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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
5曲目:一難去ってまた一難
31/40





「はいこれ。こないだの写真」


 時間通り午後イチで現れた市川翔を嫌々ながら応接室まで案内し、机を挟んで向かい合う。その場で渡してハイサヨナラで済むはずなのに、説明があるとかなんとか理由をつけられ、結局ここまで案内するはめになったのだ。裏で先輩達となんらかの取り引きがあったのではと疑ってしまうのは、私の心が荒んでいるからだろうか。


「ご足労いただいてありがとうございます。でも、データでも良かったんですよ?」


 気持ち悪いほど満面の笑みを浮かべた市川翔に、写真が入った茶色い封筒を受け取りながらチクリと嫌味を言う。だってわざわざここに来る必要ないよね? こんなの時間の無駄でしょ?


「いやいや、クライアントに現物を渡すまでが仕事だからね。最後まで責任持って仕事するってのが俺のモットーだし」


 そんな〝帰るまでが遠足です〟みたいに堂々と言われても困るんですけど。


「……てかいい加減その喋り方やめない? 誰もいないんだしさ」

「仕事中ですので」

「うわ〜、相変わらず頑固」


 頑固で悪かったな。いいから早く帰れ。私は無言で訴える。


「ちなみにこれは個人写真のサンプルで、こっちが集合写真のサンプルね」


 市川は無言の訴えを無視して机に写真を並べ始めた。イベントの参加者はみんないい笑顔を浮かべていて、彼女たちの喜びや会場の楽しげな雰囲気が伝わってくる。メイクで自信がついた彼女たちの笑顔が一人一人輝いて見えて……悔しいがなかなか良い写真だった。当たり前だけどコイツ、仕事は真面目にやってるんだなぁ。


「あとこれ、お前にプレゼント」


 すっと差し出された写真には、着ぐるみの私と青いマスクを付けた課長のツーショットが写っていた。しかも、よりにもよってドアップだ。おそらく撮影場所に移動するため支えてもらっている時のものだろう。


「その写真よく撮れてるだろ? ウサギの着ぐるみ似合ってるぞ。可愛い可愛い」


 褒められてもまったく嬉しくない。むしろ完全にバカにされているのがわかって腹立たしい。大抵、人が同じ言葉を二回繰り返す時は嘘をついている可能性が高いのだ。


「記念にそれやるよ」

「……いらないんだけど」

「なんで? 可愛いって言ってんじゃん」

「着ぐるみ姿褒められても嬉しくないし」

「ははっ、そりゃそうか」


 素の状態で答えると、市川は嬉しそうに笑った。その笑顔が昔よく見ていた笑顔と重なって、懐かしさにちょっとだけ胸が痛んだ。まぁ、そう思っても許す気はさらさらないけれど。私は手帳にメモを書き込む。


「何それペンギン?」


 市川は不思議そうな顔をして私の手元を指差して言った。私が使っているのは課長から貰ったあのダサいボールペンである。


「そういうの趣味だったっけ?」

「青柳課長から貰ったの。文句ある?」

「青柳課長ねぇ……」


 市川は不機嫌そうに眉をひそめると、そのままの顔で続けた。


「そういや今日あの人いないの?」

「急な出張が入ったみたいで朝からいない」

「ふーん」


 先輩の言っていた通り、課長は急な出張で朝出勤すると部長と共に空港に向かった。昨日の夜遅くに突然部長から連絡が来て、同行を頼まれたそうだ。三日間は戻れないらしい。


「で? 付き合ってどれくらい?」

「は?」


 突然の質問に私の顔は険しくなる。


「仕事中に何バカなこと言ってんの? 関係ない話はしないで」

「それくらい教えてくれても良くない?」

「この場で話す事じゃないでしょ!? ……もう、なんなのよ。こうやって会いに来たりうちの先輩に変なこと吹き込んだり。迷惑だからやめてくれる?」

「それもしかして打ち上げの時の? 俺たちが付き合ってたって話?」

「それ以外ないでしょ!!」

「だってその方が都合良かったたんだよ。あわよくば協力してくれるかなって思って」

「はぁ?」

「それよりさぁ」


 言っている意味が分からなくて更に険しくなった顔の私に向かって、市川は射抜くように言った。


「お前、本当にあの人と付き合ってんの?」

「っ、」


 何でそんな事を聞いてくるのか、その意図は不明だが鋭い指摘だ。動揺を隠すように、私は伸びた長い髪を耳にかける。


「付き合ってるけど……悪い?」

「ふーん?」


 市川はジロジロと観察するように私を見た。その居心地の悪い視線に思わず眉をひそめる。市川は意地悪そうにニヤリと口角を上げて言った。


「知ってた? お前、嘘つく時耳に髪かける癖あんの」

「っ!?」

「だからすぐ分かんだよ」


 く、癖!? 私にそんな癖あるの!?


