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トレーを返却し、イルカのショーが行われるパフォーマンスコーナーへ向かって歩いていると、ピコン、ピコン、ピコンと湊士さんのスマホが連続で鳴った。その後もメッセージの通知はなかなか止まらない。湊士さんは「すまない」と言ってスマホを取り出すと、内容を確認する。メッセージを読み進めていくうちに、湊士さんの顔色が明らかに変わった。
「……湊士さん?」
彼は歩みを止め、微かに手を震わせながら何かに取り憑かれたようにスマホの画面を凝視している。これはただ事ではない。
「あの……何かあったんですか?」
顔を上げた湊士さんは、温度を極限まで上げたサウナで我慢比べをしている汗だらだらのおじさん達のような苦悶に満ちた顔をしていた。
「じ、実は……。豊崎ビルの特設会場で……リトプリの新曲リリースに合わせたサプライズライブがあるらしくて……。今公式から緊急告知が来た。友人の騎士からも次々に連絡が来てて、騎士たちは大騒ぎだ」
「ええええっ!?」
そ、それは湊士さんにとって一大事なんじゃ!? しかも幹部なんでしょ? と思っていると、湊士さんは魂が抜けたような顔をして言った。
「大丈夫だ。今現場に向かった友人の騎士に俺の分まで姫たちをお護りしてこいって連絡したから。限定グッズがあったら買っておいてほしいとも伝えた。だから気にするな」
いや、そんな力ない笑顔で言われてもまったく説得力がない。本当は行きたいんだよね? それなのに行かなくていいのかな? ていうかいつもだったら飛んで行ってるはずだろうに。どうして今日は……と考えたところでようやく気が付いた。……私のせいだ。湊士さんがライブに行かない、いや、行けないのは。
「さぁ、早くしないとイルカのショーが始ま、」
「行かないんですか?」
「え?」
「リトプリのサプライズライブ。湊士さん、本当は今すぐにでも駆けつけたいんでしょう?」
「………」
やっぱり。この人は私とのデートを気にしてそっちに行けないんだ。こんなに落ち込んでるのに。私のことなんか気にする必要ないのに。
「何私なんかに遠慮してるんですか。行きたいなら行けばいいでしょ」
「でも俺は今、莉奈とデート中だから」
もじもじと煮え切らない態度はいつもの湊士さんらしくない。リトプリ絡みになると主張もテンションも一切ブレないのに。
〝もう誰も傷付けたくないからな〟
その言葉が頭を過ぎった。
彼女たちを傷付けてしまった事は、湊士さんにとってトラウマなのかもしれない。
「湊士さん」
「なんだ?」
「私、イルカのショーより見たいものがあるんですけど。言ったら連れて行ってくれますか? 今すぐに」
「え? そりゃあもちろん。莉奈の行きたいところなら連れてくけど……あれ? もしかして莉奈、イルカは好きじゃなかったか?」
「そんなことより早く行きましょう。豊崎ビルってこの近くですよね? バスより走った方が近いかな。何時に始まるんですかリトプリのサプライズライブは」
「り、莉奈……?」
困惑する湊士さんの顔を見ないようにしながら、ぶっきらぼうに言った。
「私が行きたい所なら連れて行ってくれるんでしょ? 何か文句ありますか?」
「……えっと、」
「ほら、文句ないならさっさと走って!! イルカのショーはまた今度でいいですから!」
今度なんて来ないことを知りつつ、場を収めるためにそう言っておく。私たちは足早に出口へと急いだ。
「莉奈!」
「なんですか? ていうか急がないと本当にヤバいですよ?」
「ありがとな」
嬉しそうな笑顔が何故か直視出来なくて、誤魔化すようにすぐさま前を向く。
「……別に。私が見たかっただけですから」
「ははっ。そうかそうか! ついに莉奈もリトプリに魅了されてしまったわけだな? 順調に女騎士への道を歩んでるようで何よりだ!」
「女騎士になんてなりませんけど!?」
……ほらやっぱり。無理に我慢してるより、あなたはそうやって笑ってた方が全然いいと思う。