十一話 近衛騎士夫婦
そのまま愛に溺れ、エリーズが再び目を覚ますとすっかり朝になっており夫の姿はなかった。女官たちを呼んで身支度を手伝ってもらい、先日王都の仕立屋より献上された薄紫色のドレスに着替える。
午前に授業の予定は入っていなかったため、エリーズは自分で本を読んで復習を行い、軽い昼食を終えたところでヴィオルの使いが姿を現した。彼が呼んでいるのだという。
日中、エリーズがヴィオルと顔を合わせられるのは昼食の時間、それも時々のことだった。一体何かしらと思いながらエリーズは使いの後に続き、王の執務室へと足を踏み入れた。この場に来るのは初めてだ。
部屋の中央奥に置かれた横に長い執務机にヴィオルがかけており、その傍らには彼の近衛騎士のローヴァン、そしてもう一人、女性が立っていた。重そうな甲冑ではなく、上衣と下衣に革の肩当てと胸当て、肘当てをつけ長いブーツを履いた姿だ。ローヴァンのものよりいくらか細い剣を腰に下げ、長い黒髪を高い位置で一つに束ねている。エリーズと年が近そうだった。
「ようこそエリーズ」
ヴィオルに手招きされ、エリーズは彼の元へと進んでいった。
「王妃になった君へ、紹介しなければいけない人がいるんだ」
ヴィオルが言うと、黒髪の女がさっとエリーズに跪いた。
「初めまして、王妃様。あたしはリノン・コルテウスです」
顔を上げ、リノンと名乗った女がにこっと笑う。
「ローヴァンの妻で、昨日までは王国騎士団員で……今日からは王妃様の近衛です。よろしくお願いします」
王妃は国王に並ぶ貴い身分であり、当然守られるべき存在だ。ヴィオルにとってのローヴァンの役割を、彼女がエリーズの傍で果たしてくれるらしい。エリーズは近しい間柄になるであろう彼女へ向かい丁重に礼をした。
「エリーズです。こちらこそ宜しくお願い致します」
「王妃殿下、ご安心ください。リノンはそこらの男よりよほど腕の立つ女です」
夫のローヴァンの言葉に、リノンは立ち上がり胸を張った。
「はい、任せて下さい! 暴漢が来ようものならそいつの全身の骨をバキバキに砕きますから!」
こらこら、とヴィオルが苦笑しつつたしなめた。
「あんまりエリーズを怖がらせないように……エリーズ、この国で君に危険が及ぶことはまずないけれど、念のため近衛をつける必要があるんだ。今までは城の中で過ごしてもらっていたけれど、これからはリノンを伴ってであれば王都へ外出してくれて構わないからね」
「はい、ばんばんこき使ってくださいねっ」
リノンはエリーズより少し背が高く、切れ長の目はやや鋭い印象を与えたが笑顔や口ぶりからは気さくさがうかがえる。
「せっかくだし、少しリノンと二人で話してみたらどうかな」
ヴィオルの提案にエリーズは頷いた。
「それなら、わたしのお部屋に行きましょうか」
「はい、王妃様!」
執務室を出て行くエリーズたちを見送った後、ヴィオルは隣に立つ近衛に声をかけた。
「君の目から見て彼女たち、上手くやっていけると思う?」
「リノンはよく喋るからな。そこが許せるなら良い関係になれるだろう」
今年で三十歳になるローヴァンはヴィオルと幼い頃から友人関係を築いており、彼へ向かい対等にものが言える数少ない人物だ。
そうだね、とヴィオルは頷いた。
「エリーズは今まで友達らしい友達がいたことないようだから、リノンなら合うだろうと思ったんだ。しばらく様子を見ることにするよ」
***
「へぇーっ、王妃様のお部屋ってこんな感じなんですね」
エリーズの私室に足を踏み入れたリノンは、周りをぐるっと見渡して感心したような声をあげた。
「あたしも結構いいところに住んでますけど、やっぱり王妃様には敵わないですね」
クリーム色のベルベットが張られた椅子に座った後も、彼女は興味深そうに視線をあちこちに向けている。
エリーズも丸いテーブルを挟んで彼女の向かいに座ると、リノンははっとして膝の上に手を置き姿勢を正した。
「あ、ごめんなさい王妃様。あたしったら落ち着きがなくて。ローヴァンにもよく叱られるんですよ」
リノンはエリーズが今まで接したことがない雰囲気の女性だ。エリーズは何から話そうか迷ったが、まずは彼女自身のことについて色々聞いてみることにした。
「リノンさんはおいくつですか?」
「あたしは二十二歳です」
「でしたらわたしよりも少しお姉さんですね」
「あは、お姉さんだなんてなんか照れますね。っていうか、そんなに畏まらないでくださいよ。王妃様の方があたしよりずっと偉いんですから」
エリーズは王城で暮らし始めて間もない頃は、女官たちにも腰の低すぎる態度で接していた。ひと月の間に改めたつもりでいたが、使用人とはまた違う立場の人間だと逆戻りしてしまうらしい。
「ええと……分かったわ、でも……」
対等に話せる相手がヴィオルだけなのは少し寂しい。女官たちはさすがに無理だとしても、近衛であるリノンであれば許されるのではないだろうか。
「リノンも、旦那様やお友達とお話しするときみたいにしてくれる?」
「え、それでいいんです?」
きょとんとした様子でリノンが尋ねる。
「ええ。近衛の方が必要なのは勿論よく分かるのだけれど……わたしはどちらかというとお友達が欲しくて。今までそういった人が周りにいなかったから」
駄目かしら、とエリーズが問うと、リノンは笑いながら身を乗り出した。
「いいに決まってるでしょ。あー良かったぁ。王妃様の傍につくんだから態度には気を付けないとって、さっきからずっと変な汗かいててさ。いつもの調子の方が楽に決まってるよ」
そういって椅子の背もたれに体を預け、ひと息ついたかと思うとまた前のめりになる。
「にしても、まさかあたしがお人形みたいに可愛くて性格も良い王妃様の友達第一号だなんて。ほんとあたしって恵まれてる」
「わ、わたしはそんなにすごい人ではないわ」
「いーや、あの何考えてるか分かんない国王陛下の心を鷲掴みできる人ってだけで奇跡だよ。結婚式であっつーいキスしたって語り草になってるんだから」
大勢の参列者の前での数分にわたる口づけを思い出し、エリーズの顔に一気に熱が集まった。
「あ、あれはその、ヴィオルが、ね」
「あはは。照れてるエリーズかーわいい。いいじゃん、夫婦なら仲良しじゃなきゃ」
「リノンの結婚式は、どんな風だったの?」
「キスは一瞬だったかなぁ。ローヴァンは照れ屋さんだからね。まぁそこが可愛いんだけど」
先ほどヴィオルの執務室で出会ったローヴァンは、明るくてよく話すリノンと対照的に物静かで落ち着いた印象を与えていた。
「あたしのローヴァン、かっこいいでしょ? 甲冑着てると分かりづらいんだけど、筋肉すごいんだよ。胸はむちむちでお腹はばきばきで腕はもりもりで……えへへ」
「まあ、仲が良いのね」
くるくる変わるリノンの表情は、見ていて飽きない。
すっかり打ち解けた王妃とその近衛は、その後も長くお喋りに興じていた。




