第4話 「斜陽」
まず攻撃にでたのは、ゲオルギオスのほうだった。
ゲオルギオスは、自身の盾で身を守りながらレ二に突撃し、工房の外へ追いやった。
と、そのとき、建物の影から2人ほどの者が現れ、工房の中へと入っていった。
「貴様!仲間を引き連れていたのか!」
「そうだ。俺一人で来たと思っていたのなら、とんだ勘違いだな!」
2人のレ二の仲間が工房へ入ると、そこには武装した2人の屈強な『兵士』がいた。
「さあ...覚悟してもらうぞ!将軍!ご命令を!!」
「よし、俺の言う通りに動け。奴らを一網打尽にするぞ!」
アテネ市内を跳躍しながら、ゲオルギオスとレ二は槍を交える。
「さすがはアシュラだな。重い装備をもってしてもその跳躍力...驚嘆に値する!それでこそ我が好敵手にふさわしい!」
レ二はそう言うと、不敵な笑みを漏らしながら、目にも留まらぬ速さで槍を突いてきた。
ゲオルギオスは盾で防御したが、その猛攻に耐え切れず、一瞬体勢が崩れてしまった。
「やあっ!!」
「うぐっ...!」
その一瞬の隙を逃さなかったレ二は、ゲオルギオスに突きをお見舞いした。
何とか急所は免れたが、ゲオルギオスは肩に突きを喰らってしまった。
その直後、ゲオルギオスは、その後再び来るであろうレニの猛攻から一旦逃れるため、レ二を蹴っ飛ばした。
レ二は何度か地に身体をたたきつけられながら、廃屋に突撃した。
廃屋は崩壊し、ガレキとなってレ二に襲い掛かった。
「ッ......!」
さっきレ二に刺されたきずが痛む。
ゲオルギオスは、衣服の一部をちぎり、肩の止血をした。
数秒後、ガレキが吹き飛んだ。
レ二は前を見据える。が、ゲオルギオスはそこにはいない。
と、そのとき、
「!!ッ!?」
背後からゲオルギオスが奇襲を仕掛けた。
レ二は反応が遅れ、完全な回避に失敗した。
何とか内臓からずらすことには成功したが、レ二の腹部にはゲオルギオスの槍が刺さり、その刃からはレ二の血が滴っていた。
「往生際が悪いぞ...!レ二...!」
「まだ...まだだッ!!まだ終わっていない!!」
次の瞬間、レ二から漆黒のオーラが顕現し始めた。
「.......これは...!まさか、お前が...!?」
「...ゲオルギオス。俺はただの人間ではない。俺は...貴様を倒すべく、この世に生まれ落ちた存在だ!!」
「『使命』を果たすときが、こんな形で来るとはな...」
そう、レ二の正体...それは『邪神』。そして、ゲオルギオスはアシュラ一族の中でも『邪神』を討つ使命を賜り、この世に生を受けた、『神に選ばれし者』。
ここに、『因縁』による出会いが果たされた。
『運命』は、彼らを引き合わせることを初めから決めていたのだ。
「...そうか、お前が邪神なら話は早い。使命のもと、俺はお前を討つ!!」
「来い!!貴様の首とともに、ペルシアに栄光をもたらす!!」
ゲオルギオスから桜色のオーラが噴き出した。
『トランス』だ。
瞳の色も桜色に変化している。
「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」」
お互い、生涯において一度もないほどの一撃をその槍に込めた。
結果は、すぐにやってきた。
「「!!」」
両者の槍は、その力に堪え切れず、刃は粉砕し、棒も折れてしまった。
両者は槍の行方など目にもくれず、レ二は蹴りを繰り出し、ゲオルギオスはそれを盾で防いだ。
盾は、レ二の蹴りによって粉砕された。
不敵な笑みを浮かべたレ二だったが、その直後、盾の破片の数々の中からゲオルギオスの拳が飛び出し、レ二の顔面にそのまま拳がめりこんだ。
「ッ!!」
一瞬よろけたレ二だったが、すぐに体勢を立て直すと、助走をつけて殴りかかってきたゲオルギオスを見据え、次の一撃の準備を整えた。
次の攻撃は、レ二の顔面にはゲオルギオスの拳、ゲオルギオスの顔面にはレ二のかかとがめり込んだ。
その後、両者ともに吹っ飛ばさ、地面に転がった。
闇夜の中、静寂が彼らを包む。そこにあるのは2人の吐息だけ。
数秒後、2人は起き上がる。
ゲオルギオスは悠々と立っている。一方、レ二はこれまで蓄積されてきたダメージでふらついた。
「この力をもってしても、貴様には勝てんのか...」
「諦めろ。お前の負けだ。それに...戦争に負けたとはいえ、お前の国は今もなお在るではないか...。こんな戦い...何も生まんぞ」
「黙れ...!黙れ黙れ黙れッ!!貴様に何が分かる!!生まれたときから家族もおらず、強靭すぎるが故に人々からは疎まれた結果、俺に生きる意義を見出せるものは故郷ペルシアにしかなかった!!そんな我が故郷の誇りに泥を塗られたのだ...!それがどんなにつらいか...『勝者』の貴様には分かるまいッ!!俺は負けんぞ...!必ず貴様を倒し、アテネを...ギリシアをこの手で無に帰す!!」
レ二はそう言うと、漆黒のオーラをさらに噴き出させた。
そのオーラは何かを形成していく。
それは...
