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第63話 箔

「薬の取り締まり程度にしか思われていないから荊州も益州も非協力的なのだと考えますが、如何でしょう?」

 長沙の麻薬対策室で孫権が一刀たちに聴いた。

「そうですね……確かに薬物の恐ろしさを知る機会はまず無いでしょうから。実際に元太守の張津を見た長沙の役人や孫家の方々以外には危機感が薄いでしょうね」

「区星もそう考える。昔、酒は百薬の長だから酒は薬だと言い張って課税しようとした皇帝が居たと聴いた事がある。今回も麻薬、つまり麻は煙で悪酔いするから薬の一種だと言って課税対象にしようとしていると思われているのだろう」

 李梅の言葉に同席していた張昭が感心したように頷いた。

「新の王莽のことじゃな。王莽も悪銭に悩まされ、国有化したきんを担保に高額の貨幣を鋳造して失敗していたのう。復古主義や儒教一辺倒では上手く行かぬという反面教師じゃな。区星殿は若いのによう知っておられるな。うちの若殿ももう少し故事を……っと、年寄りは言葉が長くなっていかんのう」

「先生が興奮しているところを久し振りに見た気がします……ともかく、あの人間を廃人にする薬をどうにかするための部署として出来る事は何かないでしょうか?」

 孫権が張昭のはしゃぎ様に驚いているのを見ながら一刀は考えた。

「ん~……啓発ポスターとかか? でも症状を絵で見ても朱里が読んでた山海経みたいなオカルト本みたいな扱いされそうだしな……いっそ部署の名前を変えてみるのはどうでしょう? 麻薬取締局では恐ろしさが伝わらないなら、例えば連邦捜査局とか」

「連邦……確かに諸王国を統べる漢を指す言葉にはなるやもしれぬのう……しかし少々大袈裟に過ぎるし、何より「捜査」の対象範囲が不透明で役人連中を警戒させてしまうであろう」

 張昭はやや否定的な立場のようだ。

「で、あれば服装の統一と正式に皇帝から使事節を受けたらどうか? 役人が我々の村に来て何かを要求する際はいつも得意げに見せつけてくるではないか。金山を明け渡せだの採掘量を増やせだのと」

「官の立場に居る者として同胞の非礼をお詫び致す。孫呉は呉越同舟以来の百越との友誼を蔑ろには致しませんぞ」

 張昭が李梅に頭を下げた。漢の人間から見ても不当な要求なのだろう。

 その言葉の中で浮かんだ疑問を、一刀は桜桃に耳打ちして尋ねた。

「なあ、百越ってもしかして呉と犬猿の仲だった越のこと?」

「そうですよ。百越というだけあって沢山の部族があります。特に有名なのは干将と莫耶の夫婦ですね。その名を継ぐ鍛冶師が鍛えた刀剣は良く切れるので普段使いにも贈り物にも重宝しています」

「すごい有名どころが……っていうか、刀鍛冶が作った包丁みたいな扱いなんだ。干将と莫耶……」

 一刀が妙な感心をしていると孫権が言った。

「その件はともかく、区星殿の言うように制服を制定するのは妙案だと考えます。民衆にも我々の存在を周知でき、印象付けることで平服になれば秘密裡に捜査できます」

「そうじゃのう……であれば一揃えではなく、戦袍のような外套にするのが良いかと。戦袍は匈奴という異民族との戦いで着る物と知られており、外界から来た薬と戦う衣装と印象付けられる。それに何より、一揃いで統一するより金がかからん」

