この詩を神様に謳おうか
「秋、染みる、君が見る僕の目はどう映る?」
――この詩を神様に謳おうか。
秋も暮れ、ハロウィンなどという行事が日本でも行われるようになったのはいつ頃だろうか。僕は神様から何も才能を貰ってはいない。ただ得意なのは『詩』だった。
そのことで僕は時々いじめにあう。
「おい、渋木また詩を作ってんのか? 見せてみろよ」
「や、やめてよ……」
このクラス一の不良に詩のノートを取られて朗読された。
「なになに、馬鹿は悩む。悩み苦悩する。悩むがなにも答えが出ぬ。馬鹿なればと当然のこと。馬鹿は悟る、悟り笑うた。馬鹿は馬鹿にしかなれぬと」
「あっははは。だっせぇ! 自分のこと馬鹿だと思ってんの? まあ当然だよな勉強もできねーみたいだし、運動も苦手だしな」
教室中、笑い声が響きわる。みんなが敵だった。
先生が教室に入ってきて笑い声は静まった。
僕は心の中で詩を読んだ、
(‘天は人に二物を与えん’というが、馬鹿は一物も与えられなかった。それが馬鹿には辛いこと、なぜ自分には何も取り柄がないのか、馬鹿は天に向かって叫んだ。しかしなにも答えが返ってこない。自分はなぜ生まれてきたのか? いったい何のために生きているのか? わからないまま死んでいく。そう思うと馬鹿は心が苦しい。馬鹿は天に向かって叫んだ。「天よなぜ私に一物を与えてくれなかった?」しかし天はなにも答えてはくれないまま、ただ馬鹿を見下ろすだけだった)
痛々しい詩だ。また馬鹿にされていじめられる。僕はこの詩を心の中にそっとしまった。ボーと詩のことを考えていると先生が僕を名指しして、黒板に書かれた難しい数式を答えろと言ってきた。
「……。わかりません」
僕はそう答えるしかなかった。馬鹿だから。
「トイレ行っていいですか?」
「おいおい渋木、トイレは休み時間に行っておけよ」
「すみません……」
逃げるようにして教室から飛び出しトイレで涙を流した。そして強く、死にたいと願った。馬鹿な考えだった。馬鹿なる勇気が欲しかった――それは死ぬ勇気。
(勇気を出すのは良いものか? 馬鹿は考えた。たしかに良いことだ。今、自分は勇気が欲しい。だが恐怖のほうが勝る。どうしても勇気がだせない。馬鹿は心の中で葛藤する。ダメだ、どうしても恐怖が出てくる。恐怖が邪魔をして勇気が出ない。あと一歩踏み出す勇気なのに。なのにどうしてだろう? 恐怖で怖じ気づく。馬鹿は出さなくても良い勇気が欲しかった。それは死ぬ勇気、馬鹿なる勇気が欲しかった)
僕は鼻で笑たった。
「死ぬ勇気なんてないくせに……。こんなものまで持ってきて」
忍ばせていたカッターナイフをそっとポケットにしまった。そして教室に帰った。
「クソでもしてたのかよ?」
さっきの不良がまた笑ってきた。僕は黙って席に着いた。隣の席の女子がそっと紙を差し出してきた。「あんなの無視しときなよ。それとさっきの詩、良かったよ」
その子は僕と同じくおとなしい子で眼鏡をかけていていわゆる地味な子だったけど、学級委員を務めてる子だった。名前は、桂木結衣。僕も紙に、「ありがとう」と返事を返した。
放課後、教室でまたあの不良に詩のノートを取り上げられて朗読された。
「世界の頂点。僕はいずれ世界の頂点に立つ。その時、僕に逆らう者は皆、殺されても文句は言えない。そして今まで僕に迫害をしてきたものも同様だ」
僕はこの詩を読まれ心底恥ずかしかった。
「ぶほっ! だっせぇ! 中二病かよ?」
「返せよ!」
「は? たてつく気かよ?」
僕は必死にその不良の胸倉をつかんだ。そしてポケットにしまっていたカッターナイフの刃を向けた。
「僕は頂点に立つんだ。迫害するものは殺されても文句は言えない!」
「おいおい正気かよ?」
教室内は緊迫した様子だった。誰も止めるものはいなかった。
「誰か先生を呼んできて」
女子の一人がそう言ったとき僕は不良の頬を切っていた。
「痛ッ! やりやがって!」
