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♪勝負!(勝負!)勝負!(勝負!)いざ進め!
あの子のハートを掴むため!(ハイ!)
決戦は日曜日〜(超絶かわいい! まりん!)
私の頭の中では昨日リトプリがMスタで披露した新曲がエンドレスで流れている。しかも史裕のコール付きで。これはアイツが録画したMスタを馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返し見ているせいもあるけれど、歌詞の内容が今の私と若干重なっているせいでもあると思う。
……そう。ついにこの日が来てしまったのだ。
青柳課長のお母様と会う、約束の日曜日が!!
私は本日何度目なのかも分からない深い溜息を吐き出した。見上げた空は私の心模様とは裏腹に雲一つない晴天である。
一週間の疲れを癒すための休日にどうしてこんな憂鬱な思いをしなくちゃならないのだろう。朝からキリキリと痛む胃をぐっと押さえて俯くと、ひらりと風に靡く青いスカートが目に入った。そう。今日の私は一味違う。オフホワイトのシフォンブラウスに青いフレアスカート、髪はハーフアップにセットし、給料を貯めて買ったお気に入りのネックレスとお気に入りのパンプスを合わせた所謂勝負服なのである。万年不足気味の女子力を色々な所から無理やり掻き集めて着飾った、対お母様仕様の勝負服。
……この服装に決まるまでの道のりは長く険しいものだった。その証拠に私のスマホの検索履歴には〝彼氏 母親 初対面 服装 好印象〟といった単語がびっしりと並んでいる。だってほら、一応彼女っていう立場でお母様に会うんだから失礼があったら大変じゃない? 課長の顔に泥を塗る訳にもいかないし。
青柳課長、いや、湊士さんのお母様は一体どんな人なんだろう。息子さんの容姿から察するに美女であることは間違いないだろうけれど、性格的な面はまったく予想がつかない。会っていきなり怒鳴られたりしたらどうしよう。ていうか本当の彼女じゃないってすぐに見破られるんじゃない? 勘とかめっちゃ鋭そうだし。だとしたら私はその場で糾弾されて……ってああもう! なんでこんな思いしてまで彼氏でもなんでもない男の人の母親に会わなきゃならないの!? おかしくない!? 昔付き合ってた本当の彼氏の母親にも会ったことないのに! なんで私はこんな重大な役を承諾してしまったんだろう。ああ、緊張と憂鬱とプレッシャーで押しつぶされそうだ。ていうかもう帰っていいかな? いいよね?
脳内でぶつぶつと思い付く限りの文句を言いながら現実逃避しかけていると、プァッパー、というクラクションの音がして一気に現実に引き戻された。目の前に、見覚えのある青いセダンが停まっている。静かに開いた窓から出た無駄なイケメンフェイスは、面白そうに笑顔を浮かべていた。
「眉間のシワ、すごい事になってるぞ?」
「……ほっといて下さい」
ったく。こんな顔になった原因は誰のせいだと思ってるんだか!! 私はクスクス笑う湊士さんの隣に勢いよく乗り込んだ。車内に漂う甘い香りが唯一私を癒してくれる。
「十時の新幹線だって。もうすぐ着く頃だ」
「そ、そうですか……」
「あんまり身構えるなよ。力抜いていけ」
そんなこと言われたって無理に決まってる。不満が更に顔に出ていたのか、湊士さんは私の頭をぽんぽんと撫でた。
「打ち合わせ通りやれば大丈夫だから。俺もちゃんとフォローするし。な?」
ニコリと微笑んだ湊士さんに、気づけば私はこくりと首を縦に動かしていた。……この人の笑顔には拒否権を拒否する魔法でも込められているのだろうか。
……不思議だ。私が頷いたのを確認すると、車は駅に向かって走り出す。
二人で話し合い、考えに考え抜いた今日の予定はこうだ。
まず、新幹線で来る湊士さんのお母様を一緒に駅まで迎えに行って、軽く挨拶を済ませて近くのカフェでランチ。当たり障りのない会話でほどよく時間を潰して、マンションに居る時間をなるべく短くしようという作戦だ。周りに人が居る状況ではあまり変なことは話さないだろうという湊士さんの見立てもある。
マンションに移動してからはお母様からの尋問が予想されるが、そこはどうにか事前の打ち合わせで乗り切ろうと。私たちはそのために、出会いや付き合うきっかけなど、聞かれそうな質問をあらかじめ予想し口裏を合わせておいたのだ。その作業は会議やプレゼンの打ち合わせのようで、ぶっちゃけかなりシュールな光景だった。
ああ、上手くいけばいいけど……私嘘つくの下手だし棒演技だし……嫌な予感しかしない。
「東口の方に立ってるって」
いつのまにか目的地に到着していたらしく、湊士さんはスマホを弄りながら言った。シートベルトを外して外に出ると、憂鬱だった気分が緊張に変わった。ショッピングモールの立ち並ぶ駅前は休日ということもあって大変な賑わいを見せている。
そんな人混みの中であっても、湊土さんのお母様はすぐにわかった。
キリッとした大きな目に顎のあたりで切り揃えられた前下がりのボブ。スラリと伸びた長い足はまるでオーダーメイドのようにすっぽりとスキニージーンズに納まっていて、モデル顔負けのスタイルの良さだ。高いヒールがえらく似合っている。
一目で湊士さんと血が繋がっているだろうとわかった。DNAってすごい。ていうかそれより何より若いんですけど! えっ? 二十歳で産んだとしても五十は過ぎてるよね? それでこんなに若いの!? 嘘でしょ? えっ、何食って生きてんの?
「湊士!」
嬉しそうに手を振るお母様に、湊士さんも手を振り返す。私は慌てて会釈をした。もうすでに心臓が飛び出そうだ。
「久しぶりね。元気にしてた?」
「いつも通りだよ。母さんは聞かなくても元気そうだ」
「あら、なんだか棘のある言い方ね」
「別にそんなことないけど?」
目の前で話す美男美女に見惚れていると、大きな猫目が私を捉えた。