 張昭が嘆息しながら言葉を結んだ。どこも予算は限られているのだろう。

「柄や色などは後ほど検討しましょう……零陵に届いているのか尋ねたいのですが、交州の南海で不審な船が増えているのをご存知ですか?」

 孫権からの質問は孫家と地縁のある揚州から来た情報のようだ。

 まだ届いていないと一刀が答え、何故南に位置する交州の情報が東の揚州に伝わったのか尋ねると、捕鯨のため台湾や交州方面へ行く出稼ぎ漁師が居るとの事だった。

「漁師によると海賊にしては近付こうとするだけで逃げ、南西諸島の部族とも顔立ちが違うように見えたそうです。例の貴霜クシャーンの間者でしょうか?」

「うーん……私の知る限り、天竺から船で来ようとするとかなり南の陸の果てを通って、しかも季節風とか台風とかの時期を避けないといけないので余程の幸運か現地の案内が無いとどうかと。もし貴霜の間者だとしたら、陸路で南の密林の先に拠点を構えたんじゃないかと思います」

 一刀が私見を述べると孫権の目が細まった。

「姉に語った未来の人間であると言う事、信じがたい内容でしたが……こうも惜しげもなく知識を見せつけられると信じざるを得ません。実は私たちも扶南国の婆羅門僧が貴霜に通じているのではないかと考えていました」

(バラモンソウ……婆羅門僧か。インドの上位カーストだったかな。クシャーンを宗教的に取り込んだのか、それとも支配を円滑にするために取り込んだのか……)

「噂程度のものですが一応覚えておいて頂ければと思います。制服については予算などを見ながら考えておきますのでこれで解散と致しましょう……確か城壁の塹壕見学を希望されていましたね。案内を就けますのでお待ちください」

 孫権と張昭が退室し、しばらく待っていると、侍女にしては小柄な少女がやってきた。

「はいはーい! 塹壕を見学したいっていうのは貴方たちね? シャオが案内してあげる!」

 シャオと名乗った少女が飛びつくように一刀の袖を引いて促す。

 いきなりの態度に驚きながらも一刀たちは席を立った。

「元気が良いね。それじゃあ頼むよ」




「この小屋から入るの。下は結構広く作られてるけど、足元が悪いから気を付けてね。そっちの目を閉じてるお姉さんは杖を持ってるけど階段を降りたりするのは平気? 手すりとかも無いよ?」

「ご心配なく。皆さんの足音でなんとなく高さが分かりますから」

「そうなの? じゃあ灯りに火を点けるね」

 そういってシャオは持っていた鳩のような形をした油灯ランプに点火した。

「あんまり離れないでね。それじゃあ地下へ参りまーす」

 小さな油灯の灯りではあるが、暗くヒンヤリとした地下では頼もしく見えた。

 シャオの案内で補強された地下道を進むと壁に突き当って左右に道が分かれていた。

 壁は小石などが混じり丈夫に作られており、銃眼のような穴が開けられその先の広い空間を弩で射ることができるようになっていた。

「そこの扉から出入りできるよ。向こうには硫黄を吸った藁とか柴とかが積んであって、掘り進めて来た相手を煙で燻せるようになってたの。そして貴方たちが見たかったっていう周朝さん? が崩落に巻き込まれて事故死したように見せかけて作った抜け道があそこ」

「どうやって地下で戦うんだろうって思ってたけど、こうなってたんだ……お、周朝の慰霊碑みたいなのがある。これをどかして地上に出るのか」

「地盤が緩くなるかもしれないからそのうち全部埋めちゃうけどね。後は代り映えしないしそろそろ戻ろ?」

 軽いノリながら薄暗い地下道でもその足取りに澱みは無く、単に天性のバランス感覚が優れているのか何度も巡回して地形を覚えたのか。いずれにせよ一刀たちに振り向いて話しながら歩く姿は手練れの武辺者のようだった。

 地上に戻ると孫権の怒鳴り声が待っていた。

「小蓮! また勝手な事を! 客人に無礼な振る舞いをしていないだろうな!?」

「ちゃんと案内したもん。ねー、一刀?」

「ああ、案内自体はちゃんとしてた……やっぱり、孫権殿の妹さんでしたか?」

「私の妹の孫尚香です。しばらくは長沙から動かなさそうだからと呉の家から呼んだのですが……どうにも子供らしさが抜けきれておりません。案内の者が霊帝様より言伝を預かっている隙に貴殿らの下へ向かったのでしょう」

