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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
2曲目:ロマンチックにはほど遠い
13/40





 本当にここに来て良かったんだろうか。


 そう思ったのは一体何度目だろう。……しかし、そんな事を今さら思っても仕方ない。私は自分で選んでここに来たんだから。


 なんとか間に合った豊崎ビルの特設会場は、どこから集まったのか人、人、人のすし詰め状態。私たちはステージからやや遠い後ろの方に立っていた。ヲタクのネットワークってスゲェや。だってこれゲリラライブ的なやつでしょ? 直前まで発表なかったのに。情報収集能力と行動力が本当にすごい。


 先日のライブ会場ほどではないものの、ハチマキやマントを身に付けたガチヲタ勢も多く、室内には相当な熱気が漂っている。


 もちろんそれは私の隣にいるガチヲタも例外ではない。


 水族館を出てすぐに青いマスク(本人いわく顔バレ対策らしい)を付けた湊士さんは会場に着いた今、小さなメッセンジャーバッグから例の黒マントを取り出し、慣れた手つきで装着を始めている。いやちょっと待ってその小さい鞄のどこに入ってたんですかそのマント。ていうかこんな明るい場所でマントの男の隣に立つのってちょっと、いや、だいぶ恥ずかしいんですけど。なんとなく黒いマントを見て周りが騒ついた気がする。やっぱり幹部だからだろうか。当の本人は鞄をあさりながら焦ったような声を出す。


「しまった!! 俺としたことがサイリウムを忘れた!! ……マスク、マント、サイリウム。この三つは姫の護衛に欠かせない必須アイテムなのに……!」


 何そのヲタク三種の神器みたいなやつ。ていうかいつもそのフル装備持ち歩いてんの? あの小さい鞄の中に? だとしたら質量保存の法則ガン無視だよね? あの鞄、実は四次元ポケットかなんかなのかな?


「サイリウムがないなら仕方ない。手振りでなんとかするか」


 うん、今の呟きは聞かなかったことにしよう。


 私は、リトプリの登場をそわそわしながら待っている隣のドルヲタの横顔をまじまじと見つめる。

 こうやって実物を目の当たりにすると、今更ながらあのライブ会場で見た人は正真正銘、青柳湊士ご本人様だったんだなと納得した。


「そうだ!」


 彼がこちらに首を回す。少年のようなキラキラした瞳と目が合った。


「せっかく来たんだ!! コールの一部を教えるから莉奈もやってみればいい!」

「……コール?」

「簡単に言えば合いの手のことだ。こないだのライブの時、みんな曲の最中に色々と叫んでただろ?」

「ああ、あのハイパーとかヒャッハーとか言う呪文みたいなやつですか?」

「ヒャッハーとは言わないが……大まかに言えばそうだな。ちなみにあれはMIX(ミックス)って言って、主に曲の前奏や間奏で叫んでるものだ。MIXにもいくつか種類があるんだが、代表的なのは英語MIX、日本語MIX、アイヌ語MIXあたりかな。この三つはよく使うから覚えておいて損はない」


 ……覚えておいて損はないっていうか、損しかないような気がするんですけど? 違いも全然わからないし。


「さっき、コールっていうのは曲中に入れる合いの手のことだって言っただろ? その歌詞を歌ってる子の名前だったり、歌詞をそのまま叫んだりするって考えてもらえれば分かりやすいと思う。……例えばリトプリの〝ミス・ミステイク〟という曲に『嘘!なんで?こんな時に会っちゃうなんて神様ったら意地悪ね』という歌詞がある。この歌詞の間にリズム良く嘘!(うそ!)なんで?(どした!)こんな時に会っちゃうなんて神様ったら意地悪ね(超絶かわいい!灰音!)と合いの手を入れていくんだ。ちなみに超絶かわいいの入りは神様ったら、から被せるように叫ぶ。成功すると一体感が生まれて気持ちいいぞ」


 ……分かりやすいような、やっぱり分からないような。


「他にも口上こうじょうやガチ恋口上やら言い出せばキリがないほどあるんだけどな、比較的簡単なコールならすぐ出来るはずだ」


 ……う〜ん、それはさすがに意味が分からない。理解も追いついてないのに出来るわけないよね? だって、こんなの野球初心者の子供がルール説明を受けただけでいきなりメジャーリーガーと対決するようなもんだよ? 勝てるわけないじゃん、絶対。


 しかし、彼は熱血監督の如く私に諦めることを許してくれないらしい。


「姫の顔と名前は覚えてるか?」

「え? えっと、まりんと灰音、それと月花の三人なら……」

「敬称に姫を付けろ!!!! 常識だぞ!!」

「す、すみません!」


 突然本気の声で怒鳴られたので反射的に謝罪する。ええ……なんか急に怒られるとか意味わかんないんですけど。もしかして私地雷踏んだ? ていうか前も言ったけど、そっちの世界の常識が一般人に通用するなんて思わないでほしいんですけど!


