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恋はサイリウムと共に  作者: 百川 凛
2曲目:ロマンチックにはほど遠い
10/40


 バスに揺られること数分。着いたのは先日リニューアルオープンしたと地元で話題になっていたマリンパーク・アクアという水族館だった。


 休日ということもあり家族連れやカップルで賑わっている。もしや私たちも周りからは()()見られているのだろうか。いや、彼女役を担ってるんだからむしろそう見られた方がいいのかな? う〜ん、なんだか複雑だ。


 しかも課ち……じゃなくて湊士さんは事前にチケットを購入していたらしく、お金を払うと言っても受け取ってくれなかった。こういう本物の彼女みたいな扱いを受けるのは非常にむずがゆい。でもまぁ、ここはご厚意に甘えることにしよう。


「う、わぁ〜」


 入ってすぐにある、大きな吹き抜けの水槽に私は目を奪われた。太くて丸い筒状の水槽が天井を突き抜けて更に上へと続いている。カラフルにライトアップされた水の中を泳ぐ魚たちはとても気持ち良さそうだ。


「すごい! めちゃくちゃキレイ!!」

「なぁ、知ってるか!?」


 はしゃぐ私に、湊士さんは興奮気味に言った。しかし、視線は水槽とはまったく違う方向へ向いている。


「この水族館のオープニングイベントにはリトプリのまりん姫が招待されたんだ。マリンパークのマリンとまりん姫の名前を掛けたんだな!」


 ……なるほど。リトプリが関係してるからこの水族館を選んだのか。すごく納得した。


「ほら見ろ! あそこ! 受付の上の方! まりん姫の写真とサインが貼ってあるだろ?」


 湊士さんは持参した愛用のカメラでまりん姫の写真とサインをパシャパシャと撮り始めた。この人こういうとこホントにブレないな。


 パンフレットを貰い、私たちは道順に従って歩き出した。クラゲコーナーではぷかぷかと泳ぐクラゲ達の幻想的な雰囲気を味わい、珊瑚礁コーナーでは初めて見るチンアナゴの可愛さに驚愕した。


 砂の中から細長い体をにょきりと伸ばし、水の流れに乗ってゆらゆらと揺れる姿は癒し以外の何物でもない。やばい何これ超かわいい。自宅で飼いたいレベルだ。


 真剣に水槽を見つめていると、隣からクスリと笑い声が聞こえてきてはっと我に返る。……そうだ。隣には青柳課長が居たんだった。すっかり忘れてた。


「つ、次行きましょう、次!」


 誤魔化すように咳払いをして歩き出すと「もういいのか? もう少し見ててもいいんだぞ?」と笑いながら聞かれた。ああ、恥ずかしい。


 天井から壁に掛けてアーチ型に広がる真っ青なトンネル水槽。マリンロードと呼ばれるその道をきょろきょろしながら歩いていると、赤い魚や黄色い魚の群れが目の前を通り過ぎていく。向こうから来た大きな亀が腹を見せながらゆったりと頭上を泳いでいった。まるで竜宮城にでも迷い込んだ気分だった。


「はー……すごい。竜宮城ってこんな感じだったんですかねぇ。神秘的っていうか幻想的っていうか。これじゃ浦島太郎が時間を忘れて居座ってたのもわかるなぁ」

「ははっ。居座ってたって。お前面白いこと言うな」

「あ、そういえばリトプリに乙姫はいないんですよね? なんか居ても良さそうな感じするのに」

「そうだな……確かにいても良さそうだ。乙姫ということは人魚姫の雰囲気に和風の要素を足した感じか? ……いや、でもそうするとまりん姫と月花姫とキャラがかぶるんだよなぁ。そこは個性でカバー出来るか? いやでもなぁ」


 何気なく言った言葉でここまで真剣に悩んでしまうとは。ヲタクの思考回路を舐めていた。


『マリンパーク・アクアにお越しの皆様にお知らせです。只今から休日特別イベント、ペンギン達のお散歩姿が見られるペンギン大行進のお時間です! ご家族連れもお子様もカップルも、是非三階ペンギン広場へお集まりください!』


 館内アナウンスを聞いた湊士さんが私に聞く。


「ちょうど次がペンギン広場なんだが。行ってみるか?」

「はい!」


 マリンロードを抜けた先にあるペンギン広場は、巨大な屋内プールのような空間だった。岩場には数匹のペンギンが寄り添うようにしてちょこんと立っている。もうそれだけで可愛い。あのフォルムがたまらないのだ。


