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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
4曲目:再会は突然に
23/40



 私と課長の仮初かりそめの関係は終わった。終わったはずだった。


「佐伯さん!!」

「は、はい?」


 出社一番、私はしかめっ面の怖い顔をした社内の女性陣に呼び止められ、あっという間に囲まれた。その中の一人が深く息を吸うと、詰め寄るように言葉を放つ。


「単刀直入に聞くけど、佐伯さんって青柳課長と付き合ってるの!?」

「……は?」


 私の口がだらしなくもポカンと開いた。私と青柳課長が付き合ってる? いやいやそんな事あるわけないじゃないか。まぁね、確かに昨日までは事情があって彼女のフリしてたけ…………え。ま、まさかそれがバレた!? 気付いた瞬間、血の気が引いた。


「見たって人がいるの! 昨日、駅前のスーパーで課長と佐伯さんが一緒に買い物してたって!!」


 嘘でしょお!? まさかの目撃者が社内に!? やっぱり駅前は人目が多かったか……と今さら後悔したって後の祭りである。いや、見られたのが水族館デートの方じゃなかったのが不幸中の幸いとでも言うべきか。


「ええと、いや、それはその……」

「ねぇ、どうなの!?」


 ヤバイ。女性陣の圧が強すぎて潰されそう。だ、誰か助けて!!


「そんな所で何してるんだ?」


 聞き慣れた低い声に、私たちは一斉に振り返った。黒髪のセンター分けに涼しげな目元、色気のある泣きボクロ……。


「青柳課長!」


 課長の登場に一気に黄色い声が飛び交う。少女漫画に出てくるヒーローのような完璧なタイミングで現れた課長は、私の焦り顔を見て状況を察したらしい。イケメンは修羅場慣れしてるのだろう。課長は空気を和らげようとしたのか、軽い調子で彼女たちに話しかけた。


「みんなで集まってどうした。女子会か?」


 まぁ……その内容は少しズレているみたいだが。私に詰め寄っていた総務課の先輩は恋心を抱いているであろう本人の登場に臆する事なく「あの!」と大きな声を出した。


「なんだ?」

「青柳課長、昨日、佐伯さんと二人で駅前のスーパーに居ましたよね?」


 ズバリ。先ほどもそうだったが、彼女はど真ん中直球ストレートの質問を投げつけた。


「……昨日?」


 課長は顎に手を当て考えるような素振りを見せる。頼みますよ課長〜角が立たないように上手くかわして下さいよ〜じゃないとドルヲタだってことバラしちゃうからな〜と心の中で脅しながら様子を伺っていると、課長は「ああ」と口を開いた。そして、当たり前のように()()を告げる。


「駅前のスーパーだろ? 確かに居たな」

「!?」


 課長はその球をこれまた真っ直ぐに打ち返した。……あ、詰んだなこれ。どこからか人生終了のベルが鳴る。


「でも、別に二人ってわけじゃない」

「えっ!?」


 衝撃を受けて固まっていた女性陣に向かって、課長はマジックのタネを明かすように告げた。


「実は昨日うちの母親がこっちに来ててな。スーパーに買い物に付き合わされたんだよ。そしたら偶然佐伯に会って。話してたら流れで一緒に買い物しただけなんだよ。な?」

「ぅ、あ、は、はい!」


 私は慌てて返事をする。課長のこの説明にはちょっと無理がある気がするけど、今はこれに賭けるしかない。


「本当ですか?」

「本当だよ。母親が佐伯を無理やり連れ回したんだ。昨日は悪かったね」

「……イエ」


 多数から向けられる疑いの視線に、私の心臓は緊張と恐怖でバクバクとうるさかった。


「じゃあ、彼女とは付き合ってないんですね?」

「ははっ。くだらないこと言ってないで仕事しろ、仕事。俺も今から会議なんだ」

「……はい」


 それぞれ納得したようなしてないような面持ちの彼女たちは、課長の一言でパラパラと持ち場に戻って行く。課長もそのまま会議室に入って行った。


 あー……明日からロッカーの服がズタズタになってたりお茶に雑巾の絞り汁とか入れられるのかなぁと悪い方向に妄想を巡らせながら、私も静かに歩き出した。





 二時間後、会議から戻って来た課長の様子が明らかにおかしかった。


 席に着いた課長は両肘を机の上に乗せ、手を口元でしっかりと組んだいわゆるゲンドウポーズをしたまま微動だにしない。その顔は今までにないほど神妙で、周囲にはATフィールドの如く見えないバリアが張られていた。その体から黒く禍々しいオーラが放たれているのは気のせいではないだろう。ゴゴゴゴ、という効果音と何かしらのスタンドが背景に見えそうだ。


 さっき私を取り囲んでいた女性陣も何事かと気にしているが、話しかける勇気はないらしい。それはもちろん私も。


「みんな……ちょっといいか」


 緊張の糸がピンと張り詰めた室内では、小さな声でもよく通る。課長がスッと立ち上がったのを合図に私たちも仕事の手を止める。その場の全員、固唾を飲んで課長の言葉を待った。


「先ほどの会議でCharme(シャルム)の新しいイメージキャラクターが決まった」


 Charmeといえば若者をターゲットにした、我が社が今一番力を入れているブランドだ。由梨子も担当してるし、もちろん私もチェックしている。前のイメージキャラクターは人気モデルの茜ちゃんだったけど、そういえばそろそろ契約が切れる頃だった。


「本来なら我々に最初に来るはずの話だが、今回は会長が自ら先方と交わした契約で、極秘案件だったらしい」


 はぁ〜という深い溜息に、私達の緊張もピークに達した気がした。顔を上げた課長は覚悟を決めたように口を開く。


「新しいイメージキャラクターはLittle(リトル) Princess(プリンセス)という五人組のアイドルグループだ」


 課長の言葉に、私だけがハッと息を飲んだ。

 リ、リトルプリンセスって……リトプリ!? リトプリってあのリトプリなの!? あのお姫様五人のリトプリなのっ!? 私はこれでもかと目を見開く。


「二ヶ月後の発売に合わせてコラボ商品の開発も極秘に進められていたらしく、既に完成してある。それに伴ってイベントの企画があるそうだ。イベントはもちろんうちが担当だ。あとで資料を渡すから各自目を通しておくように」

「はい」

「それと佐伯」

「は、はい!」


 突然の名指しに動揺して声が裏返ってしまったのは仕方ないことだろう。


「悪いが会議室の片付けを手伝ってほしい。四階だ」

「わかりました」


 返事もろくに聞かず、課長は険しい顔のまま部屋を出て行った。残された私たちは緊張感から解放され、ほっと安堵の息を吐く。


「な、なんか今の課長迫力あっねぇ〜」

「あれってたぶん最初にこっちに話が回ってこなかったから機嫌悪かったんだよね? 仕事熱心な所も素敵〜」

「イケメンは怒ってもイケメンだね」


 違うから!! それマジで違うから!! あの人大好きなアイドルが自分の会社のイメージキャラクターに就任したっていう衝撃と嬉しさと興奮を隠す為にATフィールド展開してただけだから!! 気付くとすぐにニヤけちゃうゆるゆるな表情筋をなんとか抑えこむ為に顔面に力入れすぎて眉間にガンガンシワ寄ってただけだから!! 仕事のことなんてこれっぽっちも考えてないからね!? 頭の中にあるのはリトプリのことだけだから! ああもう、こうやって良いように勘違いされるんだからイケメンは得ですねまったく!


 私は心の中で盛大な文句を言いつつ四階の会議室へと向かった。おそらく課長が待っているんだろうなと予想をたてながら。

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