カウンターのパンチを顔面に食らったあとボコボコに蹴飛ばされていた。数分が過ぎてようやく先生がやってきて不良を止めた。
「やめろ。殺す気か?」
「は? 俺が殺されそうだったつーの!」
不良は頬を抑えながら、机を蹴ると教室を出て行った。そのあと僕は先生にこっぴどく叱られた。
「いくら何でも武器は使っちゃいかんぞ?」
「……。はい」
職員室から出た僕を待ちかまえていたのは、桂木さんだった。
「大丈夫? 渋木くん」
心配そうな瞳で見てきた。
「これ、悪いと思ったけどちょっとだけ読ませてもらったわ。ごめんね」
「可笑しいいでしょ? 笑えばいいさ」
「ううん。素敵だと思うよ」
意外な言葉だった。僕の理解者が現れたと心躍らせた。
「でも、やっぱ凶器を使うなんてダメよ」
「……。そうだよね」
一瞬にして理解者を失った気分だった。ノートを桂木さんから返してもらって、一目散に校門へと向かった。そこでしつこい不良が待ち構えていた。
「渋木く〜ん。さっきはよくもやってくれたね」
「……」
僕は無視していこうとしたけど不良に手を掴まれて無理やり、体育館裏へと連れてかれた。
「よう。お前が世界の頂点に立つんだって?」
そこには怖い人たちが集まっていた。僕はたらいまわしにされてボコられていくしかなかった。最後にクラス一の不良に腹を蹴られてノックダウンした。詩を考える余裕すらなかった。
「フン! 俺にたてつくからこうなるんだ」
不良たちとすれ違いにやってきたのは桂木さんだった。
「大丈夫? 先生呼んできたけど遅かったね。ごめんね」
「大丈夫か、渋木?」
僕は泣かずにはいられなかった。その場で男泣きをした。
「どうして信じても裏切られるんだ。僕は死んだほうがいい!」
「渋木くん……。死ぬなんて言わないで」
「そうだ渋木、桂木の言うとおりだ」
僕はさらに叫んで言った。
「僕は天から何も与えられず、馬鹿で勉強もできないし、運動も苦手で生きる価値はないよ!」
桂木さんはある詩を言い始めた。
「死にたい馬鹿は思う。心が弱く、何もかも嫌になり死ぬことしか考えられなくなる。友と呼べるものはいなく、いつも一人でいて人形を友と呼び、楽しくも虚しい日々をおくる。人を信じて裏切られ傷つき、人から嫌われて仲間外れにされる。それでも人を愛そうと努力するが、馬鹿の思いは人に伝わらない。自分が悪いのだと、自分を責め、一人で涙を流し、自分で自分を傷つける。人に疎まれ、憎まれて、人に愛されず、人から人糞製造機などといわれ、生きているとすらも拒まれる。馬鹿の心は暗闇しかなく死人のような顔をして生ける屍となりよろよろ歩き、みんなに君が悪いと言われて、苦にされ、馬鹿にされても、決して人を憎まずに、人を信じて、人を愛そうと思う。馬鹿はバカであるから」
僕はこれを聞いて桂木さんを殴ろうとしたが、先生に背後から脇の間に手を回されて止められた。
「馬鹿にしてんだろ? 僕の詩を、桂木!」
「違うよ。これ矛盾しているから。今の渋木くんは馬鹿じゃなくただの廃人じゃない? 馬鹿は決して人を憎まず、人を信じるんでしょう?」
先生も後ろから声をかけてきた。
「そうだ、桂木の言うとおりだ。お前にはお前にしかできない、詩を書くという力がある、馬鹿でも何でもない」
僕は泣き叫んだ。しばらくして詩が浮かんだ。
「秋、染みる、君が見る僕の目はどう映る? 馬鹿はそう問いかけた――」
「――そして君はこう答えた。馬鹿にしか見えないと」
僕の詩を詩で答え始めた、桂木さんだった。その後は交互に詩のやり取りをした。秋の暮れだった。
秋、染みる、君が見る僕の目はどう映る?
馬鹿はそう問いかけた。
そして君はこう答えた馬鹿にしか見えないと。
馬鹿は言った、君を信じたいと。
君はこう答えた、信じてくれてもいよ、と。
馬鹿は涙を流した――馬鹿を信じて、と。
君は言った。信じるよ――信じさせて。
――この詩を神様に謳おうか。
読了感謝。