第67話 山海の珍味
汜水関攻略軍に組み込まれた一刀たちだったが、その大将である袁術から旗下の輜重隊を統括せよと命ぜられた。
「はい~。私たちや諸侯の皆さまの軍も自前の輜重隊を運用してますが、それぞれが勝手に各地から糧食や矢玉を徴収しては近隣の民の蓄えが尽きてしまいますから。そうならないよう同じ邑から徴収しないように統括して欲しいんですよ~。零陵なら諸侯と政治的に中立ですから角が立にくいですから」
袁術の寵臣、張勲から決定事項ですから、と一方的に告げられたのだった。
「俺たちが補給の責任者になったってことだよな……責任重大だな」
「物資の横流しの責任を押し付けられないよう気を付けねばな。諸侯からの目付を要請するべきだ」
「横流しって……無いとは言い切れないんだろうなあ。大きな軍になると自分一人くらい悪いことをしてもって考える人は出て来るよな」
李梅に言われたことで一刀は厄介な立場に置かれたと気付いた。
「幸い風が客将として付けられたではないか」
「曹操……ここまで見越してて風を派遣してくれたのか」
一刀たちは補佐につけられた風を呼び出すと今後の計画について話し合うことにした。
「俺としてはまず輜重隊の全員を集めて団結意識を深めるのが良いと思うんだけど、どうかな?」
「誰が隊長かを知らしめるのは常道で妥当なのです。でもお兄さんに演説ができるのですか?」
「演説……は出来ないけど、皆でちょっと良い物を食べるとかを考えてたんだ。壮行会で一緒に酒でも飲めば仲間意識が出てきそうだろ」
「輜重隊に酒を配るのは前線の兵から不満が出るのです。場合によっては輜重隊が物資を横領したと讒言される事も考えられます。いっそ、以前霊帝様に献上した料理はどうでしょう? あの胡餅に溶けた乾酪が乗った……」
「ピザか。丸いしその場で切り分けるから皆で同じものを食べてるって一体感があっていいな。そうだ、消費期限……そろそろ悪くなりそうな物を集めて一緒にのせればご当地ピザになって良いかも」
風は眠そうに頷いて同意した。
「それで、兵の団結の次に何をしたいのです? 宴会の差配のためだけに風を呼んだ訳ではないのですよね?」
「諸侯の輜重隊が近くの村から色々買うだろ。それの分配を――」
「それならもう考えてあるのですよ。後で目を通しておいて下さい」
差し出された竹簡を見ると長期の徴発に備えていることが感じられた。
「風はこの戦、長くなると考えてるのか?」
「先日の袁紹殿の茶番を見せられたらそう考えたくもなるのです。自分の派閥人事を固めたら攻城兵器の手配をするでもなく宴会の手配を始めたのですから」
「え、じゃあ俺がさっき言った壮行会も良くないことだったか?」
「いえいえ。袁紹殿の場合はあの勢いで攻城兵器の事を切り出せば諸侯がこぞって資金や人手の供出を申し出たのです。まあ、後で自分から支払いを申し出て太っ腹な所を見せるつもりかもしれませんが」
風は袁紹が政治的パフォーマンスのために軍の進行をコントロールする気があると見ているらしい。これは歴史を知っている一刀も予想していたことだった。
「そうだとしても俺たちがやることは変わらないよな。攻城兵器の見積もりとか組み立ての資材集めも輜重隊の仕事だろ? 上から何を言われても対応できるようにしておかないとな」
「……そこで腐らず前を向くのがお兄さんの良い所ですよ。それはそうと、この前李梅さんが少年兵を訓練しているのが見えましたがどうしたのです? 子供を戦わせるのは感心できることではありませんよ」
「頂佳……は真名だから鄧範な。新野に居たんだけど身寄りが無くなったってことで仕事しながら訓練とか勉強してる。ちゃんと向こうの太守から依頼されてやってるし、何より本人の意志を尊重してのことだ。それに勉強だってすごく飲み込み早いし……身体能力は発展途上だけど、弩の扱いが上手いぞ」
自慢気に話す一刀だったが、それだけの信頼関係が築かれていた。
