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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
3曲目:決戦は日曜日
17/40


 広報宣伝課は、今日も忙しくフロアを駆け回っていた。私も打ち合わせを終え、今はパソコンの画面とにらめっこをしている。


「佐伯」

「は、はい!」

「確認したい資料があるんだが、ちょっと着いてきてくれないか?」

「わかりました」


 課長に言われ、静かにその後ろをついて行く。すれちがう人にお疲れ様ですと声を掛けながら、課長は長い脚を素早く動かして前を急いだ。


「入ってくれ」


 辿り着いたのは角にある資料室だった。あらかじめ用意していたらしい鍵でドアを開けると、課長はキョロキョロと不審者の如く部屋を見渡す。人がいないのを確認すると、ピシャリとドアを閉めて密室を完成させた。「さて」と切り出すと、大きな声で一言。


「今日は待ちに待ったリトプリが出るMスタの日だ!!」

「……は?」


 先ほどまで凛としていた顔が一気に崩れた。これでもかと上がる口角、キラキラと輝く瞳。私はもう一度同じ単語を繰り返す。


「……は?」

「いや、だから!! 今日はリトプリが初めてMスタに出る特別な日だろ? 朝から緊張と興奮でどうにかなってしまいそうなんだよ!! 楽しみすぎてヤバみが過ぎる!! 生出演まであと十時間二十四分三十秒。落ち着かないんだどうしよう!?」

「いや、私に言われても……」

「どんな衣装でくるのか……可愛い姫系か大人姫系か……なんせ注目度の高いゴールデンタイム、しかも人気番組への生出演だからな。トークは外さないか心配だ……でももし外しても司会者がなんとか繋いでくれるだろうし……ははっ、楽しみだが緊張するなぁ!! おかげで今日は寝不足なんだ!」


 遠足前の子供か。楽しみ過ぎて眠れなくなっちゃう小学生かの子供か。てか出演まで秒刻みのカウントダウンってすごいな。初めて聞いたかも。私は溜息をつきたいのをなんとか堪える。


「ところで課長……確認したい資料というのは?」

「ない」

「は?」

「ないよ。資料なんてそんなのお前とリトプリの話をするための口実に決まってるだろ?」


 ええええ……堂々と言うなよこのダメ上司。我慢した溜息を今度こそ吐き出した。


「すまない、ネットだけでは飽き足らず誰かに話したくて話したくて」


 まぁ、確かに史裕も朝から妙にソワソワしてたし挙動不審だった。ファンにしてみたら一大事なのだろうけど。あ、ファンじゃなくて騎士だっけ? ほんと面倒くさいなこの設定。


「いやぁおかげで少し落ち着いた。お前がいてくれて良かったよ」

「……そうですか」


 他のタイミングで言われたらほぼ間違いなく胸キュンワードなのに、私の胸はびっくりするほどときめかない。さざなみすらも立たなかった。まぁ内容がこれだからね、しょうがない。

 それより、私は明後日に迫ったお母様との(はつ)対面のことで頭がいっぱいだ。この人はなんとも思ってないのだろうか。人に面倒ごと押し付けといて自分はリトプリに夢中とはなんて人だ。あ、なんかだんだん腹立ってきた。


「じゃあ、特に用がないなら私仕事に戻りますね」

「え? ああそうか……すまない」


 ちょっと、そんな寂しそうな顔するのはやめなさいよ三十歳。さっきまであんなにキリッとして仕事してたんだから。リトプリの話がしたいならネット上の騎士仲間で我慢しろ。


「では失礼します」


 私は背を向けて資料室の鍵を開ける。


「莉奈」


 課長は不意に私の名前を呼んだ。ぱっと振り返ると、いつの間に距離を詰めていたのか目の前には濃紺色のスーツ。ち、ち、近い。しかも課長はその細長い腕を伸ばして後ろのドアに手をついた。壁ドンならぬドアドンだ。


「き、急にどうしたんですか青柳課長」

「ん? ちょっとね。日曜日に向けて少しスキンシップをとっておこうかと思って」

「はぁ!?」

「あれ? 女性ってこういうシチュエーション好きなんじゃないの? 少女漫画で勉強したんだけど」


 いやいやいやいやいつも通りの真顔で何言っちゃんてんのこのアイドルヲタク。三十過ぎの良い大人が少女漫画で恋の勉強って! 百戦錬磨の恋愛マスター顔してるくせに少女漫画が教科書って。いや、私も少女漫画好きだけど! いつもときめきを補充させてもらってるけど! ていうかただでさえスペック高いんだから学ばなくてもいいじゃん。どんだけレベル上げれば気が済むの……ってそんなこと考えてる場合じゃなくて!


「……莉奈」


 ちょ、近い近い近い! なんでどんどん近いてくるわけ!? 耳元で熱っぽく名前囁くのやめろ! てか一体どんな漫画読んだんだよこの男!!


「日曜、よろしくな」

「へ?」


 課長は私の頭をポンと軽く撫で、クスクスと意地悪く笑いながら部屋を出て行った。


 残された私は言わずもがな放心状態である。


 ああもう、ホンット何考えてんの!? 何がスキンシップよ何が女性が好きなシチュエーションよ! 一日彼女にそんなオプションいらないんですけど!! イケメン無罪だからって調子にのってるといつか痛い目みるんだからね!


 そして私の心臓! 揶揄われてるだけなんだからいちいちときめくんじゃない! 立場を弁えなさい!! 私は自分を叱責するように両手で顔をパンと叩く。ああもう、振り回されてばっかりだ。

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