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プロローグ

 ――人生はどうして不平等なのか?


 こんな哲学じみたことをなんの取り柄もない大学生が考えたところで答えには一生辿り着けない。いや、どれだけ頭脳明晰であろうともこの疑問はずっとこれからも解消されないだろう。

 雨粒が激しく傘の布地に打ちつけられる音を聞きながら、家路までの道のりを歩く。

 人によって異なる価値観や人間観があるということは大いにわかっているし、それぞれの環境があることも理解している。中には親が大金持ちで小さい頃から不自由なく、裕福に育ってきた奴もいれば、普通の一般的な家庭ではあるけど、コミュニケーション能力が高い言わば陽キャの奴もいたり……人間には何かしらの特出した長所というものを兼ね備えている。

 だから他の奴が何かしらに長けていても、また別の人から見れば、ある分野が長けていると羨ましがられたり、妬まれたりすることもあると思うが……俺に関してだけで言えば、何もない。家庭環境は最悪で親は早くに離婚し、父の元で暮らしてはいたが、一日中ずっと働き詰め。そのおかげもあって、貧しい暮らしはしてこなかったが、それでも家族というものを身近で触れることは一切なかった。

 特技に関しては、もちろんない。親が多忙ということもあって、部活や習い事もしていないし、勉強もめちゃくちゃできるというわけでもない。

 唯一、人に自慢できることと言えば、超絶美少女な幼なじみがいたことくらいだ。

 生まれた時からずっと一緒で学校ではマドンナと言われるくらいだった子と高校に入ってから流れで付き合うことになったときは本当に嬉しかった。関係性こそ、それまで通りであまり変わることはなかったけど、休日になれば一緒にデートをしたり、最高に幸せのひと時を感じていた。

 この関係は大学に入ってからも続き、いずれは結婚するものだとばかり思っていたのだが……文末の過去形を見て察する通り、破局した。

 最近、デートの付き合いも悪く、メールに対する返信も遅いなと思っていたのだが、ついさっき彼女に呼び出され、唐突に別れを告げられてしまった。

 俺はその予想だにしなかった展開に言葉が見つからず、結果的に引き止めることもできず、大雨が降り頻る中、哲学じみたことを考えて現実逃避するという今に至る。

 多分、彼女の口ぶりだと他に男ができていたのだろう。別れの文句も「他に好きな人ができたから」とか言ってたしな。あいつの容姿であれば、落ちない男子はまずいない。

 ここは幼なじみとして、彼女の幸せを第一に考えるべきなのだろうか。

 自宅である築五十年の木造ボロアパートに到着したところで大きなため息が無意識に出てしまう。

 傘を折り畳み、部屋の前まで向かったところである人影に気がつく。

 ちょうどドアの横で体育座りをしている少女の姿。髪は銀髪のショートボブで見た目は中学生くらいの小柄な体躯をしている。

 それに何より全身びしょ濡れ。着ている服が地肌に張り付いてしまっているくらいの状態だ。

 たしかに今日はいきなり雨が降り出した。天気予報では一日中晴れと出ていたから、外出中に傘を持っていなくても納得はできる。俺の場合は常に折り畳み傘を持ち歩いていたからなんとかなったけど。

 状況を見るに雨宿りでもしているのか……傘がないのであれば、貸してあげるという選択肢もあったのだが、俺は少女の表情を見た瞬間、放っておけない気持ちに囚われてしまう。


 ――泣いて、いる?


 濡れているから分かりづらいが、悲壮感漂う雰囲気は間違いない。

 正直、面倒ごとには関わりたくないし、俺だって今は泣きたいくらいだ。

 だけど……


「君、よかったら部屋の中に入るか? そのままだと風邪引いてしまうかもしれないし」


 考えるよりも先に口が動いてしまっていた。

 それに対し、少女は顔を上げ、しばらくの間俺を見つめたのち、


「……っ」


 コクリと小さく頷いた。



 部屋にあげると、すぐに少女へシャワーを浴びてくるよう指示をした。

 その間、俺は着替えやバスタオルの準備に加え、冷えた体にいいと言われているココアを用意。ついでに飲み物だけじゃ心もとないのでちょうどあった市販にクッキーも付け加えた。

 それから数分が経過し、少女が浴室から戻ってきたところで俺はいろんな意味で驚かされる。

 びしょ濡れでひどい状態だったから気が付かなかったが、めちゃくちゃ美少女じゃねーか!

 肌はきめ細かく、まるで透き通っているかのように白く、瞳は青い。その時に初めてハーフであることを知ったのだが、何より……


「な、なななんでバスタオル姿なんだよ!?」


 着替えを用意してやったというのになぜ着ていない?

 もしかして、日本の文化とはまた違う習慣が身についているのか? だとしたら、ほんと羨ましい国出身の人だな! てか、湯上がりということもあって、若干蒸気しているのがほんと色っぽくて艶かしい。


