その後、皆は寝床についた。
この日、結局、阿修羅は夕食において、食材を一つだけしか食べられなかった。
翌日、ついに本格的な修行が始まった。
「阿修羅よ、武人たるものに必要なもの...それは、『四徳』じゃ」
「四徳?」
「ここらは実践しながら教えるとするかの」
「...?」
「それでは、今日は町に下る」
「押忍!」
永越と阿修羅は“例の道”を渡って町に下った。
「阿修羅よ」
「ん?なんだ師匠?」
「もうあの道には慣れたかの?」
「......ぼちぼち、な」
「十分じゃ。それでは、町を回るとするかの」
「え、回るだけ?なんか用があって来てんじゃねえの?」
「もちろん用があってきている。修行という用があってな」
「修行...?この町で?」
「うむ」
阿修羅は怪訝そうな顔をしながら永越に追随する。
と、そのときだった。
ある貧しそうな少年がいかにも重そうな荷物を、足を震わせながら運んでいた。
阿修羅は歩き続ける。
「............」
「ソイヤッ!!」
「あいたッ!?」
突然、永越は阿修羅の頭を杖でたたいた。
「なっ......なにすんだよ!?」
「言ったじゃろう。これも修行の内じゃ。なぜあの苦しそうな子どもを素通りした?」
「え、だって俺には関係ねえし─」
「やっ!!」
「いて!!」
「四徳の一つ。それは『仁』じゃ。自他の隔てをおかず、一切のものに対し、思いやりの心をもつことじゃ。それでは、これから汝のすべきことは分かるな?」
「わーッ!!わーったよ!!」
そう、町に下ったのは『仁』を身に着ける修行のため。そして、その内容は、町を回り、困っている者たちを自らの利害を考えず、助けよというもの。
その後も阿修羅は周りを見渡し、困っている者たちを見つけると、片っ端から助けていった。
そして...
「うむ、それでは帰るとしようかの」
「押忍!」
すると...
「おっ、あそこで博打やってらあ」
「む?」
「よおし...一攫千金、狙うかあ...!」
「そりゃ!!」
「いて!?」
「四徳の一つ。それは『義』じゃ。余計な私欲は捨てよ」
「うげえ...」
「これから毎日、この時間は町に下る。さてと、他の弟子たちの様子も見に行って、道場に帰るとするかの」
「押忍...。てか、あいつらもこの時間は町に下ってんのかよ」
「うむ。あやつらはほぼ四徳を習得済みと言っても良い状態じゃぞ」
「まじか...」
阿修羅は結局、博打に行かず、まっすぐに道場へ帰った。
道場にて...
「うむ、それでは、武術の稽古としようかの」
「よっし!!どりゃああああッ!!」
「フンッ!!」
「あだっ!?」
永越は阿修羅の攻撃を軽々とかわすと、また杖で彼の頭をたたいた。
「四徳の一つ。それは『礼』じゃ。稽古の前は必ず挨拶をせねばならん。互いに尊重しあう意思を表明するためにもな」
「なるほど...」
「それでは」
2人はお互い正面から見合い、手のひらと拳を合わせ、一礼した。
それから、本格的に武術の稽古が始まったのだった。
「うむ。稽古はここまでじゃ。やはり汝には才がある。初めこそ単純な攻撃ばかりであったが、受け流しなどの技巧をこらしたものもできるようになっておる。一つ教えればここまで応用できるのは立派な才じゃ」
「......もう終わりなのか?」
「む?」
「まだ時間はあるだろ?」
「いや、これから別にやることがある」
「?」
「それは、学問じゃ」
「えっ...」
『子、曰く............』
このような漢文の羅列に襲われ、阿修羅は溶けそうになっていた。
「うげえ...。こんなの本当に必要かよぉ」
「四徳の一つ。それは『智』じゃ。武人たるもの、学もなければならん。儂のもとで修業をするにおいて大切なのは、文武両道を貫くこと、まごころを持つこと、そして適度な休息をとることじゃ」
「仁義礼智...だから『四』徳なのか」
「うむ。その通りじゃ。よくぞ気づいたの。その洞察力、大切にせよ」
「押忍!」
それからというもの、阿修羅は町での心の稽古や武術の稽古、学問、食事という名の実技、満足な睡眠という変わらぬルーティンの日常を送った。
初めこそは全く歯が立たなかったが、数か月間の修行を経て、阿修羅は永越相手にある程度善戦できるまでに至った。
その頃には、町でも人気者になっていた。
そして、その後は、他の弟子たちとともに修行に励むようになり、彼らと切磋琢磨することで、阿修羅はさらにメキメキと成長していった。
2年後...
「まさかアタシの背を抜かすなんてねえ」
「おう!全くだぜ!!しかも、筋肉も結構ついたんじゃねえか!?」
「僕はさらに突き放された気がするなあ」
「あはは...」
阿修羅は2年間の修行を経て、3人に負けないほどの肉体を手に入れた。もちろん、実力面でも3人と肩を並べるほどになっていた。
「阿修羅よ。汝、今年でいくつになった?」
「15だ」
「15、か。ならば、まだまだ伸びしろは有り余っているということじゃな」
「おうよ!!」
「それでは弟子たちよ。今日も今日とて、修行とするかの」
「「「「押忍!!」」」」
そのときだった。
「む...!?」
「「「「......!!」」」」
5人は、何者かの気配を感じ取った。今までにない、底知れぬ邪悪を感じる。
この道場に出入りする者は5人しかいない。
「一体何者だ...?」
「......“ヤツ”じゃ」
「“ヤツ”?」
『もしかすると“ヤツ”を超えられるやもしれぬ...』
阿修羅は永越と初めて会った時に聞いた言葉を思い出した。
『彼』は、あの長い階段を何の苦労もなさそうに歩いて登ってきた。
「!!」
「来た...!」
『彼』の姿があらわになる。その姿は、4人の弟子と同じ道着を身に着けている。
しかし、その全身は『負の気』で満ち溢れていた。
『彼』は、永越の顔を見ると、ニヤついて、こう言った。
「よう、久しぶりだな...............『師匠』」