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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
4曲目:再会は突然に
28/40





「……は? 着ぐるみ?」


 会場ではプロのメイクさんによる実演が始まり、参加者がメイクによってキラキラと輝きを増していく。順調にイベントが進む中、私は彼女たちの姿を舞台袖からそっと見ていた。そんな時、「佐伯! ちょっと来てくれ!」と慌てた様子の主任に呼ばれた。そのまま一緒に控室に向かうと、「頼む! 今からこれを着て記念撮影に参加くれ!」と頭を下げられ着ぐるみを差し出された。呆然として聞き返すと、主任は力説を始める。


「そう! 我が社のマスコットキャラクター、美を司る白ウサギの妖精ベルちゃんだ!!」


 妖精のような羽と衣装を身に付けた白いウサギの着ぐるみ。遊園地の風船配りでよく見るそれ──まぁあれよりは質のいい素材で出来てるが──は、今では覚えてる人の方が少ないんじゃないかと思われる我が社のマスコットキャラクター。当時の流行に乗っかって作った所謂ゆるキャラである。何故今頃になってこんなものを用意したのか……答えは簡単、社長が突然思い出したからだそうだ。こちらからすればただの迷惑である。


「実はこれを着る予定だった社員が体調不良で来れなくなったって急に連絡が来て……。サイズ的に身長160cm以下の女性しか着れない仕様でさ。条件に合うのこの中じゃ佐伯しかいないんだよ。我が社のピンチを助けると思って頼む! この通り!」

「はぁ……まぁ、いいですけど」

「ホントか!? 助かるよ佐伯ありがとう! 悪いけど時間がないんだ。十分以内に着替えてくれ! 最後の集合写真を撮る時が出番だから、時間になったら誰か迎え寄越すから!!」


 着ぐるみ着用時の注意を読みながら渡された半袖シャツと短パンに着替え、とりあえず首元までウサギの妖精に変身する。全ての人の綺麗を叶える妖精ベル。そういえば居たよなぁこんなキャラ。今さら忘れ去られたキャラを出してくるなんて社長もどうかしてるよね。本人に聞かれたらクビになりそうな愚痴を心の中で吐いていると、コンコン、とノックが鳴った。


「はい」


 返事と同時に開いたドアから現れたのは、青いマスクの青柳課長だった。顔だけ人間で首から下が着ぐるみという、夢と希望に満ち溢れた子供にはあまり見せたくない格好をした私を見て揶揄うわけでも動揺するわけでもなく、真剣な顔でこぼした言葉は「リトプリ……尊い」だった。通常運転である。


 課長は両手で顔を覆いながら天を仰ぐと「ああ……尊い……尊すぎる……あの美しさは尊いとしか言いようがない……控えめに言って最高だ……神様リトプリを生んでくれてありがとうございます」とうわ言のように繰り返す。


「課長が来たってことはそろそろ出番ですか?」


 ゆっくりと両手を外した課長が私の顔を見た。


「ああ。もうすぐ記念撮影が始まるそうだ」

「わかりました」


 ていうか迎えが来るとは聞いていたけど、それが青柳課長だったとは聞いてない。私は溜息をつきながら白ウサギの頭を被った。


「おお、中々似合ってるぞ」


 課長は感心したように言った。いや……褒められても嬉しくないんですけど。私は着ぐるみの中で顔をしかめた。課長に付き添われながら会場へと移動し、舞台袖でスタンバイする。つーか頭は重いし視界は狭いし蒸し暑いし息苦しい。司会者が撮影のアナウンスを始めたので、すぐに出番が来るのだろう。


「頑張れよ」


 そう言ってコン、と小さく頭を叩くと、青柳課長は私の手を取ってゆっくり歩き出す。硬い着ぐるみの生地で分からなかったけど、さっき頭に乗せられた手のぬくもりを思い出した。





 うう……今すぐシャワーを浴びたい。


 無事に撮影を終えた私は控室に戻って着替えを済ませると、とりあえず制汗剤を体中に振りかけた。こんな状態になるとは思ってなかったけど、とりあえずポーチに入れてて良かった。着ぐるみの中は予想以上に暑く、脱いだあとは汗だくだった。体力はごっそりと削られ、脱水状態の体は悲鳴をあげている。ゆるキャラがこんなに大変だったとは……全国の着ぐるみの中の人、本当に尊敬します。


 ミネラルウォーターで喉どころか全身を潤していると、さっきの事を思い出した。


 写真撮影の時、ちょうど私の斜め下に灰音姫がいたのだ。青柳課長の推しプリである、あの灰音姫だ。被り物で視界が悪くてもわかる手足の細長さと顔の小ささ。つり目気味の大きな目を青系のアイシャドウとアイライナー(もちろんCharme(シャルム)のコラボ品、数量限定灰音カラー)で彩った彼女はクールビューティーという言葉がよく似合う、まさにシンデレラの名にふさわしい美少女だった。途中まで私をエスコートしていた青柳課長は彼女の姿を崇拝するように見ていた。私にはわかる。あのマスクの下はデレデレに緩みきっている、と。そして頭の中ではリトプリの曲を流しながらコールとヲタ芸を延々と繰り返しているのだ、と。まぁ、推しがあんな至近距離にいて叫び出さなかったことは褒めてもいいだろう。