 広場の前は放送を聞いたたくさんの人で溢れていて、みんなペンギンの花道をつくるように両脇に並んでいた。もちろん私たちもその列に加わる。


『みなさーん! ようこそペンギン広場へ! 今からペンギンさんたちがお散歩に出発しますよー! しっかり見守ってあげてくださいねー!』


 ピーー、ピッ! ピッ、ピッ、ピッ! スタッカートの効いた笛を合図に、ペンギン達が私達の作った花道をお行儀良く歩き出す。BGMは元気の良い行進曲だった。


 そのあまりの可愛らしさに、ギャラリーが湧いた。


 よちよちと覚束ない足取りで歩くペンギンの群れ。両翼を広げ危なっかしくバランスを取りながら懸命に前へ前へと歩いている。ペタペタキョロキョロと首を忙しなく動かし、時々立ち止まって私たちに愛嬌を振りまいてくれるこのサービス精神、プライスレス。


 さっきのお姉さんがマイクでペンギンの種類を解説してくれてるけど正直まったく耳に入ってこない。お腹が真っ白いペンギンとか黄色いメッシュの入ったヤンキーみたいな頭のペンギンも可愛いし、グレーっぽくてまん丸なペンギンも可愛い。


「ぎゃああああペンギン! ペンギンが歩いてる!! 一列でペタペタ一生懸命歩いてる!! ええ〜なにこれどうしようかわいい!! かわいすぎる!! かわいいしか言えない!!」


 私は興奮のあまり隣にいた湊士さんの服を引っ張っりながら叫んだ。そしてすぐ、自分の失態に気付く。


「す、すみません! テンションが上がってしまってつい……!」

「あはははは! 莉奈もこんな風になるんだな! うんうん、楽しそうで何よりだ」


 うわ、青柳課長が……湊士さんがおもいっきり笑ってる。会社にいる時の営業スマイルでもなく、アイドルを応援してる時の熱気溢れる笑顔でもなく、面白くて仕方がないというような、子供のような無邪気な笑顔。


「ペンギンが好きなのか?」

「え? ええと、そうですね。歩く姿が可愛くて好きです」

「なるほど」


 ペンギン達は飛び込み台の前に立つと水の中へと次々に飛び込んでいく。さっきまでよちよちと歩いていた愛らしい姿は水の中に入ると一変し、水を切り裂くような勢いでガラス張りの海を泳いでいた。そのスピードと言ったらもう、早い早い。……動物って逞しいんだなぁ。


 ペンギン大行進が終わると、フードコートとミュージアムショップコーナーに辿り着いた。そうだ。史裕にお土産でも買ってってあげようかな。あとで寄ってみよう。


「そろそろご飯にしようか」


 時計を見てみると、お昼の時間はとっくに過ぎていた。どうやらペンギンに夢中になり過ぎて時間を忘れていたらしい。ピークを過ぎたのか、フードコート内はそれほど混雑していなかった。


「何がいい?」

「そうですねぇ……」


 メニューをじっと見つめて悩む。海老と蟹のクリームパスタや海鮮丼なんてものもあるけど、水族館で魚介類を食べる勇気は私にはない。


「マリンパーク・アクア限定マリンランチにします」


 私が選んだのは、観光施設でよくある〝味には期待できないが少々お値段高めの限定〟メニュー。お店側は、限定という言葉に弱い私のような人間の心理をよく分かっていらっしゃる。いやほらだってせっかく来たんだし。デザートにペンギンシャーベットってやつ付いてるし。


「そうか。じゃあ俺もそれで」

「あっ、私お金出しますよ! チケット代も払ってもらってますし」

「俺が払うから気にするな」

「でも!」

「じゃああれだ。()()を引き受けてくれたお礼ってことで。それなら文句ないだろ?」


 それを出されてしまうと私は何も言えない。


「先に座っててくれるか? 後から持ってくから」

「……分かりました」


 私は窓際の席に腰を下ろして、一息ついた。向かい側では小学生ぐらいの男の子がアイスクリームを美味しそうに頬張っている。


 お昼、課長に奢ってもらうならもう少し値段抑えたやつにすれば良かったかなぁ。まったく、課長は女心には疎いけど扱いは慣れてるらしい。慣れてるっていうか、無意識っぽいんだよね。そこがまたタチが悪いというか。


 って……あれ? なんか私、この状況めちゃくちゃ満喫してない?


 課長はお互いを知るためのデートだって言ってたけど大したこと話してないし、私なんかただ本気で水族館楽しんでただけだし。こんな風に過ごしてるだけでいいのだろうか。もっと何か恋人らしいことした方がいいの? いや、恋人らしいことって何!?


 もんもんと考えていると、課長が両手にクリーム色のトレーを持って歩いて来た。


「課長に任せきってしまってすみません」

「いいんだよ。それより呼び方、戻ってるぞ」

「あっ、すみません」

「敬語もなしな」

「……はい」


 そんなこと言われたって課長は上司だし、簡単には直せないって。いや、だからこそここで慣れておかなくちゃいけないのか。()()の時のために。……はぁ。


 課長はトレーを置いて私の向かい側に座った。あっ、ペンギンシャーベットってミルク氷にチョコレートでペンギンの顔が書いてあるんだ! 可愛い。写真撮っておこう。


 課長が来るまで考えていたことはパッと頭から消え去り、目の前のランチに飛びついてしまった。

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