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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
1曲目:ミス・ミステイク
2/40


「お願いします!! 今から俺と一緒にリトプリのライブに行って下さい!!」

「…………は?」

「一生のお願いだから!! 聞いてくれたら下僕にでもなんでもなるから!! ホントマジでガチで真剣にお願いします!! あなただけが最後の希望なんです莉奈りなお姉様あああああ!!」


 家に帰って開口一番、仕事でくたくたになった私への「おかえり」という温かい言葉も「おつかれ」という労いの言葉も差し置いて、なんだかよく分からない事を叫びながら土下座なんてものをしているこの男は、残念系男子高校生代表の我が弟、佐伯さえき史裕ふみひろ十七歳である。


「えっと……なに? まずどういう事か説明してくんない? なんで突然ライブ? ていうか誰それ?」


 埋まりそうなほど額を付けていた床からぐおっと勢いよく顔を上げた史裕は、血走った目を見開かせながら大声で言った。


「誰ってLittle(リトル) Princess(プリンセス)だよ!! 姉ちゃんも聞いたことあんだろ!?」

「……リトル……なに?」

「はああああ!? リトプリ知らねぇの!? 嘘だろ!?」


 いまいちピンと来ていない私を信じられないとばかりに目を見開いて一瞥すると、史裕は今にも噛み付きそうな勢いで語り出した。


「〝 Little Princess〟、通称リトプリ! 今人気急上昇中の五人組アイドルグループのことだよ!! ほら、デビュー曲が数ヶ月後にまさかのオリコン一位取ったって話題の!! スマホのCMとか出てんだろ!?」

「……アイドルグループ?」

「そう!! 将来立派な姫になるため日夜修行に励む五人の小さなお姫様!! メンバーにはそれぞれシンデレラ、白雪姫、人魚姫、かぐや姫、眠り姫っていう担当の姫が設定されてんだけど、全員マジで姫レベルの可愛さ!! しかも顔だけじゃなく歌もダンスも姫レベルなわけ!! ちなみに俺の推しプリは人魚姫担当のまりん姫ね!」

「……はぁ」

「デビューした後も初心忘るるべからずとばかりに地元うちのライブハウスで定期的にライブしてくれててさぁ〜。ほら、リトプリって下積み時代この辺で活動してたからその縁で! なんつーか、今で言うご当地アイドル的な? ていうかご当地アイドルからの全国デビューって普通にすごくね? さすがだよな姫ってる!! ……っと、ごめんごめん話が逸れたわ。で、撮影オッケーだったイベントのパフォーマンスを撮ったとある騎士ナイトが……あ、騎士ってのはファンのことね! リトプリのファンはそう呼ばれるんだ! その騎士が動画サイトに上げたんだけど、ダンスの完成度の高さが話題になってわずか二週間で再生回数二百万超え!! それがきっかけでデビュー曲の売り上げが伸びてついに一位を取ったっていう異色の経歴を持つ、とにかく今人気急上昇中の大注目アイドルなんだよ!! 俺もすっかりハマっちゃってさぁ!!」


 プリンセス? ナイト? 姫レベル? 推しプリ?


 ……ごめん、お姉ちゃんちょっと何言ってるかワカンナイ。


 私は出てきた溜息を無理やり飲み込んでから口を開く。


「あのさ、そんなウィキペディアみたいなアイドルの細かい情報はいらないからさ、とりあえずどういうことなのか説明してくれる?」


 私がそう言うと、史裕はしゅんとして話し出した。


「……俺、今日の夜七時からやるリトプリのライブに行く予定なんだけど……さっき、一緒に行くはずだった奴から急用が出来て行けなくなったって連絡があって……ドタキャンされちゃったんだ」

「へぇ。じゃあ一人で行けばいいじゃん」

「行けるならそうしてるっつーの!! でも今日のはダメなんだよ。今日の公演は騎士同士の仲を深めるための相棒公演、ペアチケット制。……つまり、二人一組じゃないと入場出来ないんだよ!! 幸い、チケットの名義は俺だし同行者の登録はしなくていいから誰が行っても大丈夫なやつなんだ! だから姉ちゃん!! 俺と一緒にライブに行って!!」

「やだ」

「そこをなんとか!! お願いします!!」


 ゴン、という音と共に再び床に頭を付ける。私は見下ろしながら言った。


「やだってば。私仕事帰りで疲れてるし、アイドルなんて興味ないし。ていうかアンタこの前まで違うグループのこと好きって言ってなかった?」

「フッ。時代は流れていくものさ」

「……つまり飽きたってことね」

「違う! リトプリに魅了されたんだ!!」


 まったく。物は言いようである。


「さっきからドルヲタ仲間にSNSで同行者求めてるけど見つからないしドタキャンの連絡来たのマジでさっきだし学校にはそういう友達いないし仲良い騎士は地方住みだし今日は金曜だから社会人と大学生は飲み会やなんやで忙しいって断られたし知らない人はちょっと無理みだし!! だって今日絡んだ初対面の人とライブに行くとかハードル高すぎて無理!! 事件に巻き込まれたらどうすんの!?」


 そういう所は意外と真面目に考えているらしい。まぁ、確かに世の中物騒だからね。


「だからもう姉ちゃんに頼るしか方法は残ってないんだよ!! 花金でも毎週定時退社してくる彼氏もいない合コンの誘いもない、人生に暇を持て余してまくってる可哀想な姉ちゃんに!!」

「人に頼み事してる最中に悪口混ぜるとかアンタいい度胸してるわね!!」

「わー嘘うそ今の全部ウソ!! とにかく本気と書いてマジなお願い! 俺と一緒にライブに行って下さい!! すぐ帰ってもいいから!! とりあえず入場だけさせて下さい! まりん姫が……まりん姫が俺を呼んでるんだ!! 頼むよ姉ちゃんこの通り!!」


 史裕は三度(みたび)頭を床にくっつける。そのドン引きするくらいの必死さに、私は我慢していた溜息をはぁー、と吐き出した。


「……仕方ない。エスポワールの期間限定ティラミスタルトで手を打つわ」

「マジでっ!? ……ってエスポワールのティラミスタルトっ!? あの朝早くから超行列が出来てそれでも売り切れる!? 入手困難って有名な!?」

「文句ある?」

「一ミリもありません喜んで並ばせて頂きます」


 史裕は正座で敬礼をする。


「決まったならさっさと立って。ほら、時間ないんでしょ?」

「ありがとう姉ちゃん!! いや、女神様!!」


 途端に目をキラキラと輝かせて自室へと戻って行った。


 やれやれ。ブラコンのつもりはないけど、私もつくづく弟には甘いなぁ。


 もう一度溜息をついてから、私も出掛ける準備を始めた。

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