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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
6曲目:恋はサイリウムと共に
38/40



「青柳さん」


 名前を聞くと、心臓からギクリと変な音が聞こえた。


「今日あの人、リトプリのドームライブに行ってるんでしょ?」

「……なんで」

「まぁ、今の時代ちょっと調べたら分かるよね。SNSの恐ろしさっつーのかな。あれは個人情報の巣窟だ。気を付けないとマジでヤバイよ」


 市川は顔の前で手を組む。


「莉奈が青柳さんのこと気にしてんのは最初から気付いてたよ。もちろん二人が付き合ってないって知ってからも。だって、そうじゃなきゃ写真見せた時あんなに必死にならないだろ? ましてや、会いたくもない元カレとわざわざ会って口止めしようなんて思うはずない」

「…………」

「最初から答えなんて分かってた。お前、今日来た時からずっと思いつめた顔してるし」


 はぁー、と深い溜息を吐き出すと、市川は心底呆れたように言った。


「ていうかさ、どこがいいんだよあんなアイドルオタク。確かに顔は整ってるけど性格は腹黒いし面倒くさいしアイドルに夢中だし、その割に意外と嫉妬深そうだし。付き合ったら絶対苦労するぞ?」

「うん」

「そのうち推しのグッズとかCDとか買わせられて、ヲタ芸の練習にも付き合わされるぞ?」

「うん」

「何より、アイドルが好きすぎて自分に振り向いてくんないかもしれないんだぞ?」

「……わかってるよ。あの人が私を好きにならないって事は」


 そうだよ知ってるんだよ。だから私は自分の気持ちに気付かないふりをして、上から無理やりフタをしてきたのに……ギュッと膝の上の両手を握った。


「あーー…………」


 突然、市川が唸り声のようなものを上げ、自分の髪をぐしゃぐしゃと掻いた。柔らかそうな茶色い髪が乱れている。


「俺ダッセ。別れた後も未練たらたらだったくせに何も行動出来なくて。今頃になって動いたら邪魔することしかできないなんて。……自分が情けなくて嫌になるわ」


 邪魔するって……一体なんのことだろう。困惑する私に、市川は説明するように言った。


「ごめん。俺、わざと二十四日(今日)を選んだんだ」

「え?」

「事前に調べて、Little(リトル)Princess(プリンセス)のライブがあるって知ってたから。だから莉奈と会うのをその日に選んだんだ。あの人リトプリの熱狂的なファンだから、公演中なら邪魔されないだろうと思って。その隙に口説けばワンチャンなんとかなるんじゃないかって。……でも、考えが甘かったみたいだな」

「え?」


 市川は窓の外を指差す。下を向いた指先を辿ると、時計台の周辺で誰かを探すように右往左往している一人の男を見つけた。黒地に青と金のラインが入ったコスプレのようなマントを着けていて、たくさんいる通行人の中ではかなり目立っていた。もちろん悪い意味の方で。


「は……はあっ!?」


 あまりの衝撃にテーブルを叩いて立ち上がる。なんでっ、なんでここに青柳課長がいるの!? リトプリのドーム公演はもうとっくに始まってる時間でしょ!?


「俺の最後の悪足掻きに付き合ってくれてありがとな」


 焦る私とは反対に、市川は落ち着いた様子で話し出す。まるでこうなる事が分かってたみたいだ。


「大丈夫。元々勝算の低い賭けだったし、俺の事は気にすんな。当時の誤解と俺の気持ちを知ってもらえただけで満足だから」

「……翔」

「行けよ。あの人、莉奈の事探してるぞ」


 市川は笑って言った。


 胸の奥の方で、ずっと何かが引っかかっていた。翔と別れてからずっと、悲しみや怒りの他の何かが。好き勝手にパレットに出した絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような得体の知れない感情が、胸の奥に引っかかったままずっと取れなかったのだ。

 その原因はたぶん翔と話を……いや、翔に自分の気持ちを言ってなかったからだと今になってようやく分かった。


「翔の話、聞こうとしなくてごめんね。……信じきれなくてごめん。逃げてごめんね」


 私の言葉に、翔は目を丸く見開いた。


「あれ以上傷付きたくなかったの。本当の事を知るのが、お前なんか好きじゃないって言われるのが怖くて。だから逃げた。でも、私の我儘のせいでずっと翔を傷付けてたんだね。その事にすら気付かなくて、自分ばっかり被害者ぶっててごめんね。……それでもこんな私のこと、ずっと好きでいてくれてありがとう」

「…………」

「私もね、翔のこと本当に好きだったよ」


 私は笑った。ひどく不格好な笑顔だったかもしれないけど、とにかく笑った。


「……俺も。莉奈のこと本当に好きだった」


 翔も笑顔を浮かべていた。私と同じような、ひどく不格好で歪な笑顔。それでも、私の心はスッキリしていた。


 ああ……ようやく、長く拗らせた私と彼の恋が終わったのだ。


 私は勢い良く立ち上がると出口に向かって走り出す。前を向いて、真っ直ぐに。もう後ろを振り返る必要はなかった。

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