「吃音だから就職が大変らしいけど、このまま零陵に付いてきてくれればって思うよ。呂強様ならそんなことで差別したりしないし」
一刀がこうもベタ褒めするのだから風も頂佳こと鄧範に興味を持った。
「む~……華琳様もその程度の事は気にしないのです。お兄さんがそこまで言うから風も気になって来ました。会わせては頂けませんか?」
「うん。いいよな李梅?」
「知らない人間と話す練習にもなる。区星が呼んでこよう」
風から受け取った竹簡を読んでいた李梅が席を立つ。
近くで勉強していたのだろうか、あまり待つことなく頂佳がやって来た。
「は、はは初めまして、と、とと鄧範と申します」
「初めまして。風は程昱と申します。昱は日を立てる、と書きます。お兄さんから勉強が出来ると聴きましたが、どういった事を学ばれているのです? 兵卒から将と成るべく軍学ですか?」
「い、いいいいえ。読み書きと計算と、ののの農学の教えを受けています」
ほう、と風は息を吐いた。一刀たちが兵糧の調達や保管のような職業訓練の意味合いの強い内容ではなく、基礎教育から施していることに感心したのだった。
「計算はどのような内容を?」
「ず、ず、図形の面積の求め方や距離、速さ、時間の求め方など、です」
「積や商を正確に計算できるのならそれだけでも華琳様に推挙したい内容ですね……もしその気があるのなら許昌太守の曹孟徳を尋ねてください。ところで農学はどのような事を学ばれたのです?」
「さ、作物は密植させるより、葉に日を当てる方が良いことがあります。また、敢えて競わせ、途中で間引くものもあります」
「……お兄さん、鄧範さんを政戦両略の軍師にするつもりなのです?」
ジトーっとした目で見られる一刀。しかし一刀としてはこの時代で知っていてもおかしくはない程度の教育に抑えたつもりだった。
「いや、これくらい普通だろ。それに農業の方は李梅からだから。俺は植物なんて桜とかチューリップくらいしか知らないし……いや、チューリップはまだこの国には無いよな……?」
「お兄さんが異民族だということをすっかり忘れていました。人材に求める教育がちょっとどころではなく異常なようです……」
その後、幾つかの質問をしてから風は輜重隊のための宴席を手配すると言って退室した。
宴席が始まるまでは一刀たちのような出自の分からない者に従うなど……と内心思っていた連合の輜重兵たちだったが、宴席の後では彼らの評価は一変した。
中でも孫堅配下の兵は李梅のような越人に連なる人間に抵抗感があった。さらに自分たちの出陣式のために用意していた鮑や昆布を分けろと言われたのだから不満は強かった。
「海も見たことが無い奴が干し鮑の料理などできるものか」
「待て、大殿が黙っているぞ……お怒りを堪えておられるのだ」
孫堅の静観に兵がざわめいていた。
しかし風が曹操に頼み、料理人兼護衛である流琉に料理を任せたのだから彼らの不満は消え去った。
「陸の人間にも海の食材を扱える者が居たとは……」
「ぴざ? とやらに乗った海老は揚州から取り寄せてあった物だそうだ。見ろ、海すら見た事のなさそうな奴らですら旨そうに食っているぞ」
「やはり呉の海産物は最高なのだ……おい、そのキノコと羊肉の腸詰めぴざは俺のだ」
自分の食文化が認められている所を見ると故郷愛が顔を出す。さらに同じ釜の飯……ならぬ同じ一枚から切り分けられたものを食べるのだから双方の故郷自慢も始まった。
各軍の輜重兵たちが打ち解けあい始める頃に曹操が現れた。
「上手くいっているようじゃないの。それにしても人数が多いからって庭に卓をいくつも用意して好きな料理の場所に行かせる……斬新な手法ね」
「流琉を派遣してくれてありがとう。お陰で大盛況だ……孫策は酒が飲めないって不満そうだけど」
一刀の居る卓は孫堅を始め幹部要員が集められた場所であり、諸侯の輜重隊長も同席していた。しかし、兵と一緒に食べる、と言いながら孫堅の迫力に耐えられず席を離れていったのが実情だった。そのため一刀たちと孫家とその重臣だけが席についていた。
