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待ち合わせの時計台の下に、市川は私より先に立って待っていた。
今日の服装はベージュのオープンカラーシャツに黒のパンツという、いつもよりシックな装いだ。パーカーやシャツという比較的ラフな格好に見慣れていたため、なんだか新鮮に感じる。私が来た事に気付くと笑顔で片手を挙げた。
「よっ」
「早いね」
待ち合わせの時間まではまだ十分ほどの余裕がある。
「ま、俺は紳士だからね。相手を待たせるなんて言語道断なわけよ」
「昔はよく遅刻して来たくせに何言ってんだか」
「それはあれだよ……大人になったんだよ」
久しぶりに軽口を叩くと少しだけ緊張が解けたような気がした。なんとなくだけど、市川も。
「少し早いけどもう行く? 店予約してるんだよね」
「ああ……うん」
私は時計台を見上げる。高い位置にある秒針は狂う事なく刻々と時を刻んでいた。……課長と史裕は今頃ドームの中でライブが始まるのを今か今かと待っているのだろうか。そろそろコールでも叫び出したかな。あの独特の熱気に包まれてテンションは最高潮に達していることだろう。
「莉奈?」
名前を呼ばれてハッと我にかえる。
「ごめん、なんでもない」
そう言って私は市川の隣を歩き出した。
連れて来てくれたのは、駅直結のビル内に入っているイタリア料理のお店だった。
窓から見える景色が綺麗で、さっきまで居た時計台も見下ろせる。土曜の夕方ということもあって人通りは多く、彼らの動きを上から見るのはなかなか面白かった。
「どう? ここ、結構人気らしくてさ。頑張って予約取ってみたんだ」
「うん。眺めもいいし雰囲気も良い」
「だろ? もうちょっと暗くなると夜景が綺麗なんだって。料理も美味しいって評判で、お前の好きなパスタの種類も多いらしい。ネットに書いてあった」
市川はメニューを広げながら言う。
「……それ、わざわざ調べたの?」
「そりゃ調べるよ。好きな女と来るんだもん」
恥ずかしげもなく言いきった。市川って……こんなことサラッと言えるやつだったっけ? 私は戸惑いながら考える。いや、どっちかっていうと照れ屋だったはず。こんなこと言える性格じゃなかった。海外での生活で学んだのだろうか。
「どうした?」
「いや……市川ちょっと変わったなって思っただけ」
当たり前だけど、お互い知らない事が多いんだな、と離れていた年数の長さを実感した。窓の外は、夕暮れのオレンジ色から濃紺の空に変わりつつある。
「基本は変わってないけどな。……ていうか、それ言ったらお前だって変わっただろ?」
「私?」
「そう。なんか雰囲気変わったし……綺麗になってて焦った」
「ほら、そういう気障なセリフ。昔は絶対言ってなかった」
「……そりゃ、言わなきゃ伝わんないってこと痛感したからな」
私は何も言えなかった。
「今日ごめんな。突然でびっくりしたろ?」
「まぁ、ね。ここ何日かは色々悩んでた」
「焦んないでいこうって思ってたんだけどさ……他の男の隣にいるの見てたら我慢出来なくなったんだ。ほんと、自分勝手だよな」
「そんなことは……」
途中で止まった言葉の代わりに私は窓の外を眺める。
「俺はさ、あの頃のこと本当に後悔してるんだ。向こうに行ってもお前の事が忘れられなかった。諦めきれなかった。それくらい好きなんだ」
「市川……」
顔を向けると、真剣な顔をした市川が私を見ていた。秘めた心を映したような視線に私は思わず目をそらす。外に建っている時計台の針は相変わらず正確に動いていた。
「そんなに気になる?」
「えっ?」
「時間。さっきから時計台ばっか見てる」
「それは……」
咄嗟に否定出来なかった。だって私は市川の言う通り、さっきからずっと時間ばかりを気にしてる。市川は全てを悟ったように、諦めたような笑みを浮かべた。