「ライオンか...なるほど」
ライオンは古代ペルシアの象徴となる動物の一つである。
「覚悟しろ...!ゲオルギオス!!」
「ッ...!!来いッ!!」
レ二はあたかも本物のライオンのように四足歩行で駆け抜け、ゲオルギオスに突撃した。
「グハッ!?」
ゲオルギオスは、その突撃で吹っ飛んだ。
直後、レ二はゲオルギオスの上に馬乗りになり、その『偽りの牙』でゲオルギオスに襲い掛かった。
ゲオルギオスは、蹴りや殴りで抵抗する。しかし、レ二はほんの少しの隙を狙い、ゲオルギオスの片腕にかみついた。
「グッ...!あああああああッ!!」
ゲオルギオスは激痛のあまり、情けない叫び声を絞り出した。
レ二の牙は、ゲオルギオスの片腕に突き刺さっている。そのままレ二はゲオルギオスの片腕を嚙みちぎらんと、身体を回転させるが、ゲオルギオスも同じ向きに身体を回転させることでそれを回避した。
さっきまでとは打って変わって、ゲオルギオスは防戦一方だ。
「お前の負けだ!!ゲオルギオス!!さあ、死に恐怖するがいい!!」
ゲオルギオスは、死を覚悟し、ついに負けを認めようとした。
が、
「!!」
そんな彼の心の中に、あるものが浮かび上がる。
「......」
戦場を共にした大切な仲間たち、自身を導き、気にかけてくれた将軍、自分の実力を認め、独立を許してくれた家族、いつも明るく話しかけてくれる街の人々...。
そう、ゲオルギオスとレ二には決定的な違いがあった。
護るべき者が、ゲオルギオスにはいる。レ二とは違い、自らの存在意義のためではなく、ただ純粋に護りたいと思える人々が、ゲオルギオスにはいる。
ならば、彼の答えはこうだ。
「...死ねない」
「......なに?」
「まだ...死ねないッ!!俺には...帰りを待ってくれている人たちがいるのだからッ!!!!」
「!?」
次の瞬間、ゲオルギオスから、トランスよりもはるかに激しい勢いで、桜色のオーラが噴き出した。
そして、ゲオルギオスは桜色の光に全身を覆われた。
『エクスタシス』
神に選ばれし者のみがたどり着ける境地だ。
「なんだ...?その姿は...」
レ二はその威圧感に戦慄した。
「レ二。悪く思うな。護るべき者たちのために...死ね」
直後、ゲオルギオスの姿は消えた。
「......俺は、敗れたのか」
「そうだ。お前は、負けたんだ」
ゲオルギオスが消えた直後、レ二は意識を失っていた。
それもそのはず、あの後、レ二はこれまでにないほどに重い猛攻をあの一瞬の間に受けたのだ。無理もない。
「.......いいさ。負けを認めよう。だが覚えておけ...。繁栄には終わりが必ず来る...。アテネは...もうじき衰退の一途をたどることになるぞ...俺たち...『敗者』の...怨念に...よって...な......」
「なんだと?」
「......」
息がない。レ二は息絶えたのだ。
2人を夜明けが照らす。
こうして2人だけの『戦争』は、終わりをつげた。
その後、ゲオルギオスは工房に帰還した。
戦友も将軍も無事だった。
それからというもの、ゲオルギオスは、アテネ市民の一人としてのいつもの日常へと戻っていくのだった。
カンッ!!カンッ!!という音が工房で鳴り響く。
そして、
「ふぅーっ...」
ゲオルギオスは額の汗をぬぐう。
ついに作品が完成したのだ。
満足げな笑みを浮かべながら、彼は改めて作品と向き合うのだった。
それからおよそ10年後、アテネがどのような道をたどることになるのかも知らずに。
そう、どんなに強い力を持っていたとしても、彼は『その時代の人間』に過ぎない。
その後のアテネの未来は、『我々』のみぞ、知るのだ。