「じゃあ今日は姫の名前とリトプリコール。それだけ覚えておいてほしい。そうすれば少しはやりやすいはずだ」

「はっ!?」

「〝あーリトルプリンセス〟の後に続くメンバーの順番は灰音、小雪、まりん、月花、夢真、以上敬称略。大きな声でよろしくな」

「私言いませんけどっ!?」

「恥を捨て魂を込めて叫ぶ。これが姫たちの舞踏会(ライブ)を楽しむ最大のポイントだぞ」


 ウィンク飛ばされても全然嬉しくないんですけど。それよりこの人私の話まったく聞いてくれないんですけど。泣いていい?


『わあああああああああああ!!』


 私が泣きべそをかいていると、曲のイントロを掻き消すような大歓声と共に、ステージに白いスモークが噴射された。短時間でよくこの仕掛けが出来たものだと感心していると、前のライブでも聞いたウリャオイという声が聞こえてきた。


『ウリャオイ! ウリャオイ! ウリャオイ!』


 野太い掛け声が飛び交う中、湊士さんは私の耳元で「叫べば絶対に楽しめるから! リトプリコールいくぞ! せーのっ」と合図を出した。


『あーーーー、リトルプリンセーース!!』

「り、リトルプリンセース」

『地上に降りた五人の姫よ! 今宵も我らがお守り致す! 灰音! 小雪! まりん! 月花! 夢真! あーーーー! リトルプリンセーース!! オーー、ハイ! オーー、ハイ!』


 は、早いよ!! テンポが!! 全然追いつかないうちに終わったんですけど! ていうかメンバーの名前以外にもなんかごちゃごちゃ言ってんじゃん! 湊士さんの嘘つき! 


「あとは音楽鳴り止むまでオーハイの繰り返しだから、ほら!」


『オーー、ハイ! オーー、ハイ! オーー、ハイ!』


 ……恥ずかしい。これやるの普通に恥ずかしいんですけど! 湊士さんの期待のこもった眼差しが憎い。


「……ハイ」

「もっと大きな声で!」

「……オーー、ハイ」

「元気よく! 腕上げて!」

「〜〜っ! オーー、ハイ! オーー、ハイ!」


 やけになった私は勢いよく腕を上げる。もうどうにでもなれと思いながら大きな声で叫んだ。


「いいぞ! オーー、ハイ!」

「オーー、ハイ! オーー、ハイ!」


 あ、あれ? これ……意外と楽しいぞ。なんだか言ってるうちにわくわくしてきて、上げた腕にも力が込もった。興奮と期待が入り混じる声援を全員で上げる一体感に、ぶるりと体が震えた。今まで体験したことのない不思議な感覚だった。


「オーー、ハイ! オーー、ハイ!」


 白いスモークに紛れて五人の美少女の影が蠢く。姫達の登場に会場が一気に湧き上がった。彼女達が立ち位置につくと別の曲のイントロが流れ出し、同時にわああああと歓声が上がる。



 ♩恋をすると(小雪!)可愛くなるの(小雪!)

 あなたのためよ王子様(フッフー!)

 そうよ女の子は誰だってプリンセス(輝き放つプリンセース!)

 だからその手で魔法をかけて(ハイハイハイ!)

 愛という名の解けない魔法を(解けない解けない一生解けない!)



 ……す、すごい。全員一寸の狂いもない、タイミングも声のトーンも手を叩くリズムも全てピッタリだ。もちろんそれは隣から聞こえる声も入っている。


「午前零時の魔法が解けても超絶かわいい! 灰音ー!!」


 なんだろう。子供みたいに大声を出してリトプリを応援するその姿が本当に楽しそうで、湊士さんがキラキラと輝いて見えた。


 前言は撤回しよう。やっぱりここに来て正解だったなぁ。気付けば私も笑顔でリトプリのライブを楽しんでいた。

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