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第62話 塩引

 董卓が中心となった新政権の改革で特に重要視されたのが貨幣経済の安定化だった。

 黄巾の乱以前から悪銭が出回っていたことで既に撰銭令が出されていたが、商取引を煩雑にさせたため物々交換や地域貨幣とも言える独自の貨幣が流通し税の支払いをそれで済まそうとする例が度々有った。

 各地でそれがまかり通るようになると無秩序に発行された地域貨幣が溢れかえり、貨幣価値の下落によるインフレが懸念されてのことだった。

 そこで董卓と賈駆が目を付けたのが塩だった。塩分は生命維持に必須であり、産出地とそうでない地域で価値に差がありはするが塩を専売品とすることで価格を統一しようとした。

 塩の引換券(塩引と呼ばれた)を主要な代用貨幣として流通させ、最初は悪銭との交換を許すが段階的に交換比率を高め悪銭の流通阻止と専売で得た利益で銅を調達、その銅で新たに鋳造した五銖銭を流通させ貨幣価値の安定を促そうというのが狙いだった。

 そもそも悪銭が流通したのも五銖銭の不足に因るところが大きく、その背景として主要な銅鉱山を持たない華北での銅の不足や治安の悪化による銅を始めとした物資の流通が停滞があった。

 董卓は経済の混乱を正し、民の生活を安定させようと考えた。しかし、その政策が発布されたことで歴史は大きく動いた。

 塩引の流通を任された地方の役人や豪商が塩を買占め価格を吊り上げたり、それを見た盗賊が塩の輸送隊を狙い輸送費が高騰して塩が不足する地域が出るなどして社会が混乱した。

 そういった報告が挙がる度、董卓は担当者に厳罰を課して臨んだ。そのため都の周囲では治安が回復したが、地方では塩の価格の高騰が続いた。

 それは塩引の発行数が国民の必要とする数に足りない事が原因だった。董卓は人口を見て余裕を持って塩引を発行したが、高利貸したちが塩引なら借金の返済を割引にするとして民衆から塩引を集めた。

 その結果、想定以上の需要で塩引は官の取引所から消え、ほぼ独占された塩引を求めて高利貸しや豪商から割高で購入せざるを得ず、直接官営の蔵から塩を購入しようにも塩引の発行分は確保しなければならない役人と塩を求める民衆とが衝突して一揆の様相を呈していた。

 また、塩の産地であっても董卓の名を騙った地方役人が私的な塩の採取を禁じ、民に賄賂を要求して断られると塩賊だと罪を着せて財産を没収した。

 役人たちは確かに董卓を恐れてはいたが、死刑になる者が増えても不正を働く者は後を絶たなかった。

 この時曹操は幸運なことに徐州遠征の準備を整えていたため塩の貯えに余裕があった。民衆が塩を求めて殺到したが機転を利かせた荀彧が蔵を開き、嵩増しして塩が充分以上に貯蔵されているように見せ安心させた。

 一方でこの騒動を見た劉備たちは自軍の塩を最低限残して現地の民に分け与え、関羽が一隊を率いて遠方から塩を買い付けて軍に補充して余分な塩をまた民に配った。これにより劉備の声望はさらに高まった。




「中原では塩の不足で社会が混乱か……なんかすごい事になってるみたいだな」

 一刀たちと士燮に宛てられた曹操の書簡には混乱した中原の様子が書かれていた。

「霊帝が居る長沙だと流石に不正を働く役人は居ない……居ても孫堅に斬られてるか。そう言えば李梅の所は塩ってどうやって調達してるんだ?」

「我々は益州に塩井を持っている。江南の中原人が大人しくしているのは塩引とかいう券が無くても我々から塩や味噌を買える、その安心感があるのではないか?」

「益州に塩湖みたいなのがあるんだ……って、味噌を用意してくれた時にも言ってたな。豆の漬物だから塩の税金はかからないとか」

「うむ。だが塩、鉄、酒などに課税すれば叛乱が起きるというが、黄巾の乱で荒廃した中原で塩の流通が滞ればどうなるだろうな? 抗う力も残っていないのか、生きるために何でもやると自暴自棄になるか……また戦が起きるだろうな」

「それについて曹操からも一言あるな。民衆の不満を逸らすために矛先は董卓に向かうだろう、ってさ。嫉妬深い諸侯が成り上がり者を引きずり降ろしてその後釜を狙うんじゃないかって」

「中原は変わらんな。白い塩は置いておき、まずは灰色のケシの粉だ」

 零陵で新年を迎えた一刀たちは麻薬の取り締まりのための合同チーム結成のため荊州内を飛び回っていた。霊帝直属の組織ではあったが麻薬への危機感を持つ太守は少なく、長沙太守の孫堅が娘の孫権を寄越した以外はほとんどが2流、3流の文官や武官だった。

