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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

淡く夢となるまで

作者: リスト

シオンの義姉視点です。



あなたとの出会いを覚えてる。


今にも泣いてしまいそうなのに、頑張って堪えて頭を下げたあなたを。


クローディア公爵家、唯一の子である私。

アナイス・ディ・クローディアが、王太子となられるレイシス殿下との婚約が決まり、公爵家の後継がいなくなってしまった事で、公爵家の親戚筋から養子縁組された義弟(おとうと)、シオン。


家族と離され、身一つで我が家に来たあなたはどれだけ心細かっただろう。


そっと手を握ると、その手はかすかに震えていた。


「私の名前はアナイスよ。今日からあなたの姉になるの」


よろしくね、と声をかけると、少しだけ顔を上げて小さく頷いてくれた。


その姿が可愛くて可愛くて、あなたと姉弟になれる事が嬉しくて仕方なかったわ。




その日の夜から私はあなたの部屋に行って、子守唄を歌ったり手を握ったり、あなたがこの家に慣れるまで一緒に眠った。


凄く楽しくて、幸せな時間だったわ。


あ、でもね、シオン。

私が頑張って作った猫のぬいぐるみを「豚さん」って言った時の事、許してないからね!

怒る私の隣で声を上げて笑って…もうっ!


…でも、未だにあの時のぬいぐるみを大切にしてくれてるから、その点だけは評価してあげる。




そういえば、レイシス殿下がいらっしゃると、あなた不自然なくらいにスッといなくなってたわね。

でもどこからか視線は感じる…最後までわからなかったわ。

あなたの事だから、きっとどこかで見ていたんでしょう?


もうっ、レイシス殿下と2人きりだと凄く緊張してしまうのよ…あの澄んだ青い瞳で見つめられると、鼓動が凄く速くなっていくの…。

えぇ、わかってるわ。

それは私が殿下に恋をしているからだって…。


2人きりで、嬉しくないわけじゃないのよ?

でも、たまにはあなたも交えて3人でお話したかったの。

そうあなたに言えば、「そこに挟まる勇気はない」だの訳の分からない事を言ってたけれど。



ねぇ、シオン、殿下はね。

あなたと兄弟になれる事を、とても嬉しく思われていたわ。

レイシス殿下とご兄弟の仲は少し希薄だったみたいなの。

だから、あなたと私の関係性を羨ましく思われていたそうね。

ふふっ、知らなかったでしょ?




ライクス様とは殿下の10歳の誕生日パーティーで知り合ったのよね。

レイシス殿下に側近候補だと紹介されて…あの時はここまで意地悪になるなんて思っていませんでしたわ!


最初はとても紳士的な方だなって好感を持ちましたの。

でもしばらくしたら…あれは外向きの顔だったのだと思い知りましたわ。

いただいた花束から芋虫が出てきたり、髪に何かついてると言って虫をつけてきたり!

あ…もしかしてライクス様って虫が好きだったのかしら?




ねぇ、シオン、ライクス様はね。

私やあなたと一緒にいる時だけなのよ、意地悪をしたり揶揄ったり…よく、お笑いになるのは。

勘のいいあなただもの、きっと気づいていたでしょうね。


殿下の側近候補として、常に周囲に気を配って…自身の言動に注意して…気の抜けない日々。

だからね、これからもレイシス殿下とライクス様が少しでもホッと一息つけるような、そんな居場所になれたら良いなって思ってるの。

ふふっ、お2人には内緒よ?




ソルアート様とは学園に入る前ね。

レイシス殿下直属の護衛騎士候補として紹介していただいたの。

凄く凛とした佇まいに圧倒されたのを覚えてるわ。


そうそう、殿下が視察先で襲われた事件を覚えてる?