 まだ子供と言われ反論しようとする孫尚香だったが、孫権の脇に控えていた甘寧が遮ってなだめた。

「先ほども言いましたが案内自体はしっかりやってくれていたのであまり叱らないで下さい。それで霊帝様の言伝とは?」

「ええ、霊帝様が北郷殿をお呼びです。手足や服に汚れが無いか確認してから行って下さい」

「汚れ? ……あ、俺だけ靴と裾が汚い……」

 歩き方の差なのだろうか、一緒に地下に行った中では一刀だけがやや目立つ汚れ方をしていた。

「泥は病の巣とも聴きます。靴底などもしっかり清めて下さい。急ぐあまり、霊帝様の下に泥など持ち込まないようお気をつけを」

 そう言って一刀に注意を促した後、孫権は孫尚香に問いただした。

「小蓮、何故このような真似をしたのだ? 北郷殿たちが寛容だから良かったものの、相手によっては厳格な処罰を求められるぞ」

「むーっ。だって雪蓮姉様から聴いたんだもん。もしかしたら一刀がシャオの結婚相手になるかもしれないって!」

「だからどんな人かを知りたくなった、と。決まってもいない事で相手に迷惑をかけるのは大人の振る舞いとは言い難いぞ」

 二人のやり取りに、水場へ向かおうとしていた一刀は驚いた。

「結婚って……見返りに差し出せる物なんてちょっとの知識くらいしかないですし、それだって間違って覚えてるかもしれませんしこの時代の実情と合っているかもわかりませんよ」

「姉が先走っただけでしょう。北郷殿はどうかお気になさらず……小蓮、母様と姉様を交えて話し合う必要があるわ。先に姉様の部屋へ行ってなさい」

 孫尚香に語り掛ける孫権の言葉は、いつもの事務的なものとは違っていた。

 困った妹と破天荒な母と姉に挟まれ自分を律さねばと気を張る孫権も、家族としての情が表に出ると普通のお姉ちゃんなんだな、と一刀は思った。




 身なりを整えた一刀が霊帝の下へ行くと、控えていた侍女から絹布に包まれた何かを渡された。

「食事とあやとりの事で褒美を渡していなかったから。貴方の故郷の倭から届いた金の紙よ」

「金の紙と言うと……金箔ですか!?」

 絹布には金箔が一枚包まれていた。

 この時代の事だから金色のアルミホイルのような物を想像していた一刀だったが、その金箔はティッシュのような薄さでムラなく均一に延ばされていた。

「これ、向こうが透けて見えますね……すごい……」

「とても手間の掛かる加工だと思うわ。それを5百枚、全身に刺青を彫った使者が届けて来たの。嵐の海を越える海路がどうなっているのかは教えてくれなかったけれど。故郷の物が恋しいのではないかと思ったから、褒美も兼ねてそれを渡すわ」

 一刀は丁重に礼を述べて頂いた。

 だが金箔の価値以上に、趙忠が居ない事で寂しいという事にすら気付かなかった霊帝が他人の心を思いやったという事が何故か嬉しかった。

(なんか、子供の成長を実感できたみたいだ……縁がないような人だったのに、なんでか肩入れして見ちゃうっていうか……)

 喜んでくれるか心配だったのか、一刀が受け取るのを見て霊帝はホッとしたような様子だった。

「貴方は零陵で働いているのでしょう? 細梔、いえ、呂強に伝えてくれるかしら? 都合がついたら会いたい、と」

「はい。細梔様に伝えます……ところで、この金箔を持ってきた使者の刺青はどういった模様でしたか?」

 純粋な興味で一刀は尋ねた。弥生時代の刺青がどんなものなのか気になったのだった。

「……罪人に彫るようなものではなく、まさに絵と言えたわ。大きな鯉だったり、角の生えた人の顔だったり……花吹雪もあって背から腕までびっしりと埋まっていたわ。そうすると酷い死に方をしても個人が分かるから彫るのよね? 貴方は彫っていないようだけど、身分や職業で分かれるのかしら? それとも数十国あるうちの限られた国での風習なの?」

