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二十五話 美しくも強き淑女

 ヴィオルが用を終えるのを待つ間、エリーズは特に予定がなければリノンとお喋りに興じることが多い。

 いつもは二人だが、今日はリノンが夫のローヴァンを引っ張ってきた。陛下が部屋にこもっているならやることがなくて暇だからということらしい。

 そういった場合彼は剣の鍛錬に励むようだが、いつも訓練ばっかりだったら頭の中まで筋肉になるよと妻に言われたようで大人しくエリーズの私室までやって来た。

 いささか申し訳ない気はするが、エリーズは彼と話せるのが嬉しかった。ヴィオルが公務に出かける際、ローヴァンは必ず同行するためエリーズとも行動を共にする機会はあるが、雑談する暇まではない。彼は真面目な人物のため尚更だ。

 甲冑を着込んだローヴァンは椅子に浅く腰掛けた。何かあった際、即座に対応するための心得だという。


「ローヴァンさん、わざわざ来て頂いてありがとうございます」

「いえ、こちらこそ機会を設けて頂いて有り難い。こいつへの苦情があるなら今、私が全てお聞きします」


 彼はそう言って右隣に座るリノンを見やった。


「ちょっとぉ、あたしが問題起こしてるって決めつけないでよ、しっかりやってるよ! ね、エリーズ、そうだよね?」


 わぁわぁとまくしたてるリノンに、ローヴァンはそういう所だ、と呟いて口の端を吊り上げた。


「ええ、大丈夫よリノン」


 エリーズは堪えきれない笑い声を漏らしながら言った。二人のやり取りは面白く、心が和む。仲が良いのがとても伝わってくる。

 リノンへの苦情の代わりに、エリーズはグローリエのことについて二人に聞いてみることにした。


「あたしは挨拶くらいしかしたことないんだけど……すっごい綺麗だよねあの人。しかもめちゃくちゃ良い匂いするの」

「エーデルバルト家は我がコルテウス家とも懇意にしております。グローリエ様は昔から芯が強く聡明な方で、ヴィオルでも言い負かされる時が度々ありますよ」


 ――エーデルバルト家


 エリーズの脳裏にある光景がよぎる。それはヴィオルとの出会いの直前。初めて行った夜会で小耳に挟んだ、国王の噂話――


(エーデルバルト公女殿下との縁談も結局お流れになってしまいましたしね)

「……あ」

 

 ようやく思い出した。エーデルバルト家の名を聞いたときのことを。エーデルバルト公爵の子はグローリエ一人だけ。つまり彼女は――

 小さく声を漏らしたエリーズのことを、リノンもローヴァンも不思議そうに見ている。ローヴァンなら知っているだろうか。エリーズは彼に質問をぶつけた。


「グローリエ様は、ヴィオルとの縁談が持ち上がっていた方なのですか?」

「えっ、そうなの!?」


 リノンは初耳らしく、驚いて身を乗り出した。ローヴァンが目を(しばたた)かせ、神妙な面持ちに変わる。


「王妃殿下、どちらでその話を?」

「直接言われた訳ではないのです。わたしとヴィオルが初めて会った夜会で、お客様たちがお話ししているのを偶然聞いただけで……それもたった今まで忘れていました」

「……確かに、お二人の間に縁談が持ち上がったことはあります」


 はへぇー、とリノンが気の抜けるような息を漏らす。ですが、とローヴァンは続けた。


(とうと)い身分の者とあれば縁談が来るのは当たり前のことです。それも複数。ヴィオルにとってもグローリエ様にとっても、そのうちの一つだったに過ぎません」

「そうなのですね……」


 エリーズの顔が少し曇ったことに気づいたのだろうリノンが、エリーズの肩にそっと手を置いた。


「大丈夫だよ、エリーズ。あたしもそこまで詳しくないけど……貴族同士の縁談って、本人らの意思は二の次だって話だし」

「そうですよ、王妃殿下。私は昔からあの二人を見てきましたが男女の仲でいたことは一度もありません」

「……ええ、それは分かっています」


 先日、エリーズはもう見ることのないと思っていた母の形見をヴィオルから渡されると共に、彼の真摯な想いを聞いた。それ以来、夫の愛を疑うことは絶対にしないと心に誓っている。

