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リトプリは誰だって憧れお姫様、ミス・ミステイク、ロマンチックにはほど遠い、そして新曲、決戦は日曜日の四曲を歌いあげると、最後の挨拶の中で、
「ここで重大発表があります。なんとリトプリ! 初の王宮舞踏会が決定しましたー!! 皆様とドームでお会いできる日を心待ちにしております!」
というとんでもないプレゼントを残して去って行ったのだ。どうやらサプライズライブはこの発表のために行われたらしい。まさにサプライズ中のサプライズである。
それを聞いたヲタク……いや、騎士たちの雄叫びはそれはそれは凄まじいものだった。嬉しさのあまり涙を流している人や呪文のようなコールを叫び出す人もいて、私はその勢いにただただ驚いていた。ほんの数十分の出来事だったけど、かなり濃厚な時間を過ごした気がする。
しかしまぁ、リトプリメンバーは細い身体であんなに動き回って疲れてるだろうに。ずっと笑顔でいられるなんてアイドルってすごいなぁ。いまだに熱気の感じられる会場の隅で、私と湊士さんはぼんやりとステージを見ていた。
「王宮舞踏会なんて夢みたいだ! あの広く輝かしいステージに姫たちが降臨すると思うと今から胸が熱くなる……! まずはチケット争奪戦に勝たねば! 全通か? 初日とオーラスは外せないよな! 日程はどうなってるんだろうか? ああ、詳細発表が待ち遠しい!! というか今日のサプライズライブの姫たちも最高だった。くっ、サイリウムがなかったのが本当に残念で仕方ない。あれがあればもっと盛り上がったはずなのに……っと。す、すまない。はしゃぎすぎた」
私の存在に気付いた湊士さんは顔を青くさせた。そして、ペンギンを見た時の私と同じような言い訳をする。
「ほ、本当にすまない。ついテンションが上がってしまってコールまでやらせてしまった……」
「ああ。あれ意外と楽しかったです。でも腕振りすぎて筋肉痛になるかも……コールって結構ハードなんですね。ずっとやってたら体力持たなそうで」
両腕をちょこちょこ動かすと、なんとなく重だるい感じがした。
「でもなんかピッタリ揃った時とか気持ち良かったし、私今妙な達成感でいっぱいです。そしてあの盛り上がり。一体感が半端なくてちょっと感動しました」
「……その、嫌じゃなかったか?」
「嫌っていうか、恥ずかしかったし戸惑いましたよ。心の中で文句たらたらでした」
「うっ……すまん」
「でも、実際やってみると楽しかったです。叫んでスッキリしましたし。ははっ、こういうのって体験してみないと分かんないもんですね。湊士さんの歴代彼女さんはみんな損してますよ」
そう言うと、湊士さんは驚いたように目を丸くした。
「……引かないのか?」
「え?」
「いや……だっていい歳した大の男がこんな風にアイドルの女の子を追いかけて、はしゃいで。気持ち悪いとは思わないのか?」
「そりゃ最初は引きましたよ。引いたっていうか吃驚したっていうか、何してんのこの人とは思いました。ライブ会場で会った時から」
「……お前結構正直だな」
「でも、別に気持ち悪いとは思わなかったなぁ」
私は湊士さんが羽織っている黒いマントを見ながら続ける。
「いいんじゃないですか? こんな風に熱狂的かつ盲目的にハマれるものってそうそうないですし。逆に羨ましいくらいですよ。……それに、さっきは言えませんでしたけど、アイドルについて話す湊士さんは本当に生き生きしてて楽しそうだから。周りなんか気にせずそのまま貫いちゃっていいと思いますよ」
へらりと笑いながら思ったことをそのまま伝えると、湊士さんはマスクの上から口元を抑えた。心なしか青いマスクで覆われていない肌の部分が赤い。
「ど、どうかしました?」
「……いや。今までそんな風に言ってくれた女性はいなかったから。戸惑ってるというかなんというか」
もしかして照れてるのかな。顔が見えないのが残念だ。
「……なんていうか……嬉しいな。……ありがとう」
やんわりと細くなった目に、私の心臓はドキドキと騒ぎ出した。湊士さんの照れが移ったのか、私の顔も熱くなる。
「い、いつまでもここに居るのは迷惑ですからそろそろ行きま、」
「……姉ちゃん?」
後ろから聞こえてきた声に、顔の熱は一瞬で冷たくなった。ちょっと待って、嘘でしょう。振り向かなくても分かる。これは間違いなく我が弟の声だ。
内心で冷や汗を流しながら覚悟を決めて振り向くと、案の定そこには目を丸くして私を見ている史裕の姿があった。
「やっぱ姉ちゃんだ! うわ、なんかウケる!」
「……なんであんたがいるのよ」
「ここにまりん姫がいるからだ」
「ちょっと。そこに山があるからだ的なニュアンスで言うのやめてくんない?」
そうか、そういやこいつもリトプリの騎士だった。そのうち液晶画面突き抜けていくんじゃないかと思うくらい常にガン見しているSNSサイトからこのサプライズライブの情報を入手し、慌てて駆け付けて来たんだろう。悲しいかな、簡単に想像出来た。
「姉ちゃんこそなんでここにいるわけ?」
「そ、それは……」
私は視線をさまよわせる。挙動不審な態度に何か感づいたのか、史裕はニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
「へー、なるほど。そっかそっかそうだよなぁ。いつもだらだらしてる姉ちゃんが休みの日に出掛けるなんて変だとは思ったんだよ。やたら服とか悩んでたしさぁ。なに? デート?」
「ち、ちがっ!」
「ん? ここにいるってことは相手の人リトプリの騎士? だったら紹介してよ! ここは騎士として一言挨拶しなき……」
私の後ろで黒マントを羽織っている湊士さんの姿を確認すると、史裕の動きが一瞬完全に停止した。数秒後、動揺を露わに慌て出す。
「は!? な、な、なんで!? なんで姉ちゃん如きがそのお方と一緒にいるんだよ!?」
「……そのお方って?」
「はぁ!? マジで知らねーの!? 青マスク、青金ラインの黒マントに青いサイリウムといえば俺たちの中で思い浮かぶのはただ一人。リトプリ公式ファンクラブ小さな騎士団の公認幹部である伝説の三騎士! そのトップである金騎士様だよ!!」
スリーナイ……ゴールド……なんだって??