「あ……はい。最近は彫らない若者も増えてます……そうですか、そんな気合の入った刺青の方々でしたか……」

 金箔の加工技術や霊帝から聴いた刺青の内容から、倭国は一刀の想像した以上に時代が進んでいるようだ。

(まさか徐福の仲間が技術の発展をさせてるとか? そうすると眼鏡みたいにこの時代に無さそうな物があるのも説明がつく、か……?)




 一刀が霊帝から金箔を贈られている頃、孫権は妹の事で孫堅の部屋を尋ねていた。

「母様、小蓮の婚姻の事でお話があります。入ってもよろしいでしょうか?」

「蓮華か。まあいいだろう、入れ」

「失礼します……雷火先生? 先生の用事は終わったのですか?」

 先に居た張昭に孫権が尋ねるが、張昭が答える前に孫堅は卓に広げられていた文を指して言った。

「曹操の真意を測っていたところだ。先日霊帝様宛てに届いた文で、俺たちで返事を出すよう御指示を得た。だが、この内容を素直に受け取って良いものか意見を集めていた。読んでみろ」

 母の指示を受け孫権が文を読んだ。

「丁寧な挨拶ですね……先の主上へも礼を尽くしています。内容は……洛陽に董卓子飼いの涼州兵が到着して黄巾党討伐軍を起こそうとしているが塩賊の妨害もあって兵糧の備蓄に手間取っている、と。都の治安まで悪化しているとは……元々準備していた徐州攻めの軍は下手に刺激すると田畑を焼き払われる可能性があり攻撃の機を伺っている? 田畑の心配をするなら冬が明けて耕す前の今こそ攻める方が良いのでは?」

「田畑の耕作は土地柄もあるから今は考えるな。許昌・陳留の西方面から動き徐州黄巾軍を誘引、集まった所を汝南・寿春の南方面から攻めて青州黄巾軍との連絡を断つ。奴らの兵糧収入は徐州に依存している以上、南方面軍が早急に穀倉地帯を抑えれば今年中に戦局は官軍の優勢となる。だがそれをしないのは何故か? 間諜によればこれと同じような内容の文が諸侯にも届いているらしい」

 母からの問いかけに孫権は考えを口にした。

「曹操殿は兵と兵糧を温存したがっているのでしょうか? 豊かな河北へ封じられている袁紹殿が協力すれば徐州を3方向から囲み、青州への牽制にもなります」

「素直に受け取りゃ年始の挨拶と自分主導の戦闘で軍功を主張しようとしているように見える。だがお前が言ったように裏を見ようとすりゃ援軍を求めているようにも見える……が、曹操の性格を考えればそんな弱気は見せんだろうし、諸侯も援軍を出すほど殊勝でもなければそんな余裕も無いだろう。それで俺たちが考えた結果だが……曹操は諸侯を焚き付けて董卓を討とうとしていると見た」

「都に塩賊が出た程度で、ですか。貨幣改鋳もまだ動き始めたばかりで糾弾する程の材料にはならないと考えますが……」

 娘の答えに孫堅は一言呟いた。

「……大将軍」

 その一言で孫権は気が付いた。

「大将軍の号令があれば薄い名目にも箔が付くということですか!? 見せしめとして実権を失ったとはいえ大将軍は大将軍、その官職に権力欲の強い何進殿が残っている……」

「改革を進めるために血生臭さは避けられんだろう。権勢を盤石にするためには敵になる可能性がある者は根こそぎ切り殺さなければならんという新しい例だな。ま、曹操は許劭に治世の能臣、乱世の奸雄と評された。吹けば飛ぶような平和を守り能臣として終わるか、それともこの状況を利用して奸雄となるか見せてもらおうじゃないか」



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