あの時、賊の方が多かったにも関わらずソルアート様ってば援軍が来るまで果敢に戦われて。

休めと言われても、殿下を王宮にお送りするまでずっとついていらしたのですって。

殿下を送り届けた後、安心したのか倒れてしまわれたのよね。




ねぇ、シオン、ソルアート様はね。

あなたも知っての通り、とても素晴らしい騎士様なのよ。

あの時、断られると思ってたのよ。

でも、あなたと一緒なら教えても良いとおっしゃったの。


嬉しかった。

あなたと一緒に、尊敬する方の元で学べる事が。

きっとあの方はわかっていたのね…私ね、あなたの事が大好きなのよ。



ずっとこのままいられると思っていたの。

この穏やかで幸せな時間が続くものだと信じていたわ。



ミシィ・ユーリカ様。

あの方が学園に編入してから、あなた達は変わってしまった。

…いえ、おかしくなってしまった。


あなた達の隣は、ミシィ様の場所になった。


声をかけても邪険にされて、酷い時には強く叱責された。


あなた達の後ろで見ているミシィ様は顔を歪めて笑っていて、あなた達はそんな彼女を囲い、愛を囁く。


辛かったわ…けれど、あなた達の方が辛いってわかっていたから…。


国王陛下、ライクス様とソルアート様のご両親、それに、私とあなたのお父様もお母様も動いて下さったわ。


すぐに調査が開始されて、おそらく何かしらの洗脳状態にあるのだと断定された。


…あの時はそれが呪いによるものだなんてわからなかったわ。

だから、なんとか洗脳を解こうと皆様頑張って下さった。



ねぇ、シオン、きっと覚えてないわよね。

夜、あなたの部屋から泣き声が聞こえてきたわ。


私ね、昔みたいにそっとあなたの部屋に行って子守唄を歌って、手を握って、あなたが眠りにつくまで側にいたの。


義姉様、って言ってもらえなかった。

目も合わなかった。

けど…手は、ギュッと握り返してくれて…。


私、憎かったの。

あなたをこんな風にした人が。

レイシス殿下やライクス様、ソルアート様が築いたものを壊そうとしている存在が。

生まれて初めて誰かを憎んだわ。

何もしてやれない自分の無力さを嘆いたの。


シオン…私の可愛い義弟。

大丈夫よ、絶対に義姉様が助けるからね。




平民であるミシィ様には大それた力はない。

もし今ミシィ様を捕らえても、トカゲの尻尾切りのように切り捨てる可能性がある。

陛下も父も、必ずこんな酷い事を企んだ輩を暴いてくれると約束してくれた。

だから私は今日も耐える。

…大切な方達が蔑ろにされる、この状況を。



「…ミシィに嫌がらせを行っているそうだな。先日も、身の程知らずだと罵ったとか」


レイシス殿下が私を見る瞳には、何の感情も映っていません。


「いいえ、そのような事、何一つ行っておりません」


ライクス様も、ソルアート様も、その瞳はどこか虚です。


「アナイス様ぁ、認めてくださいよー。ね、殿下ぁ…ミシィの為に怒ってください」


ミシィ様の言葉で、殿下の瞳に怒りが映る。


「アナイス…お前がそのような態度だと、この婚約も考え直す必要がありそうだ」


ありえない事です。

殿下は正気じゃ無いんです。

わかっています…けど…。


手が震え、言葉を発せない。

泣きたくないのに…私は…。



「…何のつもりだ。シオン」


私の前に影が差した。

顔を上げると、見慣れた後ろ姿が目に入る。


「……シオン?」


あなたは緩く頭を振った。


「…え?…ちょ、ちょっと!皆、どうしたのよ!?どこに行くの!?」


それを合図とするかのように、皆揃って私に背を向けて行ってしまった。


広い背中…大きくなったわね。

こんなに近くで見るのはいつぶりでしょう。


「シオン…ありがとう」


私が感謝の言葉を告げると、シオンは何も言わず去って行った。


大丈夫。まだ、大丈夫。

きっと取り戻せる…私はまだ、頑張れるわ。




卒業パーティーの前日、私はお父様の執務室に呼び出されました。


「おぉ、アナイス。すまないね、明日の準備で忙しい所を」


「大丈夫よ、お父様。お話って何かしら?」


挨拶もそこそこに本題に入る私を、お父様は咎めない。

それどころか、目尻にうっすら涙を浮かべながらこちらを見ている。


「…よく今まで頑張ったね。お前も…シオンも…殿下達も」


その言葉で全てを察して、嬉しくなって泣きながらお父様に抱きついた。



「裏で糸を引いているのは第二王子の婚約者、ヘレン嬢のカレイル侯爵家だ。第一王子に醜聞を立たせて、王太子の座から引き摺り下ろそうとしたようだ」


レイシス殿下は才も人格も、為政者として申し分ない。

支持率も高く、婚約者には公爵家の娘。

だからこそ、正攻法では敵わないと思ったのでしょう…だけど。


「…許せませんわ…このような非道な事…人の心を踏み躙って…」


思い出されるのは先日の事。

こちらを糾弾する言葉を紡ぐ彼らには、表情と呼べるものがありませんでした。

私の記憶の中には、怒ったり笑ったり、表情豊かな彼らの姿が残っています。


「陛下は卒業パーティーが終わり次第、カレイル侯爵とそれに連なる者。そして、レイシス殿下方についている平民の女を捕らえるつもりだ。…だからあともう少しだけ、頑張っておくれ」


今なお苦しんでいるであろう彼らの事を想って、深く頷きました。




卒業パーティーのエスコート役は、本来であれば婚約者であるレイシス殿下に頼むはずでした。

…私も、この日をずっと楽しみにしておりました。


今はこの日が殿下達の苦しみの終わりとなる事を祈り、一歩ずつ前に進みます。




「…アナイス・ディ・クローディア。お前に話がある」


レイシス殿下の抑揚の無い声が私を呼び止めました。

嫌な予感が胸をよぎります。


「…レイシス殿下。本日は…」


「挨拶などせずとも良い。私はお前にある事を伝えに来たのだ」


少し下げた姿勢を戻し、真っ直ぐレイシス殿下を見つめます。


「まぁ…どういったご用件でしょうか?」


どこまでも虚な瞳には、おおよそ感情というものが見えません。


「私は、お前との婚約を…破……」


そこまで言って、殿下が口元を押さえて座り込みました。

何があったというのでしょう…?


