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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
3曲目:決戦は日曜日
19/40


 しばらく私をじっと見ていた湊士さんのお母様は、こてんと小首を傾げながら口を開いた。


「あなたなの?」

「は、はいっ!?」

「湊士の彼女っていうのはあなたなの?」

「え、あ、は、はい! そうです!」


 うん、出だしは順調に噛み噛みだ。


「ふーん。それで? 名前は?」

「紹介するよ母さん。俺の彼女の佐伯莉奈さん。同じ会社に勤める部下なんだ。今まで黙っててごめん。俺たちは社内恋愛になるし立場が立場だからあんまり公に出来てなくて」


 すかさずフォローに入ってくれた湊士さんのおかげで少し落ち着いた。右手で片耳に髪をかけながら、練習した台詞を頭に思い浮かべる。よし、大丈夫。私は表情筋をフルに働かせて口を開いた。


「初めまして。ご挨拶が遅くなって申し訳ございません。湊士さんとお付き合いさせて頂いております、佐伯莉奈です。よろしくお願い致します」


 い、言えたああああああ!! 脳内で湧き起こる歓喜の嵐をなんとか抑えつつ、下げた頭をゆっくり戻して営業スマイルを浮かべる。湊士さんのお母様は内心でだらだらと冷や汗を流す私を値踏みするように、頭の上から爪の先までを舐めるように見ると、えらく真面目な顔で呟いた。


「……普通ね」


 はい死んだー!! 今の一撃で私のHPは完全に失われました!! 母親の先制攻撃に為す術もなく撃沈K.O負けです!!


「ああ、違うの。気を悪くしないでね。別にあなたの事を貶してるわけじゃないの。本当よ? ただなんていうのかしら……湊士の好みじゃなさそうだったから。ええと……意外で?」


 申し訳なさそうな顔で言うも、お母様の攻撃は一撃一撃が重かった。もはや全てが必殺技レベルだ。


「ははは。それはほら、子どもの頃食べられなかった珍味が大人になると美味しく感じるようになるのと同じでさ、嗜好の変化ってやつだよ。よく言うでしょ?」

「あらそう。じゃあ今後はゲテモノ好きにならないことを祈るわ」


 あっれれー? 目の前で珍味とかゲテモノとか言われてるんですけど何これ虐め? 親子揃って私をディスってるんだよね? 私怒ってもいいやつだよね? 訴えたら間違いなく勝てるやつだよね? 心の中で愚痴っていると、お母様の目が再びこちらを捉えた。


「あたしは青柳景子(けいこ)。湊士の母よ。今日はよろしくね」

「は、はい!」

「ところで莉奈さん。湊士と付き合ってるっていうのなら、当然湊士の趣味のことは知ってるわよね?」

「え? あ……はい。アイドルが好きだっていうのは知ってます」

「……そう。引かなかった?」


 私はまだ回復しきれていない心と体に鞭を打って笑顔を浮かべる。


「そうですね……。最初に知った時は驚きましたけど……引きはしませんでしたよ」

「あら、もしかしてあなたも珍味好きなの?」

「おいおい、実の息子に向かってそれは酷いんじゃないの?」

「はぁ!? あんたの方がよっぽど酷いじゃないのこの顔だけイケメンな残念ポンコツ男子代表が!! あんたの残念な中身はもはや詐欺レベルよ!! 通報されないだけマシだと思いなさい!」

「……そこまで言う?」

「当たり前でしょ!!」


 湊士さんは苦笑いを浮かべながら言った。


「あー、ほら、立ち話もなんだからどこかへ移動しよう。お店予約してるんだ」

「店? なんでよ。あたしはこのままあんたのマンションに行くわ。最初からそう言ってたでしょ? 予約はキャンセルしなさい」


 な、なん……だと!? 私と湊士さんは目を見合わせる。


「いや、俺の部屋には昼飯食べてから行こうよ。せっかく美味い店予約したんだし」

「だから、最初からマンションに行くって言ってたでしょ? さっさとキャンセルしなさいよ。昼ご飯ならあんたの家で食べるから。ねぇ、莉奈さん」

「は、はい!?」


 突然のご指名に謎の汗が噴き出した。心臓に悪い。


「あなた料理出来る?」

「は、はい。一応」

「湊士に作ったことは?」

「あります……けど」

「その時何を作ったの?」

「えっと、チャ、炒飯です」

「炒飯?」


 お母様の顔が歪む。きっと手抜きの炒飯しか作れないのこの女とか思われているんだろう。うう……こんなことならオムライスとかハンバーグとかもう少し手の込んだもの作ればよかった。あの時の自分を殴りたい。ていうかこんなにバカ正直に言う必要なかったじゃん私のバカ!


「……まぁいいわ。何か適当に作りましょう。もちろん莉奈さんとあたしの二人でね」

「はぁ!? 突然何言ってんだよ母さん!」

「うるさい! これは決定事項なんだから文句は受け付けないわ!! ほら、材料買いに行くわよ!」


 有無を言わせぬ態度でお母様は歩き出す。そのピンとした背中を呆然と二人で見ていると、立ち止まったお母様は振り向いて口を開いた。


「遅い!! さっさと行くわよ!」

「は、はい!」


 シナリオはさっそく頓挫し、即興アドリブ劇へと切り替わった。

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