 さらに、益州の劉焉からは道が荒れていて移動が困難との事で情報のやり取りすら断られていた。

「麻薬の売人の情報も無いし、ジョカの単独犯なら今は江南じゃなくて中原に居るってことなんだろうな。貂蝉もあっちに居たし」

「だが孫権からの情報で建業の船乗りの噂が有っただろう。貴霜人の船が密貿易に来ていると」

「おかしくは無いけど、天竺の方から船で来るとしたらマレー半島があるから大変だもんな……ベトナムとかタイの辺りまで進出したか同盟でもしてるのかな」

馬来マレー越南ベトナムだの、随分な呼び名だ……一刀の時代でも南方は漢の属国なのか?」

「その辺の歴史は複雑で……とにかく、士燮様にも連絡して海上警備の強化をしてもらおう。他には何かあったか?」

「無い。中原からも情報が欲しい。五石散とかいう薬の続報待ちだ」

 五石散については以前曹操から徐州黄巾軍が使っているらしいと聞いた以上の情報が入っていない。

「それじゃあしばらくはこの仕事も警備隊とほとんど変わらないか。そうだ、宝ちゃん、じゃなくて干宝ちゃんはすごいな。10歳で大人並に文章の読み書きができるんだってな。ただ昔話をせがんでくるのは……俺の事情もそれとなく話したから言いふらしたりはしないだろうけど、あの説話の元ネタはあの国! みたいな記録が残ったらちょっと……」

「その辺りは心得ているだろう。人の心の機微に敏い子だと細梔様も言っていた」

 細梔が干宝と根気強く接したこともあり、自分から口を利くことが無かった干宝も今では人並にコミュニケーションが取れるようになっていた。

「しかし死んだ父と一緒に生き埋めにされた愛妾が数年経っても生きていた……などと言う噂のために張津に目を付けられたとは、とばっちりも甚だしい」

「そんな非現実的な事も信じられてる時代なんだな……」

「いや、そんな事はあり得ないと誰もが理解しているのだ。だが、それでも縋りたいのだろう。遺していく子孫が不憫だとか自分以外には祖業を果たせないとか尤もらしい事を言って……死にたくないのは誰でも同じ、だがそれでも後を託して死地に入る……いや、何でもない」