「金騎士、銀騎士、銅騎士の三人は伝説の三騎士と呼ばれていて、俺たち騎士のリーダーであり憧れの存在なんだ。その圧倒的なパフォーマンス力と応援マナーの良さは有名で、リトプリ結成当時からトップに君臨する三人組だ。公式にもちゃんと認められてるしな」
えーっと、つまりはヲタクオブヲタク。ヲタクの中のトップスリーってことね。ていうかいちいち厨二病みたいな名前をつけるのはやめてほしい。
「で!? なんでそんなレジェンド様が姉ちゃんなんかと一緒にいるわけ!? ありえねーんだけど!!」
「あんたさっきから姉に向かって失礼すぎない? ライブに付き添ってやった恩、もう忘れたの?」
史裕の暴走は止まらない。
「えっ、ま、まさか彼氏!? なに! もしかしてこないだの舞踏会がきっかけで付き合うことになっちゃったとか!? やっべ、俺キューピッドじゃね!? てかそしたら俺の義兄さん金騎士かよ!? 何それ最高すぎて死ねる!!」
「なっ、ち、違うわよ!! この人は会社の上司なの!! しかも義兄とかバカじゃないの!? あんたの頭はどこまで飛躍すれば気が済むの!! 勝手なことばっか言うのはやめてよね!!」
「か、会社の上司いいいい!? 金騎士様が!? 嘘だろ!?」
まぁ確かにこんな状態になったのはお前のせいだけどな!! あの時お前のライブに付き添ってなければ今頃ここにいないけどな!!
「いやマジで嘘だろ!? ま、まさかこんな間近に金騎士様がいたなんて……!」
わなわなと感動に震える弟に対して大きな溜息をつく。あーあ。なんで私の周りにはこういう残念な感じの人間しか集まってこないんだろう。え? 類は友を呼ぶ? うっさいほっとけ! 史裕はようやく外したマントを丁寧に畳んでいる湊士さんの近くに走って行くと、がばりと頭を下げた。
「は、初めまして! 姉がいつもお世話になってます。えっと、ボクは佐伯莉奈の弟で佐伯史裕です。推しプリであるまりん姫の護衛を担当してます」
ちょ、やめてよ。急にボクとか言ってるんですけど。急に猫かぶってるんですけど。私が言うのもアレだけど、頭大丈夫か我が弟よ。
「実はボク、騎士になりたての頃三騎士のコール練習用動画でコール覚えたんです! あれ解説とかすごく分かりやすくて、ヲタ芸打ってる時も超カッケーし、だから、その、今日お会い出来てめちゃくちゃ嬉しいです!!」
湊士さんは自分のマスクに少しだけ触れた。
「そうか、ありがとう。せっかくだから少し話がしたいんだが、ここではちょっと都合が悪い。趣味のことは誰にも話していないんだ」
「あっ、すいません! 俺気付かなくて!」
「場所を移動しないか? 良ければ俺の家に行こう」
「「えっ!?」」
姉と弟の声が重なる。
「マ、マジッスか!? ご迷惑でなければ行きたいッス!!」
ちょっとなんであんたそんな乗り気なのよ!? ていうか湊士さんも、なんで家!? 私の疑問を読み取ったかのように、湊士さんは私に近付くと小さな声で言った。
「言おうと思っていたんだが……実は、母と会う場所が俺の部屋になりそうなんだ」
「え?」
「本当はどこかのレストランだけで済ませたかったんだが……母さんが俺の部屋にも行かないとダメだってきかなくて」
「ええええっ!?」
「彼女が彼氏の家に来たことがないのは変だろ? だから一回来ておいた方がいいと思うんだ。今なら弟もいるし、莉奈も安心だろうから」
「それはそうですけど、でも、」
「何やってんだよ姉ちゃん! 早く行こうぜー!」
こちらの事情を何も知らない能天気な弟は早く早くと手招きしている。
「ほら、弟くんは行く気満々だよ?」
クスクス笑う湊士さんをひと睨みし、へらへら笑う史裕の元へ歩き出す。イラッときたので、通りすがりに「いっで!? ちょ、何すんだ!?」おもいっきり足の爪先を踏んでやった。