 普通の夫婦ならそれだけで十分だろう。だが、ヴィオルは国王でエリーズは彼の妃だ。国母としてより相応しい人物は誰かと考えた時――エリーズはグローリエに勝てる自信がなかった。彼女は病床の父に代わり、公爵家の責務を果たす立派な女性だ。それに比べてエリーズは、(まつりごと)についてはほぼ机上で学んだ知識しか持っていない。ヴィオルや彼の周りが皆揃って優秀なためエリーズの出る幕はないとはいえ、いざヴィオルの身に何かあった時、何も対処ができないのでは王妃とはいえないのではないか。

 他の貴族たちも表向きはエリーズを王妃として扱ってくれているが、実は皆グローリエの方が王妃になるべきだったと思っているのではないか――


「王妃殿下、ご心配には及びません。貴女はご自身のお役目を立派に果たしておられます」


 エリーズの心を読み取ったのか、ローヴァンが穏やかに声をかける。


「そうそう! あの陛下の手綱を握って、更には鉄仮面のジギスさんまで手懐けちゃうんだからエリーズはすごいよ」

「ありがとう。リノン、ローヴァンさん」


 王妃としての生活に不安の種は今もあるが、勇気づけてくれる者がいることは幸せだ。エリーズは彼らに微笑んでみせた。


***

 

 王城の奥まった場所にある客間にて、ヴィオルはテーブルを挟みグローリエと向かい合っていた。

 王家に次ぐほどの力を持つエーデルバルト公爵家がヴィオルの命で目を光らせているお陰で、私利私欲のために権力を振りかざし弱き者から過剰に搾取したり、不正に手を出す王国貴族たちはここ十年の間でぐっと少なくなった。状況を共有するため以前から幾度となく設けられてきたこの場も、話をする時間は回を追うごとに短くなっている。

 公女グローリエは国王に負けず劣らず忙しい身だが、ヴィオルにはもう一つ話しておきたいことがあった。


「グローリエ……エリーズのことだけれど」


 彼女の眉根がわずかに寄ったのに気づいたが、ヴィオルは構わず話し続けた。


「仲良くしてあげて欲しい。あの子には君のような存在も必要だ」


 グローリエの灰色の双眸(そうぼう)が細められる。それが同意を示すものではないというのは、幼馴染のヴィオルにはすぐ分かった。


「わたしに使用人上がりの王妃様の面倒を見ろというの?」

「そんな言い方はしないでくれ。エリーズは使用人ではない。立派な家に生まれた女性だ」

「とは言っても伯爵令嬢でしょう。国王の妻に相応しい身分ではないわ」


 弦楽器の旋律にも似た声で紡がれる言葉は、研ぎ澄まされた刃のような鋭さをもってヴィオルに突き刺さる。


「貴方、自分が何をしたか分かっている? どこからの求婚も受け入れなかった紫水晶の君がぽっと出の娘を(めと)るなんて、そんなものはおとぎ話だからこそ美談で終わるのよ」

「事情は君の耳にも入っているだろう。あの日僕があの子を見つけていなかったら、今頃は屑共の慰み者になっていた」


 それを思うと、未だにヴィオルの腹の内ではどす黒い感情が渦を巻く。


「助けたのが間違いだとは言わないわ。ただ、結婚する以外にも手段はあったでしょう」

「……好きになったんだ。どうしても、僕の傍にいて欲しかった。エリーズは僕の光だ」


 グローリエの表情は険しいままだ。すぐに良い返事を貰えないだろうことはヴィオルも重々承知していた。その美貌と教養の高さからアルクレイド王国貴族の女性たちの頂点に立っているといっても過言ではない彼女は、たとえ王の命令であろうと己が納得しなければ実行に移すことはない。その芯の強さはヴィオルにとって、最も評価するべきと同時に扱いに難儀する点だ。


「ヴィオル、あなたはこのアルクレイドの国王なのよ」

「誰よりも、僕自身が一番それを分かっている」


 ヴィオルとて一歩も引くつもりはない。エリーズは今や立派な淑女だ。しかし今後のことを思えば、グローリエのような手本となる存在が必要になる。

 しばしの沈黙の後、グローリエは小さく息をついた。


「まあ、今更離縁をされても余計に面倒なだけだものね」

「……公爵にも君にも、僕はとても世話になっている。その上でこんなことを頼むのは本当に申し訳ないと思っているよ。恨むなら僕だけを恨んでくれ」


 この通りだ、と頭を下げる国王を、グローリエは静かに見つめていた。

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