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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
2曲目:ロマンチックにはほど遠い
15/40




 青柳課長の自宅は外観がお洒落な五階建てのマンションだった。オートロック式でセキュリティもしっかりしているうえ、2LDKという一人暮らしにしては広い間取り。


 リビングは黒やグレーと言った落ち着いたカラーで統一されているが、やっぱりというかなんというか青い小物がチラホラと見える。だが、ワンポイントとして使っているせいか部屋にしっくりきていて、思ったほど浮いていなかった。


 ……普通だ。むしろ雑誌に載ってそうなお洒落な部屋である。ドルヲタの家って、偏見かもしれないけどなんかこう、ポスターとかグッズとかうちわなんかが所狭しと並んでるイメージがあったんだけど……それらの品はどこにも見当たらない。いや、リビングだから当たり前か。でも史裕は家のリビングにも堂々とまりん姫のポスター飾ってるし、人それぞれってことかな?


 ……それにしても、まさか青柳課長の自宅に訪問することになるとは。とんでもないことになってしまったような気がする。


「お待たせ」


 青柳課長は来客用と思われる白いカップを私と史裕の前に置いた。ダージリンティーの良い香りがする。こういう所はイメージ通りだ。


「史裕くんだったかな? 改めまして、青柳湊士です。三騎士なんて呼ばれてるけどただのアイドル好きなオッサンだから、そこはあんまり気にしないでほしい。推しプリは灰音姫。ただし箱推しでもある。リトプリはそれぞれが魅力的だからな。みんな応援したくなる」


 青いマスクを外し、生き生きとした笑顔で話す課長を、我が弟はなんとも間抜けなポカン顔で凝視していた。


「マ、マスクの下にイケメンがいる!? えっ、金騎士様ってこんなにイケメンなの!? イケメンでドルヲタって有りなの!? ええっ!?」


 史裕は課長を指差しながら私に訴える。うん、驚く気持ちはよく分かる。私もとっくに経験済みだから。


「さっきも少し言ったけど、俺はアイドルが好きな事を周りに言ってないんだ。だから史裕くんも俺の事は他言無用でお願いしたい。約束してもらえるか?」

「はい! 口が裂けても言いません!! 何ならまりん姫に誓います!!」

「ありがとう。お姉さんは俺のこの趣味を知ってる数少ない人だよ。おかげで色々迷惑をかけてしまってて申し訳ないと思ってる」

「ああ、いいんですよこんな姉!! どんどん迷惑かけちゃって下さい」

「おいコラ弟」


 ジトリと睨むが、私のことなんて眼中にないらしい。キラキラした目で課長を見つめていた。いや、コイツ金騎士のことどんだけリスペクトしてんの?


「ていうかさっきの重大発表聞きました? ドームライブ決定っていう大ニュース!! もう超感動ですよね!! だってリトプリがずっと目標にしてた場所ですもん!」

「ああ! 彼女たちの夢がついに叶うなんて……騎士として誇りに思う」

「出来れば全通したいですけど最近の人気からして倍率高そうですよねぇ〜。一公演でもチケット取れれば良いって考えた方が良いかなぁ」

「チケットはかなりの倍率になるだろうな。特に初日と最終日。これは気合い入れて取りかからないと……」


 全通って何だろう。……あ、文脈的に全部の公演に行くってことかな? うん、たぶんそれで合ってるはず。ん? 全部の公演? それって史裕のバイト代だけで足りる? 今回はドームだから遠征費もかかるよね? あらかじめ言っておくけど貸さないよ?


「ところで、金騎士様はいつからリトプリの騎士なんですか?」

「結成当初からだ。それと金騎士様って呼ぶのはやめてくれ。恥ずかしい」

「えっと……じゃあ、青柳さん?」

「うん。それでいい」

「わかりました。あの、結成当初からの騎士ってことはご当地アイドル時代の路上ライブとかにも行ってたり……?」

「ああ。その時は撮影OKだったからな。映像も残ってるはずだ」

「うわマジッスか!? 超羨ましいいいい!!」


 私を置き去りに、二人の会話は盛り上がっていく。


「そうだ。奥にグッズ部屋があるんだが見に行くか?」

「えっ!? 良いんですか!?」


 グッズ部屋。その単語を聞くだけである種の恐怖を抱いた。やっぱりこの部屋に置いてないだけで他の場所にグッズはちゃんとあったのか。そうだよね、あんな熱狂的なファ……じゃなくて騎士様がグッズ買ってないはずないもん。


「こっちだ」


 案外乗り気な課長は私たちを部屋に案内してくれた。グッズ部屋の中は、私が思っていたより遥かにレベルが高かった。


「うわすっげぇ!! 部屋一面にリトプリグッズが……!! ポスター、タオル、Tシャツ、限定フィギュア!! そうか……ここが本当の夢の国か……」

「フッ。なんのためにこの広い部屋を借りたと思ってるんだ。丸々一部屋をリトプリのグッズ置き場にするためだ。ちなみに前までハマっていた歴代アイドルのグッズは実家に置いてある!」


 それを聞いた私は歴代アイドルのグッズ全部入ってるなんて課長の実家広すぎじゃない? と場違いなことを考えてしまった。


「わっ! これデビュー前の手売り千枚限定のCDだ!! オークションだと超プレミア価格で取り引きされてる幻の代物!! 実物を拝める日が来るなんて……感激!!」

「これがさっき言ってた路上ライブの映像だ。初々しい彼女たちの姿、見るか?」

「い、良いんですか!?」

「当たり前だろ? 他にも見たいのがあったら言ってくれ」

「さ、さすが金騎士様!」


 いくつかのDVDを持ってリビングに戻ると、史裕は大画面テレビの前で正座をし、流れる映像を脳に刻み込むかのように釘付けになっていた。


「莉奈」


 課長に手招きされ、私はそっと近付いた。


「なんですか?」

「弟くんが夢中になってる間に他の部屋を案内しておこうと思ってな。ちょっと付いて来てくれるか?」

「……あ、はい」


 歩き出した背中を追いかける。


「キッチンはリビングの隣で、ここが寝室、トイレとバスルームはその奥な。で、ここがさっきのグッズ部屋。この辺はちゃんと覚えておいた方がいい。母さんが追及してくるかもしれないから」

「はぁ」

「で、どうだった? 俺のコレクションは」

「……愛とこだわりはしっかりと感じましたよ。それはもう怖いくらいに」

「ははっ、そうだろうそうだろう!」


 課長は何故か誇らしげだった。いや、別に褒めてないんですけど。


「しかし……お前はやっぱり変わってるな」

「え、それもしやケンカ売ってます? 協力してあげようと努力してる相手に?」

「違う違う! そうじゃなくて。さっきも言ったけど、俺の醜態やあの部屋にある大量のグッズを見ても態度が全然変わらないから珍しいってことだ」

「……ああ。普通の女の子が見たらそりゃドン引きでしょうね。私の場合、似たような部屋を毎日見てますから慣れてるんですよ」

「ははっ! だろうな。でも安心しろ。あの部屋を見せた女性はお前が初めてだからな」


 私を見て楽しそうに笑った課長に思わずドキッとした。あんなヲタク部屋(ルーム)、私しか見たことがないなんて、まるで特別だと言わんばかりのニュアンスだったなんて、そんなの別に嬉しくない。……嬉しくなんてないですからね!

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