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「ていうか……私じゃなくても課長の彼女役なら志願者多数じゃないですか。その中から選んで下さいよ」
「言っただろ。母親に紹介するんだ。俺の趣味をある程度理解してくれてる人じゃないとダメだ。すぐに見抜かれる」
……確かに。
「正直俺の趣味を理解してくれる女性は少ない。大抵の女性は俺の応援スタイルを見ると幻滅してドン引きし、三角コーナーの隅に置き去りにされて腐った野菜でも見るような蔑んだ目を向けてくるんだ。仕打ちはそれだけに留まらない。俺の言動は彼女たちの大好きな噂話の餌食となり、尾ひれをつけて会社中の誰もが知ることとなるだろう。そうなると非常に厄介なことになる。ま、これは俺がこの趣味をカミングアウトしてない理由の一つなんだがな」
……一理ある。
「それに、俺に好意を持ってる女性が彼女役だと困るんだ。趣味をネタに脅されたりしたら後々面倒だろ?」
……その通り。
「その点お前は何の問題もない。俺の応援スタイルを見てもいつも通り接してくれているし、弟のお陰でアイドルについて多少の知識もあれば耐性も付いている。俺の趣味を面白おかしく吹聴して歩く様子もなく、俺に恋愛的な好意を持っていない。ほらな! これほど条件にピッタリな女性は他にいないだろう!」
いやいや、どうだと言わんばかりの得意げな顔で言ってるけどこれ褒めてないよね? むしろ貶されてるよね? 私はぐっと眉間にシワを寄せながら反撃する。
「あの。さっきからずっと彼女のフリしろって言ってますけど、それって課長の勝手な都合ですよね? 私にデメリットはあってもメリットはありませんよね?」
「……メリットか。メリットは……そうだな。俺のような良い男と付き合え、」
「そうですか分かりました。今回の件、丁重にお断りさせて頂きますね」
「待て待て待て待て冗談だ、冗談!」
帰ろうとした私を課長は慌てて引き止める。私はわざと聞こえるように溜息をついた。
「あのですねぇ、こっちにも都合っていうものがあるんです。大体、私に彼氏がいる可能性は考えなかったんですか?」
課長の動きがピタリと止まり、あっという間に真顔になった。怖い。
「……いるのか?」
「……いませんけど」
あまりの怖さに正直に答えると、課長は安心したように満面の笑みを浮かべる。
「だよな! 正直佐伯に彼氏がいるなんてまったく想像もしてなかった! すまん!」
ピキッとこめかみに血管が浮いた気がした。今すぐSNSでドルヲタだってバラしてやろうかこの残念なイケメンが!! 怒りのせいで少しばかり口調がキツくなってしまうのは許してほしい。だってこの人失礼すぎない?
「そんなにお見合いが嫌なんですか? 会うだけ会ってみればいいのに。もしかしたらドルヲタに理解ある良い人かもしれないじゃないですか」
「ああ、嫌なんだ。俺は……誰とも付き合う気はないから」
一瞬だけ見せた課長の憂げな表情に、触れてはいけないものに触れてしまったような罪悪感を覚える。
「佐伯に迷惑をかけていることは十分わかってるんだ……すまない。でも、俺はお前だから頼もうと思ったんだ」
「いや、私に頼むのはヲタバレしたし条件にちょうど良かったからだって言ってたじゃないですか。都合良く改変しないで下さいよ」
「確かにライブ会場で佐伯と目が合ったから俺はこの件を頼もうと決意した。……でも、佐伯じゃなかったら俺は自ら趣味を暴露したりしなかったよ」
「……は?」
「お前の人柄は普段の仕事ぶりを見ていれば分かる。周りへの気配りを怠らず、いつも笑顔を絶やさない。真面目で勤勉、努力家。何より、商品の魅力を最大限に伝えようと試行錯誤している姿、案が通らなくても次に向けて前を向く姿勢。その点は他の社員から一目置いているんだ。だから俺は個人的に、お前は信頼のおける人物だと思ってる」
課長は私の目を見るとやわらかく微笑んだ。
「お前だから頼むんだよ、佐伯莉奈」
私は膝の上に置いた両手をぐっと握った。……ここでその台詞はズルイでしょ。殺し文句もいいとこ過ぎる。
課長が言ったことは自分の中で常々心掛けていたことだった。まさか誰かに気付いてもらえるなんて思ってもみなかった。それが、こんなにも嬉しいなんて……。
「……い、一日だけですからね」
「……やってくれるのか!」
課長の声が弾む。上手く丸め込まれた気がしないでもないがしょうがない。
これが弱冠三十歳にして課長職を務める男のプレゼン力というやつか。恐ろしい。
「いやぁ良かった。これでもし了承してもらえなかったら地方の支店に飛ばすぞとか言って脅してやろうかとか思ってたからさ」
……ってそれ完全にパワハラじゃねーか。職権濫用反対!!
「とりあえず交渉成立ってことで乾杯しようよ。ほら、グラス持って!」
私は目の前に置いてあったグラスを仕方なく持ち上げる。機嫌の良いイケメンスマイルを放ちながら、青柳課長は嬉々として言った。
「二人だけの秘密に、かんぱーい!!」
グラス同士のぶつかる音が波乱の幕開けへの合図のような気がして、私は引き受けたことを早くも後悔していた。




