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三十八話 あなたと共に

 エリーズはリノンに導かれ、抜け道を通って地下を目指した。何段もの階段を下り、ようやく以前にヴィオルと訪れた地下の最も奥の部屋の前にたどり着く。

 リノンが扉を開けようとしたがドアノブが動かない。事情を知らない人間が万が一にも入り込むことを防ぐため、ヴィオルに同行したジギスが内側から鍵をかけたのだろう。


「強行突破しかなさそうだね。エリーズ、ちょっとずれて」


 エリーズが通路の脇に移動したのを確かめ、リノンは扉を正面にして数十歩ほど下がった。


「リノン、何を」

「だいじょーぶ。後でローヴァンとジギスさんにこってり絞られるだけ」


 リノンがにっと笑い、扉に向けて走り出す。軽く跳躍したかと思うと、彼女の足が扉を震わせた。しかし依然として扉は閉まったままだ。


「一回じゃ無理か」


 リノンが再び扉から距離をとろうとした時、内側から鍵が開いた。現れたローヴァンが王妃とその護衛である己の妻を見て唖然とする。


「ちょっとどいて!」


 リノンがエリーズの手を引き、ローヴァンの脇をすり抜けて部屋に押し入る。隠し部屋に繋がる扉はただの絵画として壁にかけられており、その脇ではジギスが突然のことに固まっている。

 我に返ったらしいローヴァンが、リノンとエリーズの前に立ち塞がった。


「リノン、どういうことだ。なぜここに来た!」


 鋭い叱咤にリノンは怯まず、ローヴァンの目をまっすぐ見つめた。


「ごめん。でもあたし、何があってもエリーズの味方をするって決めてるから」


 ローヴァンが言葉を詰まらせ、王妃の方に視線を移す。エリーズがしようとしていることに勘付いたのだろう。大きな手がエリーズの両肩に置かれた。


「王妃殿下、お気持ちは痛いほど分かります。ですがどうか堪えてください。ヴィオルがそれを望んでなどいないと貴女もご存知でしょう」

「……はい。分かっています」


 エリーズは顔をあげ、ローヴァンを見据えた。


「でも、何もかも知らない振りをしてこの先ずっと生きていくことは、わたしにはできません。国を思って今まで必死に努力してきたヴィオルを最後まで独りで戦わせるなんて納得できないのです。そして傍にいられるのは、王妃であり妻であるわたしだけです」

「王妃殿下……」

「わたしがいなくてもこの国は大丈夫です。ローヴァンさんにジギスさんにリノン、たくさんの方々がヴィオルの意志を継いでくださるのですから。だからわたしは、最後の王妃としてヴィオルの傍にいます」


 ローヴァンの顔に迷いが浮かぶ。眉根を寄せて小さく(うめ)き、エリーズの両肩から手を下ろした。しかしその場からは動かず、ジギスの方へ顔を向けた。


「ジギス……」


 己だけで判断するにはあまりにも重い選択の答えを求め、ローヴァンが(すが)るようにその名を呼ぶ。

 ジギスはすぐに動かず、目を伏せた。何かを考え込む時の彼の癖だ。しばしの沈黙の後、ジギスはエリーズたちの元へ静かに歩いてきた。


「……王妃殿下、この奥で何が起きているのか、知る者は誰もおりません。死より苦しい思いをすることも考えられます」


 いつもと変わらぬ、淡々とした物言い。


「それでも貴女はこの先に進まれると、そう仰るのですか」


 ジギスはきっと許してくれないだろうとエリーズは予感していた。しかし王の命を忠実に守る鉄の心を持った男は、王妃の覚悟を問う。エリーズはそれにしっかりと頷いて見せた。


「はい。何があっても受け入れます。ヴィオルを愛していますから」


 それを聞きジギスは小さく息をついた後――そっと片膝を折ってエリーズに頭を垂れた。


「私ジギス・クルディアスは最後の王と王妃の名を生涯胸に刻み、最後の血の一滴までアルクレイドに捧げることを誓います」


 ヴィオルの覚悟を知り、彼の頭脳として仕えてきたジギスがエリーズの意志を確かに受け取って、尊重してくれた――エリーズは床に膝をつき、彼の手を握りしめた。


「ジギスさん、本当にありがとうございます。ヴィオルもわたしも、あなたのことをずっと信じています」


 エリーズは立ち上がり、ローヴァンの方を向いた。ローヴァンは黙って右手の拳を左胸に当てる。騎士の敬礼だ。彼もエリーズの決断に従う証を見せてくれた。


「……ヴィオルを頼みます、王妃殿下」


 静かに見送りの挨拶をする彼の青い瞳はエリーズに勇気をくれる。エリーズが手を伸ばすと、ローヴァンは大きな手でしっかりとそれを握り返した。


「ありがとうございます。ローヴァンさん。ヴィオルはあなたのことが大好きでしたよ。もちろんわたしも」


 そしてもう一人――ローヴァンの隣に立つリノンに、エリーズはしっかりと抱き着いた。


「リノン、あなたに出会えて本当に良かったわ。大好き」

「……あたしも、大好きだよ」


 ヴィオルとは違う色でエリーズの世界を彩ってくれた友人。別れは辛いが、果すべき義理よりエリーズの気持ちを大切にしてくれた彼女に報いなければならない。


「いつでも、あなたの幸せを願っているわ」


 エリーズはそう言ってリノンの体から離れた。一番の親友はエリーズを励ますように、いつもの明るい表情で笑いかけてくれた。ジギスが暗所を照らすランプをエリーズに手渡し、隠し部屋の入口である絵画の縁に手をかける。絵画がゆっくりと半回転し、ヴィオルがいる場所へ繋がる通路が現れる。

