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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
3曲目:決戦は日曜日
22/40





 テーブルに完成した特製オムライスとスープを並べ、三人で食卓を囲む。


「えっ、湊士さんって小学生の頃は女の子に間違えられてたんですか?」

「そうなの! 昔は小さくて華奢だったからねぇ。ぶふっ、湊士ってば運動会の借物競争で上級生の男の子に借り出されたことがあるんだけどね、その子が引いたカードなんだったと思う? 美少女よ美少女! あれは笑ったわ〜!」

「……その話はするなって言ってるだろ」

「はあ? 黒歴史継続中のあんたがこれくらいの話で今さら何恥ずかしがってんの! 恥じるなら今を恥なさいよ!」

「あはは!」


 景子さんは小さい頃の湊士さんの話を楽しそうに語り、食事は和やかに進んでいった。ちなみに湊士さんはひとりっ子らしい。これでちょっと前に考えていた青柳湊士双子説──実は普段の課長が兄で、ドルヲタの課長が弟なんじゃないかという仮説──の可能性は完全になくなった。……まぁ、私だって本気でそんなこと思ってたわけじゃない。あれは現実逃避の一つだったのだ。


「莉奈さんにも美少女湊士見せてあげる! 今度来るとき写真持って来るわね!」


 景子さんの言葉がチクリと胸を刺す。だって、次に彼女と会う機会はないのだから。罪悪感を隠して、私は笑って告げる。


「ははっ……楽しみです」


 隣の湊士さんは黙ってスープを飲み干した。


「湊士」


 今までとは違い、静かに名前を呼んだ景子さんは湊士さんに向き合う。


「なんだ?」

「私ね、正直あんたに彼女がいるなんて嘘だと思ってたの。お見合いしたくないから口から出まかせ言ったんだと思ってたわ」


 気まずそうに視線を泳がせる湊士さんに更に続ける。


「だからこうやってお見合い写真も持参して相手のお嬢さんと会わせる気満々だったんだけどね」


 鞄から釣書と思われる封筒を取り出しチラリと見せると、湊士さんの顔が引きつった。


「でも、今日実際に莉奈さんと会って、貴方達の関係はよくわかったわ。先方には私から断りの連絡入れておくから」

「……母さん」

「それと。莉奈さん」

「は、はい!」


 今度は私に向かってその大きな目を向ける。


「こんな顔だけが取り柄の残念なアイドルオタク息子だけど、これからもどうかよろしくね」

「……はい」


 私の返事に、景子さんは安心したように笑った。





 今日はこのまま景子さんが泊まるそうなので、湊士さんが私のことを家まで送ってくれることになった。


 先日も乗った青いセダンの助手席。甘い香りに包まれながら夜道を走る。


「……今日は本当に助かった」

「いえ。なんとか上手くいったみたいで良かったですね」

「ああ。何もしなかったらあのまま強引に押し進められてただろうからな。……まさか写真と釣書まで持って来てるとは思わなかったし」

「は、ははは」


 確かに景子さんの押しの強さはなかなかだった。でも、明るくて優しくて、息子思いの良いお母さんである。そんなお母さんを騙してしまい、私の胸は罪悪感で押し潰されそうだった。


「でも……お母様に嘘をついたことが心苦しいです」

「それは別に大丈夫だと思うけど……母さんは莉奈のこと相当気に入ったみたいだからなぁ」


 湊士さんは困ったように笑った。


「まぁ頃合いを見て別れたって言っておくよ。莉奈は何も心配しなくていい」

「……はい」


 その言葉がやけに突き刺さった。


 ……そう、か。今日で彼女の役割も終了なんだ。これからはアイドルに夢中になる湊士さんを見ることもなく、ただの上司と部下の関係に戻る。こんな風に名前を呼ぶことも呼ばれることもない。そう考えると少しだけ寂しいような気もして、なんだか胸がざわついた。


 リトプリの曲を聴いていると、車はあっという間に家の前に着いた。近くに停車させた湊士さんは私と向き合うと、ぺこりと頭を下げる。


「今日は本当にありがとう。感謝してもしきれないよ」

「ははっ、大袈裟ですよ。最初はどうなるかと思いましたけど、私も結構楽しかったですし大丈夫です」

「そう言ってくれると助かる。莉奈にはたくさん迷惑をかけたからな」

「いえ、そんな事は……」


 車内に微妙な空気が流れる。気まずいというかなんというか、言葉に言い表せない微妙な空気だ。


「……あの」

「……あの」


 二人の言葉が重なる。こういう時によく起こるあるあるだ。


「そちらからどうぞ」

「いやそっちから」

「いえ、」

「いや、」

「…………」

「…………」


 先に折れたのは、湊士さんの方だった。


「あー、その……なんだ。俺もお前と一緒にいるのは楽しかった。まさか女性と好きなアイドルのライブに行くなんて考えた事もなかったから」


 照れくさそうに頭をかきながら続ける。


「だからその……あれだ。そうだ! 今度お礼にご飯でも奢るよ」

「そんな気を遣わなくていいですよ」

「前に行った店でどうだ? あの店、店主が知り合いなんだ。……というか銀騎士シルバーナイトだからな」

「えええー!?」


 意外な事実を知ってしまった。なるほど。だからこの前もあの店を選んだのか。話を聞かれても大丈夫なように。え、でも待って。店主さんってすごいイケメンじゃなかった? あれ? 最近のオタクさんはイケメン多いの?


「それで……良かったらこれからも、時々でいいから俺と話を……リトプリの話をしてくれると嬉しいんだが」


 湊士さんは私の様子を伺うように言った。


「ははっ。分かりました。私ももう少しリトプリについて勉強しておきますね」

「ほ、本当か!? 何か気になることがあったらすぐに聞いてくれ! DVDも貸すぞ!!」

「いえ、史裕の分もあるんで間に合ってます」


 ぎこちなかった空気も和らぎ、お互いの顔には笑みが浮かんでいた。


「……ではまた。会社で」

「ああ。また会社で」


 静かに走り去る青い車を見送って、ふぅと一つ息を吐く。


 ああ、終わったんだなぁ。


 湊士さんと離れて、改めて実感する。ここ数日の出来事を思い起こすと、なんだか心にポッカリと穴が空いてしまったような気分だ。でも大丈夫。いつも通り過ごしていれば、きっとすぐに穴は埋まるはずだ。


 私はくるりと踵を返すと、家の玄関を勢い良く開けた。

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