「私物で持ち込んではいるけどさ~一人だけ呑んでるなんて示しがつかないでしょ」
無類の酒好きである孫策だが、流石に出陣を控えた兵の前で一人だけ呑むというのは憚られた。
「輜重兵が酒を呑んでいたら横領を疑う、という前線の兵の気持ちも分からなくはないのよ。だからこれは完全に私の私物で試作品。受け取ってもらえるかしら」
そう言って曹操が手を叩くと荀彧を先頭に侍女たちが捧げ持った瓶を卓に配り始めた。
突然の事に驚いた兵たちだったが、侍女に促されると曹操の方を向いた。自分が注目されていることを確認すると曹操は荀彧に酒器を差し出して瓶の中身を注がせながら語った。
「供に逆賊を討たんとする同士である諸兄らに、ささやかではあるが曹孟徳より贈り物がある! これは交州の士燮様より製法を伝えられた、江南の異民族が作る米の酒である。心配せずとも諸兄らの主君にも一樽ずつ贈るので毒見と思って呑んでいただきたい」
突然の事で戸惑っている兵たちの前で曹操が一息に酒を呷った。一般の兵士からすれば遥かに上の立場である曹操に勧められた酒を断る訳にもゆかず、同じように酒を呷るが強い酒精に面食らった。
咽る者が居るが咎めもせずに曹操は再び語り掛けた。
「今、大秦の胡餅の上にそれぞれで持ち寄った山海の珍味を乗せて食べているが、それは諸兄が万里の四方から集った証左である。これらの珍味は我らが血肉となり、漢の地その全てから我らは精気を与えられたのだ。漢室を助けんとする、同じ志を持った同胞よ! 産まれた地も年も違えども、今我らが血肉と精気と志は一体である。同志よ! 我らの気高き志は専横者に鉄槌を下すであろう! 漢帝国万歳!」
万歳を三唱した曹操が再び酒を呷ると、感極まった兵たちが曹操の万歳の声に唱和し同じように酒を呷った。
それまでどこかよそよそしさが残っていた諸侯の兵だったが、その後は皆涙ながらに他の軍の兵と故郷や家族の事を語り合った。
「結構なたらしじゃないか、曹孟徳殿」
「勇名を馳せる孫文台殿にお褒め頂けるとは光栄の至り。米酒は呉の焼酎程強くは無いけれど、辛さの後に甘さが残って味わい深いわ。一献どうぞ」
「頂こう。しかし良いのか? 「逆賊の董卓」ではなく、「専横そのもの」を征伐の対象に言っただろう? 暴力による革命と政権交代を容認したと諸侯の間者どもが報告するぞ。それに輜重という兵科ではなく漢の人民としてあいつらに語った。民衆の力で革命を成すという意味にも取られるぞ」
「ええ。私は漢という国を守る臣であって、漢に守られるだけの愚物ではないの。国や誰かの庇護の下に生きながらそれを食い物にするのを許す程、私は寛容ではないの」
「はっ! 違いねえ! それなら私らもそろそろ動くとするかね。この戦は準備運動だ」
曹操と孫堅の物騒な会話を家臣たちが青い顔で見守る中、一刀は聞こえないフリをしながら李梅に尋ねた。
「モンの人って米でお酒作ってたのか? 俺の国でも酒の原料と言ったら米だよ。やっぱり主食が米だからそうなるんだろうな」
「古くは口で噛んだ米を酒の原料にしたそうだ。今は使わんが……この酒は強いから半分貰ってくれ……」
李梅の杯から自分の杯に酒を移していると孫堅に尋ねられた。
「北郷は主催の自分を差し置いて声望を持って行かれても何も思わないのか?」
「え、いや別に何とも思いません……料理を作ってくれたのも曹操に仕えている人たちですし」
「ふーん……ま、困ったことがあったら曹操に頼っちまえ。多少の難題くらい押し付けたって罰はあたらんだろう」
普段は豪放磊落な孫堅だったが、今の声音にはわずかばかりの哀れみが含まれていた。
おかしい……自分のような下っ端に出張とは……
鄧範の真名の頂佳はベラドンナの中文表記のもじりです。花言葉は「沈黙」「人を騙す魅力」「汝を呪う」などです。