 灰音姫は近くに並んだ女の子達に話しかけたり、握手してくださいという声に快く応えてあげたりとサービス精神旺盛な良い子だった。おまけに立ち位置を間違えた着ぐるみの私に気付いて「ベルちゃん、もうちょっとこっちだよ」と優しく言って正しい位置に案内してくれたのだ。これにはとても感動した。まだ十代なのになんて出来た子なんだろうと。それに、周りへの気配りも上手くて驚きだ。それに比べて私は……。


 そういえば、ライブで見た時リトプリのみんなは汗をかいてても綺麗だった。というか、キラキラと光る汗までも演出の一部のように輝いていたのだ。同じ汗なのに今の私とは天と地ほどの差がある。……なんだか不公平だ。いや、人気アイドルと私なんかを比べること自体間違ってるんだろうけど。


 コンコン


「……はい」

「お疲れ」


 くだらない事を考えていると、ノックが鳴って課長が入ってきた。正直今一番会いたくない人だった。誰だってこんなボロボロな姿を見られたくはないだろう。


「……お疲れ様です」


 不満げな私とは違い、青柳課長はマスクを外した満面の笑みを見せながら口を開いた。


「いやぁ、最高だったな! 参加者もみんな笑顔で楽しそうだったし、イベントは大成功だ!! それにまさか灰音姫をあんな近くで拝見出来るとは……!! あの時、俺の頭の中では〝再会は突然に〟が頭の中でエンドレスリピートされてたんだ!! 俺と姫たちの再会が歌詞と合ってたからな!!」


 あ、やっぱり。私の予想は当たっていたらしい。


「しかもこれを見てくれ!! リトプリが今日一緒に仕事した我が社のメンバー全員にサインを書いてくれたんだ!! 信じられるか!? さすが騎士を大切にする姫たちだよな!! ……家宝だ……これは家宝にしよう!! うん、やはり今日は俺の命日かもしれな……いやダメだ! ドーム公演までは死んでも生きる!!」


 一枚の色紙を見せながら熱く語る課長は本気で嬉しそうだった。その様子を見る私の心はなんだかモヤモヤしている。……私が推しに近付けば、課長は私のことも少しは見てくれるのだろうか。なんて。


「どうした?」

「……いえ。どうやったら灰音姫みたいになれるのかなぁと思いまして」

「灰音姫?」

「はい。年下ですけど美人で気配りも出来る良い子ですし、頼りになるし努力家だし目標にしてみようかと」


 さっきから私は何を言ってるんだろう。こんなバカなことを考えたって意味ないのに。子どもみたいに、自分の感情がコントロール出来ない。


「年が上だろうが下だろうが優れている点は見習うべきだ。でも、お前が彼女を目標にする事はないんじゃないか?」

「そうでしょうか……」

「灰音姫は灰音姫、莉奈は莉奈。比べる必要はないだろ?」


 人と比べる必要はない。それは確かにそうなんだけど、今のはそう言うことを言ってるんじゃなくて……ああもう。この人は乙女心が本当にわかってない。このポンコツ。顔だけ詐欺師。イケメンの無駄遣い。


「灰音姫はクールビューティー担当だけど、本当は誰よりも甘えたがりで可愛いものが大好きな子なんだ」

「え?」

「でも、最年長でリーダーっていう責任感が強くて。つらくてもひたすら練習して、人の何倍も頑張ってグループをまとめているんだ。だから全力で応援したくなる。ああ、その点は似てるな。莉奈も努力家で何事にも一生懸命だ。でも……」


 課長は考えこむように言葉を区切ると、割と真剣な顔で言った。


「莉奈の場合、応援っていうより守ってやりたいって思う気持ちの方が大きいかもな」

「なっ!?」

「今日だって来れなくなった社員の代わりに着ぐるみ着るの引き受けただろ? だから俺、付き添い役を買って出たんだ。何かあったらすぐ助けられるように」

「えっ!?」

「そんな出番はなかったけどな。慣れないベルの役をまっとうして、イベントの参加者に愛想良く手を振って。撮影のポーズもちゃんと決めて。一生懸命頑張ってるお前はカッコ良かったよ」


 せっかく冷えた体に熱が戻った。頭がくらくらする。


「俺は、莉奈は莉奈のままがいいと思うぞ」


 そう言ってふわりと笑みを浮かべる。……優しい笑顔は反則だ。


「……はい」


 私は小さな声で返事をするのが精一杯だった。俯いて、呼吸を整える。


 ああ……お願いだからもうこれ以上私の心を乱さないでほしい。


 だってそうじゃないと私、青柳課長の事……好きだって認めなくちゃいけなくなるから。

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