「この前青柳課長が付き合ってるって言った時その仕草してたからもしかしてって思ったんだよね。癖変わってなくて良かった」


 私は言葉を失った。……知らなかった。嘘つくの下手だって自覚はあったけど、もしかして皆この癖のこと知ってたからバレバレだったの?


「やっぱ付き合ってなかったか〜。うん、良いこと知れた。今日来た甲斐あったわ〜っと。ついでにこれ。もう一個プレゼント」


 急に上機嫌になった市川は鞄から新たな写真を取り出すと、着ぐるみツーショット写真の隣に並べた。


「っ!?」


 自分の顔色が変わったのがわかった。


 その写真には、ステージに立つリトプリと観客席でサイリウムを両手に狂喜乱舞する三人の姿が写っていたのだ。黒地にラインが入ったマントを羽織り、それぞれ違う色のマスクを着用している。


「これ」


 市川は青いマスクをした男を指差しながら言った。


「青柳課長だよね?」


 語尾に疑問符は付いているものの、すでに確信を持ったような口調だった。


「俺、あの人と初めて会った時からずっとどっかで見た事あるなって思ってたんだ。そしたらこないだのイベントで青いマスク付けてただろ? それで気付いたんだよね。あ、あの人ライブで見た事ある人だって」


 私は口を一文字に結んで無言を貫く。


「仕事でアイドルの公式写真の撮影とかも頼まれてて、ライブ会場とかイベント会場によく行くんだ。もちろんリトプリのライブにも行ったことあってさ。これもその時に写り込んでたみたいで。なんていうか、あの人たちって目立つだろ? それで見比べてみたら……ほら、髪型とかはちょっと違うけど、ホクロの位置が一緒だ」


 指を動かして二つの写真のホクロを指摘する。当たり前だが、それは同じ右目の下にぽつんとあった。動かぬ証拠である。


「俺はこういうの楽しそうでいいなって思うけど。みんなは青柳さんがこういう事してんの知ってんの?」

「…………」

「もしかして内緒にしてる感じ?」

「…………」

「なるほど。まぁ確かに周りから色々言われそうだし、隠しておいた方が賢明かもね」


 市川には心の中が読める能力でもあるのだろうか。一言も話してないのにズバズバと言い当てられる。


「ってことで莉奈の連絡先教えてくれない?」


 腹黒い笑みを浮かべて言い放った。いや、なんでそうなる。接続詞の使い方間違ってるし。


「俺、莉奈とゆっくり話がしたいんだよね」

「……何が目的なの」

「だから前から言ってるだろ? 俺はただ莉奈と話がしたいだけだって」

「私は話すことなんて何もない。ていうか名前で呼ばないでよ」

「いいの? これ、みんなに知られちゃっても。バレたらヤバイんでしょ?」


 市川は二枚の写真を手に持ったまま言った。……これは完全なる脅迫だ。訴えたら絶対勝てるやつ。そもそもこれが課長だなんて認めてない。


「もし……その写真が課長だって言ったとして、会社のみんなが信じると思う?」

「どうだろう? 普段とは似ても似つかないし信じない人も多いかもね。でもまぁ、多少の醜聞にはなるんじゃない?」


 悪びれもせず言った市川に目を見開く。


「あの若さで課長でしょ? なら、周りにそれを面白く思ってない人は多いだろうから。この写真が失脚のきっかけになるってのはありえる話かもよ?」


 私は苦虫を噛みしめたような顔で市川を睨んだ。こんな事を平気で言えるなんて最低。……でも。私は二枚の写真を見つめる。


 この写真がばら撒かれて変な噂が流れたら。課長は傷付くに決まってる。ただアイドルが好きで一生懸命応援してるだけなのに。偏見を持った人たちに好き勝手に言われて傷付けられるなんて、そんなの私は絶対に嫌だ。


 小さく溜息をつくと、私は無言でスマホを出した。しぶしぶながら市川と連絡先を交換する。


「ありがと」


 市川は例の写真を机に置いた。私は奪うように手に取る。


「じゃあ連絡するから。都合良い日に飯でも行こう。奢るよ」


 満足そうに笑うと、ようやく市川は応接室を出て行った。……もう本当に最悪だ。なんなのアイツ。あんな卑怯なヤツだったっけ? ああ、あんな性格だから平気で嘘ついて浮気したのか。納得したわ。でも、こんな脅すような真似してまで私に執着する理由が分からない。


 深い溜息をつく。リトプリに向かって熱い想いを捧げている写真の中の課長に、私は軽くデコピンをした。

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