「殿下っ!ほら!早く言ってください!あの女と婚約破棄してくださるのでしょう!?」


レイシス殿下の隣でミシィ様がしきりに殿下に話しかけています。

様子がおかしいです。

殿下はどうしたというのでしょうか?


「…れ、レイシス殿下っ!」


思わず駆け寄ろうとすると、ミシィ様からおもいっきり睨まれて、驚いてそれ以上動けなくなりました。


「ジン!………」


ミシィ様がソルアート様に何かを耳打ちしています。

いつの間にか演奏が止み、周囲の人々も皆がこちらに注目しています。


何かをミシィ様に耳打ちされたソルアート様がゆっくりこちらへと近づいてきます。


そして…


会場の灯りが反射して銀色が煌めくと、胸に鋭い痛みが走りました。


何が起こったのかわからず声を上げようとすると、喉の奥から生温い液体が溢れてきました。


身体から何かが抜かれ、倒れる寸前に見えたのは…驚きに瞳を見開かれたソルアート様で…。


床に落ちた私の身体を抱えて、泣きながら名前を呼んでくれたのは……。






暗闇の中で、膝を抱えて泣く子がいる。

まだ6歳くらいの、幼い子。

私、この子の事をよく知ってるわ。


「ねぇ、シオン」


呼びかけても返事はない。

えぇ…仕方ないわよね。

だって、私は死んでしまったのだから。


自覚すると、刺された胸がジクジク痛む気がする。


まったく…さすがソルアート様ね。

迷いなく急所を貫くなんて…ああ、でも…。

あの後、もし正気に戻ったら…。

ソルアート様は…きっと。


「…死んで償うなんて、償いでもなんでもないんですよ」


きっと彼が選ぶであろう未来を想像して、開いた胸が痛くなる。


「…ねぇ、シオン」


懲りずにもう一度声をかけて、今度は後ろからギュッと抱きしめました。


「泣かないで、可愛いシオン」


私の声は届かないかもしれない。

けれど、泣いているあなたを放っておけない。


「もし私の事で泣いているなら、気にしなくて良いのよ。だって、ほら!もうこんなに元気!」


死んでるから元気も何も無いのかもしれないけれど…そこは置いておきましょう。


「シオン、私の可愛い義弟。義姉様はあなたの笑った顔が見たいわ」


そう告げると、泣いているシオンが消えて、楽しそうに笑うシオンが現れた。


「義姉様!今日はどんなお話をしてくれるんですか?」


あぁ…そうなのね。これは…


私の目の前を小さな少年が歩いて行く。

なんとなくその後に続くと、彼がこちらを振り返り、その手を差し出しました。


「手を。ここは少し足元が不安定だからな。気をつけて」


その澄んだ青は、子供の時から変わらない。


「…えぇ、ありがとうございます。レイシス殿下」


手を乗せると彼はフワリと微笑み、私は涙が滲むのを感じました。


「まったく…これくらいで悲鳴をあげるとは。情けないですね」


背後から声が聞こえて振り返ると、そこには花束を持ったライクス様が立っていました。


「次代の王妃たるもの、虫くらいで動揺しないでいただきたいものです」


むぅぅぅ!

この言い方!相変わらず意地悪ですわ!


「嫌いなものは嫌いなんですもの!仕方ありませんでしょう!?…ま、まぁたしかに…ちょっと騒ぎすぎだったかもしれませんけども…」


こんなやり取りも、懐かしい。


「…だいぶ上達しましたね」


隣から聞こえた声に振り返ると、ソルアート様が滅多に見せない微笑みを浮かべていらっしゃいました。


「あとは実践です。私を倒してみてください」


「えっ!?む、無理ですわ!ソルアート様を倒すなんてっ!」


「義姉さーん。頑張ってー」


シオンってば…他人事だと思って!


でも…そう。いつもこんな風に、あなたは…。



「アナイスは…本当にシオンが好きね」


お母様…。


「それを言うならシオンもだろう?まるで本当の姉弟のようだ」


お父様…。


えぇ。えぇ、そうでしょう?

私は凄く幸せでした。

お2人のもとに産まれて、シオンと姉弟になれて。



親不孝者でごめんなさい。

置いていってしまって、ごめんなさい。

もっと一緒にいたかった。

もっと幸せになりたかった。



私の記憶の中の皆に、泣きながら縋り付く。


言葉の代わりに、嘆く声が聞こえる気がする。


あなたの、声が…。


「…シオン」


義姉様…義姉様…と呼ぶ声がする。

それはあまりにも悲痛で…苦しそうで…。


だから、気づけばこんな事を呟いていたわ。


「ねぇ、シオン。辛い事は忘れていいのよ。その代わり、私に愛されていたって事。それだけは絶対、忘れないで」



私の愛を…覚えてて。

大好きよ、シオン。




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