「李梅……」

 後を託して死を選ぶ、ということについて李梅なりに思う所があるのだろう。一刀はどう声を掛けたら良いか分からなかった。




 例年よりも肌寒い江南の2月、長沙の麻薬対策室で情報交換が行われる事となり出発の準備をしていると朱里と雛里からの文が届いた。

 その文によれば徐庶が一刀に会って話したいことがあるから水鏡女学院で待っている、との事で出発を早め先に朱里たちの下へ向かうことにした。

「いつもの事ではありますが、皆さんお気をつけて」

「いってらっしゃいませ。ご安全に」

 細梔と干宝に見送られながら出発した。

 干宝は真名を絲花シーファと名乗り、細梔の信頼する人たちならばと一刀たちにも真名を預けていた。

「絲花、ご安全にってどこで覚えて来たんだよ……」

「ルキウスさんの仕事場、です。羅馬の円弧構造、興味深いです」

「円弧……アーチの事か? まあご安全に、ってのも間違いではないだろうけど……それじゃあ行ってきます」

 挨拶をしていつも通り一刀と李梅と桜桃の3人で出発した。

 水鏡女学院は長沙までの道からはやや外れており、さらに山中にあったが山道に慣れた董衣たちにはさして問題にはならなかった。

 学院に到着すると門の前で待っていた朱里と雛里が一刀たちを出迎えた。

「朱里と雛里も久し振り。二人とも元気にしてた?」

「はい。一刀様たちもご無事のようでなりよりです」

「お陰様でね。ところでここは女学院ってことで男子禁制なんじゃないか? 俺はどうすればいいんだ?」

「それについてはあちらの離れに。男性の訪問はあちらで対応しますので案内します。馬房も近くにあるのでご安心ください」

「元直ちゃんは一刀様と二人だけで話したいって言ってたから、一刀様は朱里ちゃんと行って下さい。李梅ちゃんたちは一緒に馬房に行こ」

 一刀は朱里の案内で母屋から離れた所にある小さな小屋に入った。

「学園の男子寮を思い出すな……っと、この先に徐庶さんが?」

「はい。ちょっと浮世離れしてはいますが……お菓子作りが上手な良い人です」

 朱里が小部屋の戸を叩いて一刀の到着を伝えると中からどうぞ、と返事があり、入室すると黒い漢服に身を包んだ少女が名乗った。

「徐庶、元直にございます。貴方の事情は存じております。北郷一刀殿」

 徐庶が一礼すると、膝より下まで伸びた長い黒髪が柔らかく揺れた。

 一刀はじっと徐庶の顔を見つめた。容貌の優れた女性だったが、その色気に心を奪われたというよりは貂蝉の屋敷で感じたような神気ともいうようなものを感じたからだった。

「えっと初めまして、徐庶さん。二人だけで話したいことがあるとのことですが……」

「後ほど誰にどう話そうと構いませんわ。なれど、まずは一人でお聞きください。この外史についての話ですので」

 そう言って徐庶は一刀に着座するよう促した。

「えっ……外史がらみということは貂蝉と同じような方なのですか?」

「いいえ。貂蝉様のような神仙そのものとは違い私はただの方士……秦の頃には徐福と名乗っていた、ただの小娘にございます」

「秦の時代から? あ、もしかして不老長寿の?」

「あの桃がまだ若く、効力の強い頃に金丹にしたのが後悔の……いえ、そのことはあまり重要ではありません。私は、私とその仲間たちはジョカを追っている……そして、私たちは幾度か北郷殿とお会いしたことがあるのです」

「あの、それはどういう……?」

「かつての北郷殿が言葉を借りればこの外史はループ、繰り返しているのです。これはジョカが何かをしようとして失敗したことが起点になって起こります。ジョカはそれに気付いていないようですが、私のように不老や不死に関する伝承を持つ者は歴史の繰り返しを認識しています。私たちは名を変えては裏から歴史の流れを変え、乱数調整、と言いましたか? ジョカを滅ぼす可能性を試しています」

「は、はあ……ループ物でよく見る流れ、なのか……? それなら長沙の麻薬は? あれの根絶を手伝ってくれるということですか?」

「あれを持ち出されるのは何度かありました。いずれも南蛮よりもさらに奥地で栽培されていました」

「そこまで知っていたのなら何故止めなかったんですか? ……いえ、何度かあった、ということなら止めた場合や止めなかった場合で比較的マシな方がこれだったということですか?」

 一刀の連れの出自に関わる事だからであろうか、徐庶はわずかに言葉を選びながら言った。

「……それもありますが、そもそも手が足りませんので。南蛮を漢の属国として薬の生産地を根絶しようとした事もありましたが、その場合はジョカに魔薬による退廃と民族主義を刺激され長江以南は壊滅的な打撃を受けることとなりました。その隙を突いてジョカがモンの聖地、冥洞へ手を掛けた事があります」

「なるほど……私には考えも付かないくらい色々な事を試したのかも知れませんね。それで、何故それを私に教えてくれたのですか?」

「貴方はその正義感で何にでも首を突っ込みますから。今のうちに釘を指しておきませんと」

 一刀はその声音にわずかな柔らかさを感じた。




 徐庶との会合の最後に一刀は余計な事をしないよう大人しくした方が良いかと尋ねたが、想像とは逆の答えが帰って来た。

 ――むしろ目立つくらい活動して下さい。ただし、天命の尽きていない人物の死を招く事だけはしないように――

 天命というのはいわゆる正史での寿命の事だろうか、その死に深く関わると一刀の場合は外史からはじきだされる可能性があるらしい。

「要はこの世界に生きる人と同じように、必死に生きてれば良いってことらしい……この根菜の味噌汁っていうか豚汁? 旨いな。冬の時期の鍋は本当にありがたいよ」

「水鏡様の御厚意です。男性の宿泊は久々で、この小屋も少し荒れていて隙間風があるだろうからと……他にも馬用に林檎と蜂蜜を頂いております」

 日が落ち始めると一気に暗くなるため夜を越してから下山することにし、母屋は男子禁制のため一刀だけ徐庶と話した小屋で一泊することになっていた。

 桜桃に後で水鏡へ感謝を伝えて欲しいと頼んで一刀は続けた。

「なんであれ麻薬の有力な生産地が益州から南西にずっと行った所……って俺の時代でもそういう地域だったらしいけど、李梅たちの親戚ってアレを作ってる勢力に襲われたりしてないかな?」

「……その方角だと孟獲のナワバリだ。何かあれば助けを求めてくるだろう。確か貴霜も象兵が主体だが、孟獲の使う象兵は平地が主戦場の貴霜に対して密林戦で有利だ。そうそう遅れは取るまい」

「密林の防衛ってだけでも有利だろうしな……とりあえず益州方面の情報を集めるのは重要だって孫権に伝えないとな」


 ここまでのオリジナル要素を出すとなると最初から完全オリジナルのSFでやった方が気が楽ですね……

 確かに自分も色々悩むならとりあえず出してしまえと思いますが、自分自身がいざそれをやる立場になると確かに悩みます。結果として投稿期間が開いてしまいました。

 塩引はモンゴル帝国時代のものですが、ここでは董卓が史実で董卓五銖とか董卓小銭と呼ばれる悪銭の代わりに登場しました。

 実際にこういった政策があったらどうなるかはその時の政情で変わると思います。上に政策あれば下に対策あり、で暴力の時代ということで……

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