「? 私を部屋に誘い込んだということはそういうことじゃ……」


 少女はぽかんとした表情を浮かべながら、首を傾げて見せる。


「ち、ちげぇーよ! 俺は別にやましい気持ちなんて一ミリも抱いていないし、大体子どもになんて興味なんかねーよ!」


 背は低いし、胸は貧相だし、どう見ても手を出したらアウトだろ。


「と、とにかく着替え用意してあっただろ? 服が乾くまでそれを着とけ」


 俺は少女の背中を無理やり押しながら、着替えが用意してある脱衣所へと追いやった。



「……」


 少し大きめのスウェットに身を包んだ少女は俺を訝しげな視線でじぃ〜っと見つめながらクッキーをポリポリと食べていた。

 六畳一間という狭い空間の中でかつて体験すらしたことがないほど居心地が悪い。

 それまでスマホのホーム画面を無意味に眺めながらスルーしてきたが、さすがに我慢の限界だ。俺は小さくため息をつくと、少女の方へ顔を向ける。


「何が目的だみたいな顔をしているが、別に何もねーよ。ただ、なんと言うか……放っておけなかっただけだ」

「……変人さん、なの?」

「なんでそうなる?!」


 ただ親切にしてやっただけだというのに変人扱いとは……うぅ、酷い。


「それより、君、名前はなんて言うんだ?」

「…………」

「ああ、はいはい。訊く前にまずは自分から名乗れってことね。俺は暗島惹人(くらしまひきと)。そこの相模原大学に通っている二年生だ」

「……二年生ということは今年で二十歳? 意外に若いんだね。三十くらいかと思ってた」

「俺って、そんなに老けて見えるのか……?」


 なんか普通にショック。別に見た目とかはあまり気にはしていないけど……。


「それで、もう一度訊くが、君の名前は?」

「……ない」

「嘘つけ! あるだろ?」


 どんだけ俺って警戒されてんだよ……。

 少女はココアをひと口飲んだ後、渋々と言った感じで小さく答える。


「……(しずく)

「雫、か。いい名前じゃん。で、苗字は?」

「お、教えない……」


 雫は綺麗な銀髪を揺らしながらプイッと顔を逸らすと、まるで照れ隠しでもしているかのようにマグカップで口元を覆った。

 きまぐれというかクールというか、動物で例えるのであれば猫のような雫に思わず頬が綻んでしまう。

 ついさっきまで幼なじみである元カノに裏切られて、どん底の淵までいたというのに……この子もきっと嫌なことがあったからこそ、俺が性的な目的で家に連れ込んだと思い込み、自暴自棄な部分が出てしまったのだろう。

 何があったのか、本当は話を聞いてやるつもりではあったけど、俺みたいに聞かれたくないことだったら、返って傷付けてしまうかもしれない。

 雫が着ていた服が乾くまでの間は、こうして何気なく過ごそう。

 どうせ短い間の付き合いだ。明日になれば、こんな美少女なんて会うことも関わることもないから……。



 ――と、当初は思っていたのだが、雫は服が乾いても一日が経っても二日が経っても出ていく気配を見せず、あっという間に出会ってから一週間が経過していた。



 これまではそのうち気が済めば勝手に出ていくものだろうとばかり思い込み、スルーしていたのだが、さすがに辛抱できない。

 居間の方でゴロゴロしながらテレビを見ている雫のお腹をべチンと平手打ちする。


「イタッ!? ちょっと何するの?!」


 雫は跳ね起きるなり、文句タラタラな視線を向けてくる。


「いつまで居座るつもりなんだよ! 大体、親とか連絡したのか? さすがに未成年をこれ以上泊まらせるわけにはいかないんだが? 法律的な意味で!」


 たしか未成年は保護者の同意がない限りは、他人の家に泊まった時、その家主が未成年者誘拐罪とかそんな罪名が成立するんだったと思う。

 今までは我慢してきたが、これ以上は俺が犯罪者として警察の方にお世話になってしまうというか、ただでさえ人生負け組なのに、社会的にも死んでしまったらもう生きる気力すら失いかねない。

 せめて社会的には成功したい身だから、ここは大人としても雫をちゃんと保護者の元へ帰さないといけない。


「そう言えば、ヒキ男は私が中学生くらいだと“勘違い”したまんまだったね」

「……勘違い?」

「うん。貧相な体つきをしているから間違えられやすいけど、私二十歳だよ」

「え、マジ?」

「うん、マジマジ。だから、問題ないね」

「そうだな……わけあるかッ! 例え、未成年じゃなかったとしてもどれだけ居座るつもりなんだよ!? こっちは金がない苦学生なんだぞ? 家賃一万五千円のボロアパートで一人暮らしをしながら昼夜バイトに勤しんでいることを知っているだろ!?」


 雫が来てからというもの、単純に考えれば食費や水道光熱費は二倍になっている。

 学費のこともあって、生活もかなりギリギリ水準を保ってきていたというのにこの先も雫が居座ってしまうことを考えると頭が痛くなってしまう。


「あーはいはい。要はお金さえ払えば文句ないんでしょ?」


 そう言うなり、雫はポケットの中から一冊の通帳を取り出す。


「はい、これで当分は足りるでしょ?」


 手渡された通帳を目にした瞬間、息が詰まりそうになってしまった。


「え……え?! こ、これって……?」

「何? もしかして疑ってる? 正真正銘、私の名義だけど?」


 実際に表紙を確認してみると、たしかに雫の名前が書かれていた。苗字の部分はマジックで消されていたけど。


「一億もあれば、十分よね。ということで、これからもよろしくね♪」

「……」


 一体、何者なんだ……?

 同じ歳とはいえ、すでに一億もの貯金があるのであれば、自分一人でもどうにか暮らしていけるとは思うけど……?


「てか、今更だけど“ヒキ男”はやめろ。俺が引きこもりみたいじゃねーか」

「えぇ〜……じゃあ、ヒッキー?」

「いや……とにかくあだ名をつけるのはやめろ。普通に名前で呼べ。いいな?」

「うぅ〜……はーい」


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