十四話 お妃様の思い付き
エリーズがアルクレイド王妃となりひと月半程経った。
王妃教育もほとんどを終えた。必要な教養はすべて完璧に身についておりますと教師たちから太鼓判をもらい、後はお披露目の夜会を待つばかりだ。
ヴィオルとの仲も極めて良好だった。だが愛が深まっていく程に、エリーズの心にある一つの思いがどんどん大きくなっていく。
(どうしましょう、ヴィオルのことがどんどん好きになっていくわ)
初めて出会った日より、結婚式を挙げた日より、彼を恋い慕う気持ちは今の方が強い。以前、ヴィオルから譲り受けた彼の肖像画は慰めにはなるが、やはり実在の彼には遠く及ばなかった。顔が見たい声が聞きたいと、ふとした時にため息をつく様子を見て近衛のリノンからも「拗らせてるねぇ」と揶揄われてしまった。
民のために働きながらも夫として尽くしてくれるヴィオルのことをエリーズは深く尊敬している。だからこそ彼の隣に相応しい王妃となるために真面目に勉学に励んできたし、彼の邪魔になるような行いは絶対にしてはならないということも頭では理解している。しかし、普通の恋する少女の一面を捨てることができないのも事実だった。
(何とかして、時間を作れないかしら)
日中、ヴィオルは少しでも時間ができるとエリーズの元へ顔を見せに来てくれる。その時をエリーズは楽しみにしているし、それで満足するよう努めてきた。
常に優しく接してくれる夫にエリーズからも何かを返したかったが、国王である彼は既に大抵のものを持っている。それに、優秀な側近たちを抱えていてもヴィオルには常にやることが山積みだ。ただ会いたいというエリーズの要望に付き合う程に国王は暇ではない。
彼の迷惑にならない程度に顔を見られて、ヴィオルにとっても政務の合間の気分転換ができるようなことがあれば――ぐるぐると考えた後、エリーズの頭に一つの案が降ってきた。
他の人の力を借りなければいけないがこれならいいかもしれないと、エリーズは部屋に垂れ下がった女官を呼ぶための紐を引いた。程なくしてカイラが姿を現す。
「エリーズ様、どうなさいましたか?」
「カイラ、お願いがあって……お城の台所を借りられるかしら?」
エリーズの要望を聞きカイラが目を丸くした。
「お腹がお空きのようでしたら、すぐ軽食をお持ちしますよ」
「そうではないの。ただお料理がしたくて……難しい?」
「いえ、ご希望でしたらご案内致します」
「ありがとう。あと、カイラが着ているそのお仕着せでわたしに合いそうなものが余っていたら貸して欲しいの。ドレスを汚してはいけないから」
カイラは驚きながらも、さっと必要なものを全て揃えてくれた。
***
城仕えの女官たちが着るお仕着せはエリーズがかつてガルガンド家で着ていたそれよりずっと質がいい。紺色のくるぶし丈のワンピースの上に真っ白な前掛け、髪を一つに束ねて頭には三角巾をつけたエリーズは王妃から一転、まるでカイラの後輩のようだ。
彼女に案内され、エリーズは王城の台所へ足を踏み入れた。当然のことながらエリーズの知る台所よりもかなり広く、掃除も行き届いている。
「ここでわたしたちの食事が作られているのね……」
今は食事の用意をする時間になっていないのと、カイラが人払いをしてくれたので料理人や他の女官の姿はない。
「器具や材料はご自由にお使いください。一通りのものは揃っております」
「ありがとう。できるだけ綺麗に使うわ」
「私もお手伝い致しますが……」
カイラの申し出は有難かったが、エリーズは大丈夫よ、と笑って頭を振った。
「わたしが勝手に思いついたことだもの、カイラを付き合わせてしまっては悪いわ」
「何かございましたら、いつでもお申しつけください」
一礼して台所を去るカイラを見送り、エリーズは調理台に向き直った。料理をするのは久しぶりだ。何を作るかはもう決めてある。エリーズは意気揚々と、戸棚からボウルを取り出した。
バターと砂糖と卵をボウルの中でせっせと混ぜていると、台所の入り口で物音がした。振り向いたエリーズの目に、カイラと共に世話をしてくれる侍女のシェリアとルイザの姿が映る。
「あら、どうしたの?」
片手にボウル、もう片方の手に泡だて器を持った王妃の元に二人の侍女がいそいそとやって来た。
「エリーズ様がこちらにいらっしゃるとお聞きしまして」
「何かお手伝いできることはございませんか?」
もしかするとカイラに、様子を見ておくよう言われたのかもしれない。
「大丈夫よ。わたしこう見えて、お料理はそれなりに得意なの」
幼い頃からエリーズは料理に興味を持っていた。両親を亡くす前は頻繁に台所へ顔を出し、わたしにも何かさせてと料理番によく頼みこんでいた。かつてガルガンド家にいた料理番はふくよかな中年の女性で小さなエリーズを大層可愛がり、スープ鍋をかき混ぜたりケーキの上に果物を飾る役目を与えてくれたのを覚えている。
成長してからのエリーズはガルガンド家の台所を預かっていた身だ。義父と義妹から腕前を褒められたことはないが、出した料理を残されたこともなかったので少なくとも味音痴ではないという自負はあった。
「わたしたち、お隣の食糧庫で片付けをしていますから」
「何かありましたら呼んでくださいね」
「ありがとう、もしもの時はお願いするわ」
再び一人になり、エリーズは作業を再開した。混ぜ合わせた生地を長方形の型に流し込みオーブンに入れ、その間に果物を切って生クリームを泡立てる。次第に、台所に甘い香りが漂いはじめた。
頃合いを見てオーブンから型を取り出すと、きつね色に焼きあがったケーキがその中に納まっていた。それを皿に出し、端の部分を薄く切って口の中に入れ、エリーズは思わず笑みを浮かべた。なかなかの出来栄えだ。
手頃な大きさにケーキを切り分け、切った果物と生クリームを添える。残りも同じようにして五人分が出来上がった。ヴィオルが食べるためのものを除き、余った分をどうするかはもう決めていた。
エリーズは台所を出て、隣の部屋を覗き込んだ。
「シェリア、ルイザ、ちょっと来てもらえる?」
二人の侍女は飛び跳ねるようにしてエリーズの元へやって来た。何か手伝いを頼まれると思っていたのだろう彼女たちは、エリーズが切り分けたケーキが乗った皿を見てきょとんとした。
「良かったらこれを二人に食べて欲しいの」
「王妃様が作られたものをわたしたちが……?」
「本当によろしいのですか……?」
シェリアとルイザは揃って戸惑いの色を顔に浮かべた。王城に務める身としてあらゆる教育を受けていても、主君から料理を振舞われたときのことは頭になかったのだろう。
「二人とも、いつも頑張ってくれているから……。不味くはないと思うの、わたしもちゃんと味見したから」
それを聞き、二人の侍女は恭しく頭を下げてそれぞれ一人分の皿を手に取った。同時にケーキを口に運び、きらきらと目を輝かせる。
「エリーズ様、これとっても美味しいです!」
「王都のお店で売ってるものよりずっと美味しいですよ!」
エリーズはほっと胸を撫でおろした。
「そこまでではないと思うけれど……でも気に入ってもらえて良かったわ」
ヴィオルに渡す分を除き、残っているのはあと二人分だ。
「残っている分なのだけれど、お願いしてもいいかしら。一つはカイラに渡して、もう一つはわたしの近衛のリノンに届けて欲しいの」
シェリアとルイザが快く引き受けてくれたので、エリーズは残ったケーキの皿に銀色のクローシュを被せた。