 ランプを手にしたエリーズは最後にもう一度、王と王妃に尽くしてくれた者たちの顔を見て微笑んでみせた。彼らが最後に見るエリーズの顔は、笑顔であって欲しかった。

 そしてエリーズは見送る者たちに背を向けて、暗闇の方へ歩き出した。振り返ることはしなかった。


***


 通路を進むにつれ、じっとりとした空気がエリーズの肌にまとわりつく。以前ヴィオルとここを歩いた時は、このような感覚は覚えなかったはずだが――エリーズは無意識にランプを持っていない方の手で、首から下げたお守りの石を握っていた。

 やがて、エリーズの耳に奇妙な音が届いた。何者かが長い縄を引きずっているかのように聞こえる。


「ヴィオル?」


 暗がりの向こうへ呼びかけてみたが返事はない。記憶が正しければもう少しで玉座が置かれた部屋に出るはず――エリーズは小走りで奥を目指した。


「っ!?」


 次に目の前に広がった光景に、エリーズは言葉を失った。

 部屋の壁を、床を無数のくすんだ緑色の(つる)が這い回っている。エリーズの腕よりも太いそれが動く様は大蛇の群れの様だ。

 蔓は意思があるかのように、一つの場所を目指して伸びている。その先にあるのはかつてアルクレイドの初代国王が使っていた玉座、そしてそこに座っているのは――


「ヴィオル!」


 力なく座り込むヴィオルの腰から下は、玉座ごとおぞましい蔓に隙間なく巻き付かれて見えない状態になっている。

 エリーズはその方へ向かって駆け出した。しかし数本の蔓が前に立ちはだかり、(むち)の様にしなってエリーズの華奢(きゃしゃ)な体を容赦なく打つ。持っていたランプが床に落ち、跳ね飛ばされたエリーズは床に倒れ込んだ。受けたことがない直接的な暴力に、エリーズの頭はがんがんと痛み全身が悲鳴をあげる。

 (ひる)んでいる場合ではない。このままではヴィオルの全身が蔓に覆われてしまう――エリーズはよろめきながら立ち上がり、ヴィオルの方へ再び近づこうとした。だが蔓たちはそれを許さない。エリーズを邪魔者か異物だと認識しているのだろうか、玉座へ一歩も近づけまいと、エリーズの体をまた強く叩く。


「やめて! お願いします!」


 全身を駆け巡る激痛を堪えながら、エリーズは声の限りに叫んだ。


「邪魔はしません! ただヴィオルと一緒にいたいだけなの!」


 エリーズの叫びから何かを感じとったのか、蔓たちが動きを止める。その隙にエリーズは死にものぐるいで玉座に駆け寄り、ヴィオルの膝に座るようにして彼にしがみついた。


「ヴィオル……」


 妻の呼び声にヴィオルは何の反応も示さない。顔は青ざめて、目は固く閉じられている。

 そうしているうちに、蔓はどんどんヴィオルに、そしてエリーズの体にも絡みついていく。

 これが、歴代の王たちが辿った末路――太い蔓に全身を締め付けられて命を吸われるのか、あるいは異界に引きずりこまれてしまうのか。

 しかしエリーズはその場から動くことはしなかった。蔓たちはもうエリーズを排除しようとはしない。このままでいればヴィオルと運命を共にできる。

 本来であれば気が狂いそうな状況だが、エリーズの心に恐怖はなかった。ヴィオルが隣にいてくれるからだと分かっていた。彼の傍にいるためなら何でもするし何にでもなれる。

 エリーズとヴィオルの胸まで蔓が上って来た。呼吸をするのが徐々に苦しく思えてくる。エリーズは頭をヴィオルの方へできる限り寄せた。叶うなら愛しい人の目を見て声を聞いていたかったが、彼は気を失ったままの方が良いのだろう。もし意識があれば、ヴィオルは何としてもエリーズをこの場から遠ざけようとしたはずだ。

 更に一本の太い蔓がエリーズの目の前に伸びてきた。その先端がするりとエリーズの細い首を一周する。いよいよ終わりだとエリーズは覚悟を決めたが、蔓はぴたりと静止した。先端がエリーズの首元でうねる。まるで何かを探すような動き――その時エリーズはふと気づいた。


(わたしのお守りが欲しいの……?)


 なぜそのような考えに至ったのかは分からない。だが、一か八か試してみる価値はありそうだった。もうエリーズに残された時間は少ない。これをエリーズに渡した老女には申し訳ないが、ただの石が付いた首飾りはもう必要のないものだ。

 エリーズはまだ自由のきく片手で首飾りの紐をつまみ、緑色の石を蔓の先端に触れさせた。首や腕をねじ切られてしまう可能性もあるが、ここまでくればどのような終わりを迎えても同じと腹を括った。


「どうぞ。この首飾り、差し上げます」


 その瞬間、蔓が勢い良くエリーズの首飾りをむしり取った。緑色の石を包むように、蔓の先端が丸まる。


(すまなかった)


 ヴィオルのものではない、エリーズの知らない男性の声がどこかから響く。


(そなたを傷つけ、苦しませたのは余の過ち。(ゆる)しを得られるとは思っていない。ただ余は確かに、そなたを愛していた……)


 その時、蔓に絡め取られていた緑色の石が白い光を放った。それはどんどん強く大きくなり部屋を埋め尽くし、やがてエリーズの意識を吹き飛ばした。

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