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私は自分の部屋で先日の言動を猛反省していた。
あのイベントの日、灰音姫を見て感じた気持ち。課長に対して抱いた、モヤモヤとした黒い感情。……あれは完全に嫉妬だ。
……いやいやいやいや! 課長の彼女でもないのになんてこと思ってんの!? しかもその感情を本人にチクチク言うなんて自分勝手!! 思い違いも甚だしい!! 何やってるんだ私……ありえない。それに、課長の推しだからって理由で天下の人気アイドル様に嫉妬なんて失礼すぎるでしょ!!
でも、市川に対して私と付き合ってるとか偽彼女の期間延長だとか言い出す課長も課長だと思うんだ。まるで人の心を弄ぶみたいにさ。いや、分かってるけどね。市川から付き纏われないように言ってくれたんだっていうのは言われなくても分かってるけどね。ただの善意で、私に対してそういう気持ちがないってことはちゃんと分かってるけどね。
はぁ〜と深い溜め息をついた時だった。
「ぐああああああああああ!! リトプリの王宮舞踏会チケットオオオオオオオオオオオ!! 奇跡的に取れたあああああああああああ!! 一公演だけだけどおおおおお! 残り全滅だったけどおおおおお!!」
史裕が発狂して叫びながら部屋に押し掛けてきた。近所迷惑になるから叫ぶならもう少しボリュームを抑えてほしい。
「やっばくない!? これマジでやばくない!? えっ、マジでやばくない!? いやぁ、毎日神社に願掛けに行ってた甲斐あったわ〜!! あの倍率の高さから取れたなんて奇跡としか言いようがねーよ!! やっぱアレだな、俺の愛がリトプリと神様に通じたんだな!! 遠征費とグッズのためにバイト代貯めといて良かった!! 推しのATMとして実力が発揮出来るぜ!!」
史裕は一人でうんうんと頷く。推しのATMって……一応そういう自覚はあったのか。
「ていうか俺マジで人生の運全部使い果たしたんじゃね!? サイン色紙まで手に入ったし!! えっ、死ぬの!?」
そう。私は数日前のイベントで頂いたリトプリのサイン色紙を、家に帰って史裕に譲ってあげたのだ。せっかく家にファン……じゃなくて騎士がいるんだから、私より騎士が持っていた方がお互い嬉しいだろう。アホで可愛い弟への、私なりのサプライズプレゼントだった。言わずもがな、史裕は発狂した。ちなみに、
『…………俺、姉ちゃんが俺の姉ちゃんで良かったって今初めて思った。ありがとう』
というのが、サイン色紙を渡した直後に史裕から言われた言葉である。……正直ぶん殴ってやろうかと思った。
だってこんな感謝の仕方ある? 私が姉で良かったって初めて思ったって腹立つわ。私いつもあんたの面倒見てあげてるでしょーが! まったく。姉の厚意を台無しにしやがって。薄情な弟だ。
これは余談だが、リトプリのサイン色紙は神棚の隣に堂々と飾ってある。おかげで史裕には、その色紙に向かって毎晩祈りを捧げるという謎のルーティンが出来てしまった。
「マジ今日のトゥイッターのTLとトレンド当落の内容で埋まってる。当たった人と落ちた人の差がハンパねぇわ」
史裕はスマホを操作しながら言った。
「うわ、もう転売ヤーやら譲りますやら譲ってください系出てんじゃんふざけんな! こんなことしちゃ姫たちに合わせる顔がないだろーが! 騎士なら違法チケット絶対ダメ!! そもそも電子チケットだからすぐバレるっつーの!」
そっか。今日が当落発表の日ってことは、今頃課長も結果がわかって何かリアクションしてるってことだよね? ……どうだったんだろう。ものすごく楽しみにしてたし、当たってればいいけど。まぁ、明日会社に行けばわかるか。
そんな事を考えていると、テーブルに置いていたスマホが高々と鳴った。画面を見て思わず眉をひそめる。
青柳湊士。
表示されていたのは、たった今頭に思い描いていた人物の名前だったからだ。……まさかとは思うけど、当落の結果報告だろうか。ありえる。むしろそれしかない。
「もしも、」
『リトプリの王宮舞踏会チケット当選したぞおおおおおおおおおおお!!』
私の声は興奮した課長の声にかき消された。第一声でわかるように、やっぱり当落の報告電話だったらしい。おそらく明日まで話すのを我慢できなかったのだろう。
『さすがに全通は無理だったが初日の一公演と最終日の一公演が取れたんだっ!! 信じられるか? 一番倍率の高い二公演だぞ!? これで記念すべき初ドーム公演を姫たちと一緒にお祝い出来る!!!! つまり、姫たちの夢が叶う瞬間に立ち会えるんだ!! ああ! なんたる幸運!! 幸せ過ぎてやっぱり俺はもうすぐ死ぬのかもしれない!!』
「無事に取れたみたいで良かったですね」
アイドル好きな人はみんな思考回路が同じなのだろうか。似たような台詞をたった今ここで聞いたばかりだ。
『弟くんの方はどうだった?』
「初日の一公演だけ取れたって言ってました。あとは全滅だそうです」
『そうかそうか! あの倍率の中一つでも取れて良かったな! 七月二十四日、彼女たちの新たな伝説の始まりを共に祝おうじゃないかと伝えておいてくれ!!』
後ろで史裕が「もしかして金騎士様!?」と騒いでいるが、とりあえず無視を決め込む。
『ネット上ではさっそく転売屋が動き出してるらしい。いくら姫君に会いたいからって、そういう違法な方法でチケットを購入するなんて騎士の風上にも置けない。そんな違法チケットで舞踏会に行くなんて姫君に対する冒涜だ。そんなやつに騎士を名乗る資格はないからな』
「ええ、史裕も同じようなこと言ってました」
『おお! さすが莉奈の弟だ!』
「……っ!」
〝莉奈〟
当たり前のように呼ばれた名前に胸がキュッと締め付けられる。偽物だけど、私はまだ課長の彼女なんだと思ったら乙女心がくすぐられてしまったのだ。
『……そういえば。こないだの打ち上げに来てたぞ、彼』
課長は突然思い出したように言った。こないだの打ち上げとは、先日行われたCharme発売記念イベントの反省会を兼ねた飲み会の事だ。そして〝彼〟とはおそらく市川ことだろう。あれは社内だけでなく参加した企業の皆に声を掛けていたはずだから。私も誘われたけど、これ以上アイツと関わりたくなかったので断ったのだ。有志参加だったしね。
『俺は顔だけ出してすぐに帰ったけど、彼はこっちの方チラチラ見て気にしてたな。お前を探してたか、あるいは何か聞きたかったのかもしれない』
「……そうですか」
うん、やっぱり行かなくて良かった。私の判断は間違っていなかったらしい。
『あれから何かされてないか?』
「はい。特には」
『そうか。こないだの牽制が効いてればいいけど……もし何かあったらすぐ言ってくれ。対処する』
「はい。ありがとうございます」
そんな日が来ないことを祈りながら、私はお礼を言った。
『悪かったな、突然電話なんかして。この感動と嬉しさをいち早く伝えたかったんだ』
「ははっ、大丈夫ですよ」
『じゃあまた明日。会社でな』
「はい。失礼します」
私は小さく溜息をつくと「えっ、もう切ったの!? 俺も金騎士様と話したかったのに!!」と騒ぐ史裕を部屋から追い出した。




